ベートーヴェン(1770-1827)という作曲家の音楽は、「運命」の印象があまりにも強いせいなのだろうか、無骨で男臭く力強いというイメージがある。
それに、たぶん今はもうあんなださいノートは売られていないのだろうけど、小学生用の音楽ノートの表紙になっていた有名なベートーヴェンの肖像画――シュティーラーという人が書いた油絵で、1819年の姿。赤いタイが印象的。でも、ベートーヴェンの肖像画って、描いた人によってずいぶんと顔つきが違うのも事実――が、これまた便秘でいきんでいるような表情で、見るものを圧倒してきたわけである。「切れても出すぞ、便べ便!」みたいな強靭な意志が表情に表れている。学校もののホラー映画でも、夜中の音楽室で恐い顔に変わるのはベートーヴェンの肖像画と相場が決まっているくらいだ(ただでさえ恐いのに)。
しかしながら、いろんなベートーヴェンの曲を聴いていくと、無骨で力強い音楽よりも繊細で優しげな音楽の方が、より彼の特徴的な面であるように思えてくる。社会になじめず、耳が聞こえないことでますます外界からの孤独感を味わったベートーヴェンが、自らの心を慰めるような音楽。それが、彼の特徴であると(特に晩年は)。
作家の故・五味康祐氏は「音楽巡礼」(新潮文庫)のなかで、《私はベートーヴェンのピアノ曲が好きだ。ことに『ハンマークラヴィーア』と作品109、作品111の終楽章――この三つがあればほかにピアノ・ソナタは必要ないとすら思う》と書いている。「そりゃ、ウソでしょ、このぅ~っ!」と言いたくもなるが、私はベートーヴェンのピアノ・ソナタ第27番ホ短調作品90が好きである。
この第27番のソナタの前に書かれたピアノ・ソナタは「告別」だが、それから5年あとにこの曲が書かれたとき、世はナポレオン没落後で大きく変化をしており、ベートーヴェンの聴力もほとんど失われていた。ますます彼が内へ内へと入っていく時期である。
曲は2つの楽章からなっているが、シントラー(1798-1864。『ベートーヴェン伝』の著者として重要な貢献を果たしたが、その内容にはかなりの粉飾があるとされている)によれば、ベートーヴェンは2つの楽章を「理性と感情との闘い」「恋人との対話」であると説明したという。この作品はリヒノフスキー伯爵に献呈されているが、伯爵は当時 再婚することになっていたため、それにちなんで作曲されたと言われている(「理性と感情との闘い」って、ちょっとやらしっぽい)。
私はブレンデル盤(1975録音。フィリップス438 374-2。輸入盤。2枚組みでピアノ・ソナタの27番~32番までが収められている)を好んで聴いている。
それにしても、「恋人との会話」とベートーヴェンが言ったという、この曲の第2楽章の優しさ、甘さ、美しさ!私の清らかな心が、さらにいっそう癒されていくようだ。恋人同士の仲むつまじく、端から見ていても微笑ましい様子さえ感じられる。
えっ?おまえはどうなんだって?
妻とはいつも「くまばちは飛ぶ」っていう感じ。やれやれ……