読後充実度 84ppm のお話

“OCNブログ人”で2014年6月まで7年間書いた記事をこちらに移行した「保存版」です。  いまは“新・読後充実度 84ppm のお話”として更新しています。左サイドバーの入口からのお越しをお待ちしております(当ブログもたまに更新しています)。  背景の写真は「とうや水の駅」の「TSUDOU」のミニオムライス。(記事内にアフィリエイト広告が含まれている場合があります) コメント欄は撤去しました。

2014年6月21日以前の記事中にある過去記事へのリンクはすでに死んでます。

女性の味方?クランベリー

 いろんなところからトラックバックが来るが(来るという表現が果たして正しいのか解らないが)、何でこの記事にこんなのが、ということが多々ある。

 先日の「頻尿」というトラックバックは、やはりどうして来たのかか謎だが、さらに、どうして私が頻尿だと解ったのだろうと、妙に感心してしまった。

 正確に言うならば、私は頻尿ではない。夜中に起きるということもないし(起きないでおねしょしてしまうという意味でもない)、日中はふだんはさほど近くない。しかし、飛行機に搭乗するとか、長い時間車に乗らなければならないというときには、その前に何回も何回もトイレに行ってしまう。何回も行くから「貧尿」になるが……(うまい!、か?)。これは多分に精神的なものだ。

 ただ、私は一度尿意を感じ始めると、あまり我慢し続けられるタイプではない。考えてみれば、これは大学生のときに急に血尿が出て、泌尿器科で「膀胱鏡」を入れられて以降の現象のように思う。あんなもの、あそこの先から入れられたんだからたまったもんじゃない。しかも血尿の原因は解らず、あんなに苦しく恥ずかしい思いをしたのに、下された病名は「尿道炎」だった。しくしく……

 ところで、男の尿道炎はあまり多くないそうだが、女性の尿道炎や膀胱炎は実に多いという。で、膀胱炎にはクランベリーが有効だそうだ。クランベリー、つまりツルコケモモである(ツルコ・ケモモと区切って読まないように)。

 「女性の60%が一度は尿路感染症を起こし、少なくとも1/3の人が1年以内に再発を経験するという。……クランベリーの有効成分はプロアントシアニンという抗酸化栄養素で、これは抗酸化作用、抗菌作用、抗ウイルス作用などをもつ。……また、クランベリーに含まれる有効成分が、体内で酸性物質に変化して尿中に排せつされることで、尿のpHを下げて尿を酸性に保ち、細菌の増殖を抑制するというメカニズムが示唆されているという。これはクランベリー特有の効果で、同じツツジ科のブルーベリーには認められない作用である。……これまでにもクランベリージュースやクランベリーエキスのサプリメントを使った研究が行われており、尿路感染症の再発予防効果が認められているという」(蒲原聖可(かもはらせいか)著「サプリメント小事典」(平凡社新書)による)。まあ、クランベリーは自然の果物だから、副作用もないらしい。私は別にクランベリーの普及消費拡大運動に取り組んでいるわけではないが、クランベリーで膀胱炎が治るのなら良いかもしれないと思ったまでである。

 関係ない話だが、私も庭でベリー類を植えている。ストロベリー、ラズベリー、ブルーベリー。だけど、クランベリーは枯れてしまった。妻に食べられることを警戒して自殺したのかも知れない。

 そうそう、私が若い頃に下された「尿道炎」であるが、男の場合、原因の一つとして「房事過度」があるそうだ。房事過度って……。かなり恥ずかしいではないか!(でも、私は過度にはしていなかった)

札響東京公演

 訳あって、今日は出勤。

 土曜日というのは、電車も東京駅も空いているし、なかなか快適である。これだったら毎週、土曜出勤してもいいかな、と思ってしまう(ただし、毎週平日の一日を代休にしてくれるという担保が必要)。ところが、あらら、エアコンが入っていない……。ちょっと暑い……。土曜出勤してもいいかな、という言葉は、男らしく撤回いたしたい。

 わが故郷の自慢のオーケストラ・札幌交響楽団。

 毎年、東京公演を行っているが、今年は11月13日、19時開演。会場は東京芸術劇場。

 指揮は尾高忠明。ソリストはポール・メイエ(cl)と堀米ゆず子(vn)。

 プログラムは、ドビュッシーの「牧神の午後への前奏曲」「クラリネットと管弦楽のためのラプソディ」「海」、武満徹の「ファンタズマ/カントス」「遠い呼び声の彼方へ!」。

 私は現代音楽にあまり抵抗がない、いやむしろ好きな方だが、武満徹という人の曲はどうも苦手。良いと思ったことがない。巷には武満ファンは多いようだけれど、私の感性にはマッチしない(私に感性があるという前提で書いている)。しかし、札響は武満作品の演奏に定評があるし、その昔には作曲家自身が映画「乱」の録音で札響を指名したほどである。今回もきっと良い演奏をするものと期待できる(←とっても他人行儀)。

 ドビュッシーは楽しみ。大いに期待できる!(←打って変わってえこひいき的)札響の持つトーン・カラーはドビュッシーにも合うと思う。

 それにしても、尾高忠明はすばらしい指揮者になった。私はあたかも彼の乳母のように喜んでいる。私が札響の定期演奏会に通うようになったのは昭和49年頃からだが、そのときに客演で来た尾高忠明はとっても若かった(そして私は、彼と比べ物にならないくらい若かった、というか幼かった)。演目はチャイコフスキーのpf協第1番(なんと、ソリストはアンドレ・ワッツだった!)、それとブラームスの第1交響曲。はつらつとしたカッコいい指揮ぶりだった。

 あのころ尾高はNHKの「テレビファソラシド」という番組に出演していて(司会は芥川也寸志だった。しかしひっでえ番組名だ)、露出度が高まりつつあったが、指揮者としてはまだ駆け出しだった(余談だが、あの頃の札響はやたらとブラームスの1番を取り上げていた。なんとレパートリーが偏っていたことか。ブラ1のときにはホルンのトップなんか暗譜で吹いていたくらいだ←うそです)。

 それがすばらしい指揮者になった!尾高が指揮した札響のCDも出ているのが、これはひいきじゃなく、良い演奏だと思う(武満他の作品。シャンドス)。今後はエルガーの第3交響曲(補筆完成版)などもリリースされる予定。

 私が尾高を札響定期で初めて聴いたのと同時期だったと思うが、小松一彦という指揮者も札響にしばしば客演していた(定期演奏以外で)。その後、札響の常任にもなったこともあるはずだが、今はどこで活躍しているのだろう。

 私は彼の武田鉄矢みたいな髪型が嫌いだったし(ただし、武田のほうがブレイクは後だったと思う。つまり小松は彼を真似たわけではない。どーでもいーけど)、どこかすましたような態度も好まなかった。彼のタクトによって紡ぎ出される音楽は、彼の見た目と同じでどこか冷めているように感じた。

 小松君、君に個人的な恨みはない。けど、僕たちは仲良くなれないみたいだね。

学生歌とブラームス,マーラー

 ということで前号の続き。昨夜はまず最初に、芥川也寸志の「交響三章」(1948)と「武蔵坊弁慶」(1986)を聴いた(作曲者指揮の新so。フォンテック盤)。

 芥川は伊福部昭の一番弟子にあたるが、彼と師の音楽の大きな違いは「生命力」ではないかと思う。芥川の音楽は「都会的洗練さ」があると評されており、確かにそのとおりだが、線の細さが特徴的だ。例えば「交響三章」の第2楽章を聴くと、そのメロディーというか素材は伊福部の音楽に通じるものがある。しかし、芥川の音楽はあくまでも繊細で、悪い言葉を使えば「どこか弱々しくいじけている」。もちろんその作風こそが彼の魅力である。一方で、伊福部昭の音楽は、同じく「寂しさ」がつねに根元にあるのだが、それはパワフルである。芥川の音楽を聴くと、彼がこれからというときに早くに亡くなってしまったことが、何となく納得できるような気がするのである。

 伊福部の教え子たちが書いた「9人の門弟が贈る『伊福部昭のモティーフ』によるオマージュ」(1988)という作品がある(CDはFL-TYCY5217/8)。この中で芥川も1曲を書いているのだが、伊福部の書いたモティーフが芥川の手によって、このように「繊細に、スマートだけどちょっと華奢な感じ」になっていることは、芥川という作曲家の特質と、両者の差異を端的に表わしている(芥川が担当した「ゴジラ」のモティーフを素材にしたこの小曲は、実に素晴らしく胸を締め付けるような感動を覚える)。

 「武蔵坊弁慶」はTVドラマのテーマ曲として書かれた作品だが、ここにも芥川特有のどこか憂いのあるカラーが全曲を支配している。

 次に伊福部昭の「オーケストラとマリンバのための『ラウダ・コンチェルタータ』」(1979)を聴く(安倍圭子(ma),山田一雄/新星日本so。初演時のライヴ)。私はこの曲を1983年1月の札響定期で聴き、大きな衝撃と感動を受けた(独奏と指揮はこのCDと同じ)。伊福部は彼の「タプカーラ交響曲」に関し「タプカーラとは立って踊るという意味です。アイヌの人たちは楽しいときも悲しいときも、このように踊るのです」という旨のことを書いているが、私にとっては「ラウダ・コンチェルタータ」は「悲しいときも、嫌なことがあったときも、無心で音楽に没入したときも」聴きたくなる作品である。シューベルトはパガニーニの演奏を聴いた後、街中を夢遊病者のように歩いたというが、あのコンサートの私もそれに近いものがあった。何が、それほどまで?それはまた今度。

 次はブラームスの交響曲第1番(ドホナーニ/クリーヴランドo)。このCDにカップリングで入っている「大学祝典序曲」も聴く(「悲劇的序曲」はパスした)。

 ブラームスの第1番の第1楽章には、ベートーヴェンの第5交響曲の「運命動機」が現れる。だからといって、第4楽章の第1主題がベートーヴェンの第9の「歓喜の歌」と似ているというのはどうか、と私は思う。ほとんどの解説で、この第4楽章第1主題(ホルンのファンファーレ風主題のあと、フルートに引き継がれ、やがて弦楽で現れる主題)はベートーヴェンの「歓喜の歌」と似ている、親近性がある、と書かれているが、果たしてそうだろうか?私にはどうしてもそのようには聴こえないのである。

 そこで「大学祝典序曲」。この曲の開始から2分ほどのところでトランペットが弱音で吹く旋律は、ドイツの学生歌「われらは立派な校舎を建てた」から引用しているという。その引用は、曲の性格上からして、なるほどと思う。しかしさらに、私は第1交響曲第4楽章の第1主題も「われらは立派な校舎を建てた」に由来しているのではないかと思うのだ。

 ぜひ、「大学~」と第1交響曲とを聴き比べてみて欲しい。「歓喜の歌」よりははるかに類似性が認められるはずだ。ところで、先に書いたホルンのファンファーレ風の主題であるが、これについてドホナーニ盤の解説に興味深いことが書かれてある。「1868年9月12日、ブラームスはクララ・シューマンの誕生日プレゼントとして、滞在中のアルプスから木彫りの箱を贈ったのだが、それに添えられたカードに、この旋律の楽譜が書かれていた」という。クララはハイジに「立って!」と言われた少女ではなく、シューマンの未亡人である。まったく、プラトニックなやらしオヤジだな、ブラームスって。

 「われらは立派な校舎を建てた」というドイツの学生歌は、マーラーの第3交響曲の冒頭の旋律、つまり8本のホルンによって吹かれる旋律でも用いられている。ウィーン大学時代のマーラーは「ドイツ人読書連盟」という、ゲルマン民族主義、反ユダヤ主義を掲げた政治的サークルに関係していたらしいが、1878年にこの連盟は国からの圧力によって解散させられてしまう。この解散のときに学生たちが合唱したのが、ドイツ・ナショナリズムと結びついた学生運動のシンボルである「われらは立派な校舎を建てた」だったというのである。マーラーは第3交響曲で、このシンボルを取り上げたのである。すごいなぁ。からくりだなぁ。このあたりは村井翔「マーラー」(音楽之友社)に詳しく書かれているし、ブラームスの第1交響曲がこの学生歌に関連しているという、私が思ったのと同じことも指摘している(わぁ~い。私もたまには気づくことがあるのだ)。

 そんなことを考えながら、ブラームスのあとにグラスの「浜辺のアインシュタイン」をかけた。2曲ほど進んだところでギブアップしてしまった。ちょいと真面目なことを考えているときに聴く曲ではなかった……

ハッピー・コール

 昨日の夕方、私が胃内視鏡検査を受けたK-E病院から携帯に電話が来た。

 ちょっとかわいらしい声の女性からで、私本人だと確認がとれると外来に電話が転送された。もうちょっと彼女の息遣いを聞いていたかったのにぃ(ウソです。今まさに宣告されようとしている内容に、柄にもなく緊張してましたから)。

 回された電話に出たのは、あのときの外来医師だった。相変わらずノリが軽い。

 「あっ、検査の結果が出たから。う~ん、悪いもんじゃないわ。よかったね、僕が言ったとおりだったでしょ?炎症を起こしてるだけ。ピロリ菌の薬、飲み終わったでしょ?したら、もう一つの薬、60日分あるやつ、きちんと飲んで、そうだなぁ、そのころ、もう一回来て、飲んで、カメラ。ちゃんと潰瘍やびらんが無くなっていることを確認しなきゃね。じゃあ、そういうことで」

 ということであった。決して、いや、まったく丁寧な口調ではないが、かといって高圧的とか高慢とかいうものではない。むしろ庶民的な感じが好感を持てる。ましてや、私に対して、ひじょうにお忙しい中にも関わらず、良い知らせを伝えてくれたのだ。どうして、彼を非難することができようか!

 でも、懸念していたとおり、もう一度カメラを飲まなきゃならないのか……。高い金を払って苦しい思いをするなんて、まるでマゾ・クラブに行くのと同じだ(と思う)。もっとも、同じ苦痛でも、前者は苦痛の後の「異常なし」という喜びを得るためなのに対し、後者は苦痛そのものに倒錯した喜びを得るものだが……(後者については、私の推理。個人的体験なしです)。期待に反し、カメラの苦痛の後に「やっぱ、大異常ありだったわ」と言われたなら、マゾを通り越して、レイプ魔に抵抗する気力もなく犯されているような気持ちになっちゃうんだろうけど。

 さて、喜びの報を受け、昨日はまっすぐ帰宅できたので、家でミートソース・スパゲティ(内心では「ボローニャ風」と呼んでいる。これは19日の日曜日に札幌から戻った後、タマネギとニンジンのみじん切りとひき肉を、わざわざミートソース缶に加えた「半手作り」である。これまで何度か火を加えてきたが、もう賞味期限切れの限界であった)を作った。私はミートソースのパスタ(カッコつけて、あえてスパゲッチとは書かなかった)が大好きである。おそらく、まだ私が知らされていない、イタリア人の先祖がいるに違いないと思っている。

 そして大好物のサッポロ黒ラベルで独り祝杯をあげた。このビールはキレとコクのバランスがとても良い。色合いも良い。健康な人の尿の色のようだ。

 「う~ん。今朝はうどん、昼はそば、そして今はスパゲティと、今日は麺三昧だったわい」と考えながら、テレビでニュースを観ていた。

 伊勢丹と三越が統合のニュース。昔、あるイベントで仕事で関わるはめになった、三越の生意気な社員の顔を思い出してしまった。確か札幌の丸井今井デパートは伊勢丹のテコ入れを受けているはずだ。となると、札幌は三越と丸井今井が仲良しになっちゃうのだろうか?ニュースで言っていたけど、西武とそごうはセンブン&アイの傘下だし、大丸と松坂屋は統合したし、阪急と阪神も一緒になったんだなぁ。時代が変わったんだな、やっぱり。何でもそれなりに、でも結局は中途半端な品揃えのデパートよりも、ビックやヨドバシ、ホーマックやコーナン、といったそれぞれの専門大型店でなければ個々のニーズを満たせなくなっているのだろう。書店だって同じだ。中途半端な規模の店は苦しいだろう。

 ニュースでは警察官による拳銃殺人について多くの時間を割いていた。被害者の名は佐藤陽子。んっ?そういえば、同じ名前のヴァイオリニストが居たな。かつて、天才少女と呼ばれたヴァイオリニストだ。池田満寿夫と結婚したんだっけか?いま、どうしているんだろう?もう死んだっけか?(いきなり北海道弁が続く)

 となったところで、しばらくぶりにじっくりとCDを聴くべ、という気になった。

 長くなったので、続きは次号で(暇だから、いや私は与えられた仕事の処理が速いから、すぐに次号を執筆します)。

吹奏楽はゲンダイオンガクの宝庫

 これまで私は、吹奏楽のジャンルの作品は、例えばスーザの行進曲のようなものを除いては、ほとんど聴いたことがなかった。唯一、ひじょうに好きな曲として、ホルストの「吹奏楽のための組曲第1番」が例外的にあっただけだ(対位法が快感!)

 ところが、次男が中学生になって吹奏楽部に入ってから、その発表会(演奏会というべきか)に「親の務め」として何度か「ご臨席」するようになって、これまで聴いたことのないような吹奏楽のためのオリジナル曲を知ることになった。

 考えてみれば、この世界、新しい作品が次々と生まれているジャンルなのだろう。いくつもの団体が出場するコンクールになると、演目にはクラシックの編曲モノに負けないくらいのオリジナル曲が並んでいる。

 私はクラシック音楽の中でも、ゲンダイオンガクが好きな方だから最近作曲されたであろうオリジナル作品にさほど抵抗感はないが、ご子息・ご令嬢が吹奏楽団に所属していて、今日は晴れ舞台ということで「見学」に来た親御さんたちの多くは、ステージ上の我が子とその他大勢のメンバーが吹き出したとたんに、「なんざんすの、この騒音のような音楽は?」なんて思っているに違いない。決して耳に心地よい曲ばかりではないから。

 私も最初は「クラシックの名曲のアレンジものの方が聴衆のウケも良いだろうし、吹くほうも楽しいのではないだろうか」と思ったのだが、やってるほうはそういう軟弱な思いはないらしい。それに審査されるとなると、チャレンジ度も重要な要素になるのだろう。

 もっとも、指導者が自分の好きな作曲家のものばかり取り上げるので、部員たちが閉口しているケースも少なからずあるらしい。

 先日もしょうがないから、札幌地区予選・中学生の部のコンクールをキタラに聴きにいった。

 感心するのはステージの入れ替えの速さ!みんな明日にでも引越し屋のバイトを機敏にこなせそうだ。若者がきびきびと動き回る姿は良いものだ。

 我が子はホルンを吹いているが、ホルンという楽器は音がひっくり返りやすい。そのことは、過去のオーケストラ・コンサートでも十分に私は承知している(昔、札響定期でブルックナーの4番をやったときに、第2楽章でホルンの音が出なくなり静寂に包まれたときは、心からホルニストに同情した)。そういうわけで、冷静さを装いながらも、息子が息の長いソロの旋律を吹いている時には、「なんとかひっくり返らないでくれ。お前は酸欠でひっくり返ってもいいから、音だけはひっくり返さないでくれ!」と祈った。なんて良い父親なのだろう!自分でも感心してしまう。

 幸いソロを含め、ホルン・パートは大きなミスもなく演奏終了。

 帰宅した息子をさりげなく褒めてやろうと思ったら、審査員の講評でホルン・パートがずいぶん褒められたと、すっかり顔が天狗である。まったく、これだからダメだ。いろいろな教育方針があるだろうが、次男に関しては「褒めて伸ばす」というのは適していない。すぐに調子にのる。私には似ていない。

 なお、団体の成績としては金賞を逃した。

 親としては、もうそろそろ高校受験に向けてお勉強をして欲しかったから、正直ほっとした。でも、その後も相変わらず勉強はしていないという事実が確認されている。

 ところで、今回息子のいる中学の吹奏楽部が取り上げた曲名だが……忘れてしまった。曲名の断片は解るが……。確か新しい曲と言っていた。山野楽器でCDが出てないか探してみよう……。

 ついでにいうと、高校生の長男は天狗になりやすい次男とは対照的。しかし、音楽は「いま流行り」の、お父様にはわからないものを好んでいるようだ。


 宮部みゆきの「模倣犯」を読み終えた。最後は終わりに向けて急いでたたみかけすぎじゃないか?


生きざまを顧みる音楽…

 昨夜は、ちょっと思うところがあってシュニトケの「イン・メモリアム」(1972/78)のCDを聴いた(マルキス/マルメso。BIS-CD447)。

 この曲は、シュニトケが急逝した母を追悼する意味を込めて作曲した「ピアノ五重奏曲」を、指揮者のロジェストヴェンスキーに勧められて管弦楽版としたものである。私は、管弦楽作品が好きだという嗜好を別にしても、「ピアノ五重奏曲」よりも「イン・メモリアム」の方が優れた作品であると思うし、同時に「イン・メモリアム」はシュニトケの残した作品の中でも最高傑作の部類に入ると考えている。

 もともとは母の死を悼んで書かれたためか、5つの楽章から成るこの曲の終楽章(モデラート パストラル=田園風)は、オルガンがやさしげで慰めるような旋律を繰り返し繰り返し奏し続ける。その前の4つの楽章は、母の波乱の人生を描いたかのような音楽なのだが(実際に波乱だったかどうかは知りません)、終楽章の繰り返されるメロディーには、前4楽章の旋律の断片が、平安を邪魔するかのように絡みつく。

 これを聴いていると、人がまさに息を引き取ろうというとき(事故などで一瞬にして亡くなる場合は別だろうけど)、このような平安と、それを妨げる「嫌な思い出」が、薄れていく意識の中で交錯するのではないだろうかと思う。

 死ぬときに「走馬灯のようにそれまでの人生が再現される」とはよく言われるが、「イン・メモリアム」を聴いていると、それに通じるものを感じる。

 しかし、これは人間が死ぬときに限ったことではないのではないか、と私は思う。

 日々、嫌なこともあれば、何とかそれを解決しようとする努力もしている。抗しきれずに仕方なく受け入れざるを得ないこともある。もちろん、つかの間の幸福感もある。そして、慰めを求める。慰められて、また新しい日を過ごしていく。

 とすれば、私たちは「小さな一生」を繰り返して、人生としての「一生」を形作っているのではないだろうか?

 と、グダグダと書いたが、私は「イン・メモリアム」を聴きながら、作品の作曲動機は母の追悼ではあるが、聴く者は、意識的か無意識かはそれぞれだろうけど、この音楽の中に自分の「小さな人生」を顧みる、あるいは省みているのではないかと思うのだ。言い換えれば、そういう不思議な力がこの作品にはある(言ってること、解っていただけます?)。

 なお、「走馬灯のように」ということをもっと明確に描いた音楽に、ハラルト・ヴァイスのAirという10分ほどの作品がある(The Rest is Silenceという作品の一つの楽章)。ただし、このAirが、果たして本当にそういう人生最後の回顧を描いたものかどうかは、私には解らない(この曲についての情報がまったくないから)。でも、そう思えてならないのだ。この曲については、また別なときに、あらためて書かせてもらいます。

 と、表面上は難しいことを考えながら、今朝の山手線の女性車掌はかわいかったな、なんて思っている私。いかん、いかん、自分を省みなければ……

     

シュニトケ/真夏の夜の虚夢

 昨日、久しぶりに東京に戻り、一人暮らしの再開となった。

 このように聞くと、親切で良識のある方は「あらぁ、大変ね。寂しいでしょうに」と思うだろうが、それはもちろん当たってはいるのだが、単身赴任5年目ともなると自宅から赴任地に戻るときにも特に寂しいとは感じないし、むしろ一人でほっとするという感覚も起こるのである。自宅に居られずに心残りなのは庭のバラの手入れができないことだが、逆にCDはすべて東京に持ってきているので、久々に音楽を聴けるという喜びもあるのである。

 ということで、昨夜は音を大きめにして何曲か聴いた。

 そういえば、夏にちなんだ曲を全然聴いてないなと思い選んだ曲は、シュニトケの「真夏の夜の夢,ではなくて」(1985)である。

 私はこの曲を1988年頃に初めて聴いたが、とても親しみやすい良い音楽だと思った。これが私がシュニトケを知ることになった作品なのだが、その後彼のいろいろな作品を聴いてみると、驚くほど親しみやすかったり通俗的な旋律が登場するかと思うと、勘弁してくれというような混濁した非旋律的な響きもあり(それが彼の“多様主義”なのだろうが)、私としては親しくなりきれていない作曲家ではある。例えば、交響曲第1番第2楽章の前半4分少々は、むちゃくちゃエキサイティングでノリノリで大好きなのだが(逃げたサーカスの象が行進しているような音楽だ)、そのあとは好きになれないのだ。

 でも、「真夏の夜の夢,ではなくて」は全体を通してやさしく美しい作品(中間部で炸裂しちゃうけど)。この作品を私が聴いたときの放送では(FMで聴いたのだ)、「真夏の夜の虚夢」と呼ばれていた。個人的には、このタイトルの方が病的で好きなのだけど…。なお、昨夜聴いたのはセーゲルスタム指揮のもの。BIS-CD437です。

 次に聴いたのは、早くも夏に関係なく、ベリオの「ボッケリーニの“マドリッドの夜の帰営ラッパ”に基づく管弦楽編曲」。実は、この曲は私がシュニトケの「真夏……」を聴いたときの放送で同じく流された曲。

 原曲のテーマを巨大なオーケストラが精緻に、複雑に、華麗に演奏していく。きっと、聴いてる以上に、楽譜上では複雑なことが起こっているのだと思う。この曲、絶対にお薦め。私の持っているCDはベリオ自身がロンドン響を指揮したもので(たぶん他にCDは出てないだろうけど)、BMGクラシックス09026-68894-2です。ホント、お薦め。

 そのあと、ファリャの「三角帽子」とショスタコーヴィチの交響曲第15番という、驚くほど節操のない組み合わせで鑑賞(何か死語だね)し、聴き終わったあとにはサッポロ・クラシックの空き缶だらけ。まったく近頃の潰瘍患者は丈夫だこと。

御多分にもれず参加中・・・
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MUUSAN

 クラシック音楽、バラ、そして60歳代の平凡ながらもちょっぴり刺激的な日々について、「読後充実度 84ppm のお話」と「新・読後充実度 84ppm のお話」の2つのサイトで北海道江別市から発信している日記的ブログ。どの記事も内容の薄さと乏しさという点ではひそかに自信あり。

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