「私が育んだ石」 第1部「トロカツオ純情編」 その3
診察室の中から私を呼ぶ声――それが女性の声だったか男性の声だったかは覚えていない――は、私の耳に全知全能の神の救いの言葉のように聞こえた。
実際、待合室で座っているんだか、寝転びかかってんだか、タコなんだか分からないような格好で痛みと格闘していた私は、呼ばれても立ち上がることができない陣痛のピークに達していた。かつて妻が出産のときに実践しようと練習していた(本番のときにそれができたのかどうかは知らない)呼吸法を真似て、ヒーヒーフゥーッと呼吸していたのに、全然痛みなど軽減しなかった。
妻と看護婦さんに両側から支えられ、私はなんとか診察室に入ることができた。このときはっきり覚えているのは、妻の支え方の方がぞんざいだったことである。何も知らない子どもは自販機のジュースを買ってくれと騒いでいた。
You are welcome!
そんな雰囲気で私を迎えてくれた医者は、比較的若かった。希望としてはもう少しベテランぽい医者に診てほしかったが、つい先ほどベテランの偽善的微笑医師に何の救いも与えてもらえなかったし、ここで「もっと年寄りを」と叫んだところで、私の頭がヘンになったと思われるだから、この若先生にすがるしかなかった。
しかし、簡単には痛みを解消してくれない。
尋問があるのだ。
私は、あのときと同じように涙目で「トロカツオ一切れと……」と、昨夜の食事内容を説明しなくてはならなかった。
ところが、このとき私は「ハッ!」と気づいたことがあった。
最初の時には頭から抜けていたが、食事内容で忘れていたことがあった。
「あっ、そういえば……、そういえば、焼酎のお湯わりには梅干を入れました」
この、医者にとっては新たな事実は、しかしながらまったく彼の関心を誘わなかった。彼の関心は「朝起きたときに背中が痛かった。それあとに腹が痛くなった」ということであった。あの老医師がまったく無視した部分である。
さらにこの医者は、とりあえずは痛みを抑えなきゃ、というエンジェル思考で、私に痛み止めの注射を打ってくれた。
諸君!このときの私の喜びを分かってもらえるだろうか?
肩に差された注射針の痛みなんか、蚊に刺されるよりも感じないと思ったほどだ。
注射器の中の薬液が次第に減ってゆき、私の体内に入っていくのを見ていると、これからはすっごく幸福な人生が待っているような気持ちになったものだ。
それでもすぐには効かない。
私の頭の中は時を刻む時計の秒針の音が鳴り響いていた。カチカチカチカチ。このカチが何回か繰り返されたときに、痛みは夢のように消え去るのだ!無期限なんかじゃないんだ!
そう思うと、私は食あたりの原因となった、特定されていない食べ物を、もう一度眺めることぐらいはできるかも、という勇気がわいてきた。
これからの幸福をうっとりとした表情で、しかし頭の先から脂汗だらけの、いわば気持ち悪い様相の私に医者は言った。
「尿を調べてみましょう。尿を取ってきて下さい」
ウィ、ウィ!
どうして断ることができようか!
尿を飲んでくださいとは言っていないのだ。あなたのためなら、尿の100ccや150ccc、いや紙コップに並々と、私の尿を注いであげようではないか!
私は看護婦さんに脇を支えられ(妻の手助けは拒否した)、近くのトイレへと向った。お腹の痛みは相変わらずひどかった。
そして、排尿行為に入った。
出てきたのは……真っ赤なオシッコであった。
「やあ、久しぶり!赤いオシッコなんて大学卒業前のあの時以来だね?」
私は心の中でそう語りかけ、次の瞬間、すべてが氷解した。
「そうか!この痛みは尿路結石なんだ!前にすごく痛いと聞いたことがある。間違いない!」
尿を取り終え、誰かがストロベリー・ジュースと間違えて飲んでしまわないよう、きちんと検尿入れの棚の奥に置き、私はトイレを出た。
不思議なことに、腹の痛みは財布の中の金がなくなるかのように、消えうせてしまった。
私は大発見をした子どものように急ぎ足で医師の元へ戻った。
「せ、先生、血尿です!血尿だったんです!」
血尿が出たことをあたかも喜んでいるように受け取られたら困るのだが、医者よりも先に診断を下せた自分が愛おしくてたまらなかった。
「そうですか。やっぱり。最初に背中が痛いと聞いたときに、結石じゃないかと疑ったんですよ」
本当だろうか?負け惜しみを言ってるんじゃないのか?
「それでまずは痛み止めを打って、尿検査もお願いしたんですよ。ちょうどいいタイミングで血尿が出ました。これで結石に間違いないと分かりました」
う~ん、どうやら負け惜しみのデマカセではなかったらしい。悔しい……
痛み止めを打ったことと、おそらくは石が落ちて尿管の流れが戻ったためか、痛みは急速になくなっていった。
「先生、ではこれで帰らせていただきます」
「いいえ、入院してください。まだ石は体の中に残っていますし、これだけの血尿が出ているわけですから感染症の危険もあります。今日は土曜日なので詳しい検査はできませんが、月曜日にはできます。幸いベッドはたっぷり空きがあります」
ということで、私は生まれて初めて入院することとなった(ちょっぴり楽しみではあった)。
ロビーで入院病棟のベッドの準備が終わるのを待っていたら(もうこのときにはお腹の痛みは完全になくなっていた。昼食を食べそびれたことが残念でならなかったくらいだ)、私の両親が駆けつけてきた。まあ、駆けつけたというには遅すぎるが……
母親が妻を見るなり言った。
「すごいお腹が痛くて立てないって、ガンか何か?」
どうしてこの女はこうなんだろう、やれやれ……
私は病室に行く前に上司の自宅に電話した。
上司の奥さんが電話に出たので「尿路結石で入院することになりました。少なくとも月曜日は休むことになりますので、そうよろしくお伝えいただけますか?病院は札幌○○病院です。いえ、お見舞いを持ってきてほしいという意味ではありません。では」
私が入院する――ああ、初入院!――病室は6人部屋であった。が、誰一人入院患者はいなかった。
えっ?この広い部屋に私1人?気兼ねなくていいけど、夜も1人?
お化けは出ない?
夜の回診にきた看護婦さんと間違いは起きない?
あぁ、不安と期待……
子どもが小さいこと、そして痛みがなくなったためにすっかり健常者になったため、妻は夕方に帰宅した。夕食を食べられるように、箸だけは買って置いて行ってくれた。
また、看護婦からは10センチ角ほどの金網を渡された。SMごっこの道具かと思ったが、やっぱり違った。オシッコをするときに、この金網ごしにしなさい、というのである。石が出たときに引っかかって分かるようにするためだ。それから水分をたくさん取りなさいという。私は病院の自販機で缶入りのミルクティーを山ほど買い込んで病室の冷蔵庫に入れた。なぜミルクティーかというと、他の品物がことごとく売り切れだったからである。
がんがん飲んだ。尿崩症のようにオシッコが出た。
金網越しに便器に放尿した。
砂金探しをしているような気分になったが、私が産みの苦しみを味わった砂金ちゃんは姿を現さなかった。
私にとっての入院食第1号はカレーライスだった。
カレーライスを箸で食べたのも生まれて初めてだった。
けっこう食べるのが難しいことが分かった。
夕食後、一度医者が診に来てくれた。
外来のときとは違う医者だ。あとで知ったのだが、ここの副院長らしい。
「いやぁ、あれはすっごく痛いからねぇ~」と、他人事のように言って去って行った。実際、他人事だけど……
そして、消灯の時間となった。