読後充実度 84ppm のお話

“OCNブログ人”で2014年6月まで7年間書いた記事をこちらに移行した「保存版」です。  いまは“新・読後充実度 84ppm のお話”として更新しています。左サイドバーの入口からのお越しをお待ちしております(当ブログもたまに更新しています)。  背景の写真は「とうや水の駅」の「TSUDOU」のミニオムライス。(記事内にアフィリエイト広告が含まれている場合があります) コメント欄は撤去しました。

2014年6月21日以前の記事中にある過去記事へのリンクはすでに死んでます。

2009/01

毎朝笑顔で接してくれる“あの娘”……

 毎朝私は、通勤時に駅のキオスクで「ヘルシア緑茶」を買うことを日課とするようになってしまった。

 最近では、キオスクの女性店員が私の顔を見ると、何も言わなくても「ヘルシア緑茶」を差し出してくれるようになった。そして、そのような特別待遇にとどまらず、笑顔で「行ってらっしゃい」と優しい言葉までかけてくれるようになった。

 殺伐としていると言われる現代で、なんと心温まる出来事であろうか!
 朝、家を出るときに尻尾すら振ってくれない犬とは大違いだ(置き物だから)。

 ただ惜しいのは、彼女があと30歳若かったらなぁ、ということと、「私も毎日これを飲んでるのよ」と、余計なことを一度言ったことだ。「えっ?飲んでいてもそんな感じなの?」って、私はそのとき、未来は曇り空が続くような気がした。

 だが、絶対とは言えないが、以前にも書いたように「ヘルシア緑茶」効果はあると思われる。私の血液の中で過飽和状態にある中性脂肪に対してである。

 これまで何度か、なぜか私は中性脂肪の値が高いということを書いてきた。
 で、ヒマだったのでどういう風に推移してきたか、ここ数年の数字を拾ってみた。
 ちなみに、正常値は149mg/dl以下である。

 H18.7.10(人間ドック) 499
 H19.7.26(人間ドック) 679

 このとき、胃バリウム検査でも引っかかり、かかりつけ医に相談。そこでドックの結果をさらけ出さざるを得なくなり、私の汚れた血の秘密がばれてしまった。彼ったら、いやがる私をいたぶるように、「もう薬を飲まなきゃだめだ。この薬は副作用があるが、そんなこと言ってられない」と攻め、私も彼の申し出を断りきれず、ベザトール錠を飲み始めた。

 その後、2ヶ月おきに受診。薬をもらい続ける。

 19年11月には、このせいで入りなおそうとした生命保険に拒絶され、一度は絶望のどん底に叩き落される。でも、捨てる神あれば救う神あり。別な保険会社に加入でき、いつも第2希望しか通らなかった私の人生の裏づけがなされた。
 
 H20.6.30(その病院での検査) 509

 この結果を見て、かかりつけの医者は「確かに薬のせいで下がっているようだが、あまりにも劇的には下がっていない」と、私をいじめた。

 H20.8.1(人間ドック) 427

 ここまで下がったので褒めてもらえると思ったが、そのかかりつけ医は「所詮、ひどく悪い中でちょっと下がっただけ」と、やる気が失せるようなことを言った。

 H20.10.31(その病院での検査) 508

 再び上昇したことで、医者は不機嫌になる。どうやら私が食生活面でなぁ~んにも努力していないことに気づかれたようだ。
 とにかく酒量を落とせという。通常は2ヶ月あけるところを、1ヶ月後にもう一度血液検査することになる。次回検査の2週間前から酒を飲まないようにと言われる。値が下がらない原因がアルコールにあるということの尻尾をつかみたいらしい。ワンッ!
 私は言うことを聞くふりをしたが、酒を休むことは不可能。
 考え抜いた挙句、「ヘルシア緑茶」を毎日飲むことにする。神にすがる思いだ。

 H20.11.28(その病院での検査) 351

 なんということでしょう!何にもしていないのに、大特価3割引!
 間違いなく「ヘルシア緑茶」効果だ。

 H20.12.24(その病院での検査) 316

 なんということでしょう!
 忘年会シーズンで毎晩飲んでいるのに、この好成績!

 ということで、次回の結果も維持または低下していたら、もう「ヘルシア緑茶」が効いているとしか言えない感じ。
 たぶん、朝のキオスクの店員の笑顔のおかげではないと思う。

 さあ、今朝も買うぞ。

パンチカードのようなラヴェルのスコア

fdd4a0a6.jpg  M.ラヴェル(1875-1937)のバレエ「ダフニスとクロエ」(1909-12。1912初演)。

 3部から成るこのバレエは、かの有名なロシアの興行師・ディアギレフ(1872-1929)の依頼によって書かれたもので、古代ギリシャの田園詩に基づく。
 筋書きは、羊飼いに育てられたダフニスと、その恋人クロエが、海賊に襲われて離ればなれとなってしまうが、パンの神とニンフ(妖精)によって再会を果たすというものである。

 全曲を通じて不思議な雰囲気の響きが支配する。うまく言えないが、この響きはドイツ音楽には絶対にないものである。ふわふわとした漂うような美しさである。
 金子建志編の「オーケストラの秘密」(立風書房)には、《職人芸の凄さには、誰もが驚く種類のそれと、見ているだけでは気づかなかったのに厨房に入ってみたら唖然としたという場合がある》ということで、ラヴェルの「ダフニスとクロエ」を前者に位置付けている。

 さすが、管弦楽の魔術師・ラヴェル、といった感じであるが、そのスコアを見ても実に美しい。写真は第3部の「日の出」の始まってすぐの部分だが、フルートやらオーボエやらがこんなに細かい動きをしているのか、と驚いてしまう。
 なんというオタマジャクシの数であろう!
 まだ残雪がちらほらと残っている4月末の札幌近郊の山。小さな川のそばの小さな、いつ干上がってしまうかもしれないような水たまり。その中には卵からかえったばかりの、無数のオタマジャクシがウジャラウジャラ。そんな情景を思い出してしまうわん。ああ、ディスカバー・ジャパン!
 あるいは、大昔、オフコンと呼ばれていた、いや、電算機と讃え祭られていた大型コンピュータ時代、そこにデータ様を読んでいただくためのパンチカードの穴のようでもある。ああいう部屋一つを占領していた機会も、いま私の目の前にあるノートパソコンより偏差値は低かったのかもしれないな。
 掲載したスコアはDover社のものだが、ここのスコア5d7bbe56.jpg は印刷がちょっと粗雑なのが残念である。

 今日では第3部の3曲から成る「第2組曲」(「夜明け」「無言劇」「全員の踊り」)だけが演奏されることが多いが、全曲を通じてラヴェル特有の神秘的な響きが味わえる(ただ、一歩間違えると退屈する)。
 全曲があまり聴かれないのは、話の筋に起伏がなく、バレエ作品としてはストラヴィンスキーのもののように人気が出なかったためである。そういう意味では、全曲を聴かなくても、組曲版だけで十分とも言えなくもないが……

 私が持っている全曲盤のCDは2種類。
 一つは、C.デュトワ指揮モントリオール響、同合唱団による演奏の輸入盤(1980年録音)。Deccaの400 055-2なのだが、なんと驚いたことにこのCD、まったくトラック分けされていない。約56分す748634c3.jpgべてが1つのトラック。やれやれ。演奏はいいのに不便極まりない。同じ演奏の国内盤は11トラックに分けられており、さらに「海原の小舟」と「道化師の朝の歌」も収録されている(ロンドンPOCL9874)。まあ、そうはいっても、どちらも現在は廃盤。
 もう一つは、E.インバル指揮フランス国立管弦楽団、同合唱団による演奏で、デンオンのCOCO70657↓。インバルとラヴェルっていうのは、なんだか合わなそうな組み合わせだが、それは私の先入観か……。こういう複雑精緻な音楽こそインバルの得意とするところなのかも知れない。そしてこの演奏、とても音がきれいである。ジャケットのデザインも私好み(特に鳥が横に配置されているところなんか)。
 
 ラヴェルはドビュッシーと対置されることが多いが、この2人、音色の面でも実はずいぶんと違うことが、この曲を聴いてもよくわかる。

「交響曲の父」の「熊交響曲」

6caab28c.jpg  F.J.ハイドン(1732-1809)の交響曲第82番ハ長調Hob.Ⅰ-82(1786)には「熊」という名がつけられている。作曲者自身がつけたのではない。終楽章のバグパイプ風の楽想が「熊っぽい」(どういうことだ?)から、19世紀になってからそのように呼ばれるようになったのだ。

 ハイドンは「交響曲の父」と言われる。今はどうか知らないが、少なくとも私が義務教育で音楽の授業を受けていた時代にはそう呼ばれていた。「交響曲の母」がいないのは、彼にとっても寂しかろう……

 さて、「熊」に限らず、ハイドンは標題性をもった交響曲を書いてはいない。そのような交響曲が出現したのはもう少し時代が進んでからだ。
 だから、彼の交響曲に親しみをこめてニックネームをつけるのは、逆にその音楽に聴衆が「本来あるはずのない」期待を持ってしまう恐れがある。
 第55番は「学校の先生」。理由は「第2楽章の雰囲気からこの名がついた」。おいおい。
 第59番「火事」と第60番「うっかり者」は、それぞれ同名の劇付随音楽から転用したためにその名がついたが、音楽そのものに意味はない。
 第73番「狩」は、第4楽章(歌劇「報われた誠意」の間奏曲より転用)が、「狩の情景を思わせること」からつけられた。その「狩の情景」ってどんなんなの?
 第83番「雌鶏」。第1楽章第2主題が雌鶏の鳴き声を連想させるから。
 そんなこんなで、第6~8番は「朝」「昼」「夕べ」。22番は「哲学者」。26番は「悲しみ」、などなどである。

 ところで、「交響曲の父」という栄誉ある肩書きがあるハイドンだが、その作品がポピュラーかというと、そうとは言えない。ハイドンの曲をよく聴くって人は、私の周りにはまったくいない(私の周りにそもそも人がいない、という事情もある)。
 彼のことを考えると夜も眠れないという熱いモーツァルト・ファンはいる可能性があるが、ハイドンにそのようなファンがいるといった噂を聞いたことがない。
 なぜか?
 彼の音楽が「退屈」だからだろう。音楽史上の功績や、音楽上の「画期的技法」は別として、この刺激的世の中、彼の音楽は間違いなく退屈と感じさせる。世の中が変わったのだ。
 その点、バロック音楽は独特の音色で色褪せていない。ハイドンのあとのモーツァルトはというと、ハイドンに近いものの、少なからずの輝かしいメロディーによって人気を保っている(短命の天才ということも人気に一役買っているだろう)。
 つまり、誤解を恐れずに言うと、お父様はベートーヴェン以降の時代の前段階のような存在になってしまっているのだ。村上春樹流に言うと、彼の音楽は「匿名的」なのだ。

 私もハイドンは得意ではない。
 もう30年近く前になるだろうか。札響が定期演奏会で毎回1曲はハイドンのシンフォニーを取り上げるという企画があったが、あれが苦痛だった。彼の曲の30分弱の演奏時間は、ブルックナーの1時間以上に感じたものだ。
 今でも得意ではないが、歳のせいか、あるいは耳が成長したのかわからないが、少しはハイドンも面白いと思うようになった。ベルリオーズやマーラーといった作品に脳みそがついていけなくなってきたのか?
 「個体発生は系統発生を繰り返す」という“ヘッケルの反復説”のように、「私の音楽施行は音楽史を繰り返す。しかも逆行して」って感じである。若いころは「ハイドンが良いなあと思うようになったら、もう死期が近いかも」なんて思っていたが、やばいやばい(半分冗談です)。

 この時代の音楽について、そしてその魅力について、安田和信氏が「過激な古典派管弦楽法 ~意表をつく音楽史の秘密~」と題して分かりやすく書いてくれている。

 《(18世紀後半の音楽は)19世紀以降のオーケストラとその音楽における、繊細ながらも豪華で多彩で過剰な世界に比べれば、この時代は非常に地味に映るかも知れない。確かに地味だと思う。ピアニッシモ、フルートとクラリネットのユニゾンで密やかに、しかし不気味に始まるベルリオーズの「幻想交響曲」を持ち出すまでもなく、作曲家個人の個性的な楽器法、管弦楽法がまさに百花繚乱、19世紀以降の世界は何が飛び出すかわからない。それに比べれば、18世紀後半のなんと紋切り型、ワン・パターンなことよ!交響曲と名が付けば、第1楽章の出だしは全員のトウッティでジャーンと始まると相場は決まっている。管楽器の種類は限られ、オブリガート声部といえば、2声ずつのオーボエとホルンが標準という時代が長かった。オブリガート声部と言っても、弦楽合奏だけで音楽的実質は充分に確保されるため、せっかく使った管楽器も独立性が弱いと批判される始末。この時代の人で、現在でも有名な2人、ヨーゼフ・ハイドンとモーツァルトにしても、ベートーヴェン以降の人々に比べれば、可愛いものだろう。この時期の音楽を飽きもせず、好んで聴いている自分自身も矮小な人間に思えてくる。
 筆者自身のことはさておき、18世紀後半の音楽だって、味方によっては面白いのである。自虐的にならず、堂々と主張したい。
 ……(楽器の機能も完成されていらず、奏者の手配もままならなかったこの時代だから)各楽器に相応しい音型とか表現がある程度決まっていたからこそ、そこから逸脱したときの面白さは倍増するというもの。常に逸脱してしまう時代には真の「逸脱」がわかるまい。交響曲はジャーンで始まることが多いからこそ、そうでないときは耳をそばだてるだろうし、音楽的文脈と管弦楽法の緊密な関係が存在したからこそ、ハイドンの「軍隊」やモーツァルトの第40番でのひとひねりは聴く者に驚きを与えるのだ》(金子建志編「オーケストラ こだわりの聴き方」:立風書房)

 また、金子建志もハイドンを「18世紀オケのラヴェル」と書いている(金子建志編「オーケストラの秘密」:立風書房)。

 勇気をふるって真剣に聴くと、確かにハイドンの曲は面白いし、聞き流している分にはわからない刺激性も備えている。知っているようで知らない「ハイドン」。奥が深そうだ。
 でも、恋が成就するには時間がかかりそう。

 交響曲第82番から87番までの6曲は「パリ・セット」と呼ばれる。
 それは、パリのコンセール・ド・ラ・ロージュ・オランピックの依頼で作曲されたからである(その後援者の一人、フランスの貴族、ドニィ伯爵クロード=フランソワ=マリー=リゴレーが作曲を委嘱した)。
bf28d4f6.jpg  この6曲は実際には、現在の番号でいう87番、85番、83番、84番、86番、82番の順に書かれたようだが、出版の際に現在の順序になったという。
 パリ・セットの最初を飾る(本来は最後を飾る)82番は、喜びに満ちた活気あるメロディーで始まる。聴いていても全曲が幸福感に満ちていて、ストレス・フリーの音楽だ。それが病んだ現代人には物足りないのかも知れないが……
 なお、(余計な)ニックネームの元になった楽想は、掲載した楽譜の冒頭からの低弦の声部である(掲載スコアは音楽之友社のフィルハーモニア版スコア)。

 私が聴いているCDはS.クイケン指揮エイジ・オブ・エンライトゥメント管弦楽団の演奏によるもの(1989年録音)。パリ・セットの全6曲が収められている。ヴァージン・クラシックスの61659(2枚組)。タワーレコードのネット通販に在庫あり。1,775円。

 なお、ハイドンの作品に付けられているHob.という番号は、ホーボーケン(Hoboken)が1957年に出版した作品目録の番号である。

ヒットチャート入りした大人気の「悲歌」

e7d43441.jpg  ポーランドの作曲家、H.M.グレツキ(1933- )の交響曲第3番Op.36「悲歌」(1976)。

 グレツキはカトヴィツェ高等音楽院で学んだあと、パリでO.メシアンに師事した。音列技法を中心とした新しい音響空間を模索したが、1970年代からは、中世的・神秘主義的素材に着目して、前衛から脱却する傾向を示したという。

 彼の交響曲は3曲ある。
 第1番Op.14は1959年の作曲で、「1959年」というタイトルを持っている。弦楽、ピアノ、チェンバロ、打楽器による編成。
 第2番Op.31は1972年の作曲。「コペルニクス党」というタイトル。ソプラノとバリトンの独唱、合唱とオーケストラという編成。
 そして第3番は1976年の作曲。ソプラノ独唱とオーケストラという編成。タイトルは「悲歌」であるが、「嘆きの歌の交響曲」とか「悲歌の交響曲」とも呼ばれる。

 交響曲第3番は3楽章構成。それぞれの歌詞は、以下による。

 第1楽章~15世紀後半のポーランドの「聖十字架修道院の哀歌」から、「祈りの言葉」。
 第2楽章~ザコパネの「パレス」第3独房の壁に刻まれていた、ヘレナ・ワンダ・ブワジュシャヴナというサインがある祈りの言葉。「18歳。1944年9月25日から投獄」とも記されていた。ザコパネは第2次世界大戦中にナチス・ドイツの秘密警察本部があった場所である。
 第3楽章~カトヴィツェの北西、オポーレ地方の民謡。

 さて、その音楽そのものであるが、ロバート・P・モーガン編(長木誠司監訳)の「世界音楽の時代」(「西洋の音楽と社会」~第11巻「現代Ⅱ」。音楽之友社)には、この作品について次のように書かれている。

 《……そしておそらく最も驚くべきなのは、ポーランドの作曲家ヘンリク・グレツキの、ソプラノとオーケストラによる交響曲第3番の新録音が1993年初頭のイギリスにおいてポップ・ヒットチャートに入り、突然注目を浴びたことである。〈神聖なミニマリズム〉と呼ばれる彼の音楽は単なる流行にすぎず、常套句だらけであるとする人もいるが、その第1楽章(15世紀のポーランドの祈祷文「聖なる十字架の嘆き」による)は、続く2つの楽章の誠実な口調にまさるとも劣らない直接的な感情と真の必然性をもっている》

 ここに書かれていることは、ミュージカル音楽の作曲で有名なアンドリュー・ロイド=ウェッバー(1948- )が1984年に書いた「レクイエム」が、やはりイギリスでヒット・チャート入りした話を思い起こさせる。
 いずれにしろ、こういった現象の背景には、広い範囲での「クラシック音楽」というジャンルにおいて「前衛音楽」が崩れ去り、聴衆に受け入れられやすい音楽が生まれる時代になったということがあるのだろう。

 事実、グレツキの交響曲第3番は、一言で言えば「美しい」。耳に心地よい。用いられたテキスト(の邦訳)は、心を打つ。
 全曲の半分の30分を占める第1楽章は、巨大なカノンである。徐々に声部を増してゆき10声部にまでなるが、そこで歌が入る。歌い終わると、前半とは逆に、徐々にカノンは静まっていく。つまり歌を中心に対称的な形となっている。
 第2楽章は、まさに敬虔な祈りの曲。歌詞が2回繰り返し歌われる。
 そして、第3楽章は戦争で息子を失った母の悲しみの歌である。

 どこをとっても、とても切ないが甘い美しさに満ちた曲である。
 が、先の引用にあるように、それが表面上の効果を狙った流行性のものに陥ってしまう危険性もはらんでいる。
 この曲の美しさや旋律の受け入れ易さは、しかし、飽きられやすいという弱点も持っている。
 永遠に残る名曲となるかどうかは、今後の歴史が証明していくのだろう。

 私が聴いているCDは、カジミエシュ・コルド指揮ワルシャワ・フィル、ヨアンナ・コショウスカの独唱による演奏。フィリップスのPHCP9239(1993年録音)。現在は廃盤。
 とてもていねいなアンサンブルの演奏である。


私のブログに対する疑問への良心的回答

 先日のことだったが、私のブログを愛読してくれている数少ない人の1人(その人は同じ会社の人である)が、このブログに関していくつか質問してきた。それについて、「なるほど。疑問はもっともだわい」と思うところがあったので、今日はそのことについて書く。ブログを自分でやっているが、何か腑に落ちないと思っている初心者の方にも役立つに違いない、かも知れない、ということを誰かが言っていた、という噂を聞いたことがある気がする。

 1. ランキング投票って何の意味があるのさ?

 たいへん意味のある質問で、かつ、若干の皮肉が伝わってもくる質問であります。
 結論から先に言いましょう。「意味はありません。自己満足の世界です」。

 私のブログをご覧になってお分かりのように、画面の左上には常時「人気ブログランキング」(運営会社はアット・ウィズ)での、私のブログの現在の順位が表示されるようになっています。そして、素直で善意に満ちた聡明な読者が「このブログに投票する」という箇所をクリックすると、私のブログの順位が上がっていくというカラクリになっています。
 1回の投票で獲得できるポイントは10ポイントで、私の場合は、「音楽(クラシック)」と「日記・雑談(その他)」の2つのジャンルに50%ずつのウェイトで登録しているため、あなたがクリックしてくれたら、それぞれに5ポイントずつが加算されるのです。このポイントは過去7日間の獲得ポイントです。日が変わるごとに、8日前に獲得したポイントは消失するのです。
 私はこのランキングを、あのお化け人気ブログ「きっこのブログ」に表示されていたことで知りました。ですから目標は「きっこのブログ」です。はいはい、笑ってやってください。
 それから、ジャンルのウェイトづけ(割り振り率)や数は、今後あなたに事前の断りをまったくせずに変更することがあります。

 もう一つは、たいていの投稿時に文末に掲載している「素晴らしい」などというランキング・チェックです。これは「TREview」(OCNが運営)している、レヴュー記事のランキング投票になります。したがって、音楽(曲そのものやCD)や本の紹介と評価を書いた記事の時に、私はこれを貼り付けています(だいたい毎日ですが)。
 あなたが私の投稿した文を読んで、それが「うん。ためになった。この本を買ってみたい」とか「おお、そうだったのか。このCDは買うまでもないな」「そんな曲があるなんて知らなかった。なんてためになったのだろう」と感じてくれたときに、「素晴らしい」とか「すごい」とかの部分をクリックしていただいたなら、そのジャンルにおける記事のランキングに反映されるのです。
 ただ、特にクラシックのジャンルでは参加者が少なく、ほとんど私の記事ばかりがランキング一覧に表示されます。それもほとんどが0ポイントのまま。つまり、こんな記事があるよ、ってだけのものです。もっと参加者が増えてくれるとありがたいです。
 あと、「TREview」では、一つの投稿記事で同時に複数のジャンルのレヴューができません(たとえば、新書と専門書と音楽を同時にレヴュー参加するなど)。少なくとも私は失敗しました。そこに不便さを感じます。
 
 「TREview」にしろ「人気ブログランキング」にしろ、投票し順位が上がったとしても私に何ら儲けなどが発生するものではありません。だから、単純に私の飢餓状態にある自己満足度を満たすために、クリックしていただければ、神もあなたを祝福することでしょう。

 2. 画面右側の広告はどういう観点で選んでいるのさ?

 結論から申しましょう。何となく記事に合いそうなものです。でも、実は節操がありません。一時期は試しに高収入が期待できる出会い系の広告を載せたこともありましたが、一銭の収入にもつながりませんでした。
 こういう広告掲載をアフィリエイトと言うのですが、そうそう収入には結びつきません。
 私ももう1年半ほどやっていますが、それでトータル2,000円くらいの収入を得たにすぎません。結局は楽して稼げるなんてことはないということです。

 3. コメントを入れたいのに入れられないじゃん?

 それはあなたの観かたに問題があります。
 いえ、問題じゃないです。失敬しました。私の説明が足りないのです。
 私のブログにアクセスするときに、URLであるhttp://rose-music-etc.blog.ocn.ne.jpを直接入力したり、あるいは検索で「読後充実度 84ppm のお話」でヒットさせるとメイン画面が表示されます。これは新着記事を先頭に、この1ヶ月ほどの投稿記事がズラーと表示されるのですが、そこにはコメント投稿欄がありません。
 そこで、お客様、以下のようになさってください。
 画面左側に「最近の記事」というのがあって、10ほどのタイトルが並んでいます。そこで読みたい記事のタイトルをクリックします。すると、その記事だけが表示されるのです。その場合には、文末にコメントを投稿するボックスが表示されます。あなたのメール・アドレスやURLを入力する欄もありますが、そこは空欄のままで結構です。現在は、それを入力必須項目に設定していないからです。あなたの名前とコメントを記述して送信していただければOKです。喜びや感心や賞賛に満ち溢れたコメントを歓迎いたします。しかし、硝酸に満ちたようなコメントの場合には、あなたをMyブラックリストに登録することにします。
 あるいは、同じく画面左側の下の方にカレンダーが表示されています。そのカレンダーの日にちでアンダーラインがある日は私が記事を投稿した日です。その日にちの数字をクリックすると、その日の記事だけが表示され、同じように文末にコメント投稿欄が表示されます。悦びや感動やよいしょに満ち溢れたコメントをウェルカムします。

 4. トラックバックってなんじゃい?

 はい。すでに感づいているように、後退する荷物専用車両ではありません。
 私の記事を読んで、自分のサイトと関連がある、だから私のページに自分のサイトに飛ぶようにページ名を貼り付けてくることを、トラックバックと言います。
 ここは私も常にチェックしており、特にアダルトサイトが貼りついてきたときには速やかに削除するようにしています。
 私の記事にある単語(たとえば「泌尿器科」とか「おちんちん」など)から、アダルト・サイトのトラックバックがされるようですが、おそらくは私の記事を読んでいるのではなく、自動検索して貼りついてくるのだと思います。それは、最近の記事に対して、とも限りません。
 自分のブログにトラックバックしてきた「出会い系サイト」を覗いてみて、ちょっぴりひどい目にも遭いました(そのあたりのお話しは、また今度しましょう)。このようなサイトは、その都度、禁止リストに登録していますが、いたちごっこの面もあります。

 5. 俺でもブログできるかな?

 ブログは簡単に始められます。
 でも、あなたができるかどうかは、私の知ったこっちゃぁありません。

 ということで、今日の記事ははたして「TREview」におけるレヴュー記事に該当するのだろうか?(TREviewでは、レヴュー記事とブログ記事の区分けもどこかあいまい、というか、わかりにくい)。
 よし。
 今日は「ブログ」のジャンルでのレヴューということにしてみよう。
 ちゃんと画面左上の投票もわすれないでね!

黄銅五重奏付きの編成?

0ded87f5.jpg  今日もG.カンチェリ(1935- )の作品。
 曲名は「ドゥダックの方へ」(1995)。
 原題は“A La Duduki” for Brass quintet and orchestra。なるほど、つまりは金管五重奏と管弦楽のための作品である。

 これを、昨日からちょっとはまっている英文サイトの翻訳で表示してみると、「『ALa Duduki』の黄銅五重奏曲のオーケストラ」となる。
 わけわかんねぇ~。
 Brassを黄銅と訳すところが実にマニアックである。
 やれやれ……

 ドゥダック(あるいはduduki(ドゥドゥーキ))というのは、グルジアの木管楽器だという。同じような楽器に、ドゥドゥーク(アルメニア)、バラバン(アゼルバイジャン)、ネイ(トルコ)などがあるそうだ。

ba47d242.jpg  この曲は、一度耳にしたら忘れられない金管による強烈なメロディーで開始される。その寂しげな叫びのインパクトはすごい。同時にどこか郷愁をも感じさせる。

 この叫びは曲中に何度も現れるが、後半では「ドクター!クランケの呼吸が止まってしまいました」みたいな、すごく長い間(ま)が挟まれることもある。
 また、この悲痛なブラスの叫びに対し、オーケストラはすすり泣くように声を潜める場面が多い。それはP.ルジツカ(1948- )の「J.ハイドンの音響領域による変容」(1990)の独特の緊張感漂う響きの世界を思い起こさせる。

 曲の終わり方も奇妙。
 「えっ?まだ途中じゃないの?」という感じで終わる。

 ところでこの作品は何か標題性を持っているのだろうか?
 曲名の「ドゥダックの方へ」とは、ドゥダックの音が聴こえて来る方へ(向う)といういった意味があるのだろうか?
 すいませんが、わかりません、私には。
 そこで、またまた英文サイトの翻訳に頼ってみると、
 《A LA DUDUKI は、コーカサスの計測器、wailing のアシを指します。 その対照的な starkly 要素、....A LA DUDUKI メロディーの断片、pointillist ピアノ メモ、[および] evocative 遠くトランペット呼び出しを表示します。 高まった、声帯の間積んで別、静かな強さで音楽がすすむのいずれか Bombollo 計器明細行の下にある... どら声し、unease のそらぞらしい感覚共鳴、作業が終了後に長い》
 はっ、はっ、はっ、はっ、はっ、……
 すいません。笑うくらいなら、自分でライナー・ノーツを訳すべきですよね。でも……

 CDは2種類。
 一つは昨日紹介した彼の「Trauerfarbenes Land」と一緒に収録されている、ECMレーベルのECM1646(457 850-2。※このCDには2種類の番号が表記されている)。
 えっ?昨日の写真と違うって?
 そのとおり。
 よくお気づきになられましたね。アハ効果!
 昨日掲載した牛と子供の写真のものは紙製の外スリーヴ。
 中のライナー・ノーツの表紙は今日掲載した写真になっている。
 それにしても、なんと心をワクワクさせない構図だろう。
 おばあさんも犬もアヒル(?)も、チョー自然に哲学的だ。願いをこめて凝視すればいつかはストーブの上にある鉄鍋が黄金の鍋に変わると、この鬼が島行き的トリオは間違いなく信じ込んでいる。
 でも、いい写真だ。
 CDの内容にマッチしている。
 演奏はD.R.デイヴィス指揮ウィーン放送響。1997年録音。

 もう一つは、“MUSIC FROM TAJIKISTAN,GEORGIA,AZERBEIJAN,ARMENIA”というタイトルのCD。このCDは以前、B.ユスポフ(1962- )の「フルート協奏曲」(1994)で紹介したもの(何度聴いてもこの協奏曲には心を揺さぶられる。この曲については昨年9月26日に投稿)。Arte Novaの74321 82556 2。
 演奏はヘルムラート指揮のドレスデン響。1999年のライヴ録音。
 このCDのジャケット写真も寂しいというか、異郷的というか、こんなところに一人でいたら怖いおじさんに連れて行かれるよ、というか……

 この2種類の「ドゥダックの方へ」を聴き比べると、私としてはヘルムラート盤の方が好み。録音のせい、あるいは音作りのアプローチの違いもあるのだろうが、ヘルムラート盤ではブラスの切れ味がシャープで、全体を通して緊迫感が漂っている。一方、デイヴィス盤はちょっと霧が出始めたかな、というトーン。
 ただ、ヘルムラート盤は現在のところ廃盤なのか入手困難。

 ちなみに、ECM盤はカンチェリの2曲が収録されているが、Arte Nova盤の方は2枚組で、カンチェリ、ユスポフのほかに、D.F.アミーロフ(1922-84・アゼルバイジャン)の「交響的ムガーム『バーヤティ・シラーズの花の庭』」(1968)と、A.テルテリャーン(1929-94・アルメニア)の交響曲第3番(1975)が収められている。

明るい気分の曲でないことは確かなようで……

7440e851.jpg  突然ではあるが、ある島国を想像していただけたら、私はうれしい。
 南の島でも、北の島でもいい。でも、グリーンランドなんかは適当ではない。なお、ここで言うグリーンランドというのは、岩見沢市にある遊園地では、もちろんない。
 どうせ想像なんだから想像上の島でもいい。

 そして、その島は避けられない不幸を迎えようとしている。
 まもなく沈没する、ということにしよう。

 でも、一人の若い地質学者がこの事態を何とか回避できないかと、なぜかたった一人で一生懸命研究している。
 だが、どうしようもできない。
 とうとうある日の朝、空を見上げると巨大な地震雲が浮かんでいる。うんこのような形だが、不気味だ。
 それを見た若い学者は目を見開き、声なき叫びを上げるのであった(キャストとしては“藤岡弘、”が適任であろう。彼は、映画“日本沈没”にも出ていたはずだし……。まかりまちがっても、藤岡琢也を想像しないで欲しい。「うまさ、サッポロにあり!」なんて、間が抜けたことを言いそうだから)。

 おや?
 その地質学者の後ろには、いつの間にか母親の姿が……。研究に没頭していた彼はいまだに独身で、母と2人暮らし。これまで本業の研究以上に苦労してきたのは、「ホモ疑惑」を否定することだったほどだ。息子の肩にそっと手を置く母。目にはうっすらと涙が……(母親役に、ミヤコ蝶々はふさわしくないであろう)。

 この島国の住民たちはどんな気持ちになっているだろうか?
 そりゃ、悲しみにくれているのだ(この場では、国外脱出という手段は考えないでおこう)。

 初めてこの曲のタイトルを知り音楽を聴いたときに、そんなことを“白日夢”ってしまった不埒な私であった。それは、モツレクを聴きながら、「別冊スクリーン ヨーロッパ編」のハード・コア・ポルノ映画(もう死語?)のグラビアを眺めている行為に匹敵する。断罪されるわい。
 「モツレク」って説明するまでもないだろうけど、一応書いておくと、モーツァルトの「レクイエム」。何でも略せばいいってもんじゃないけど、「モツレク」は「チャイコン」や「メンコン」に匹敵するぐらい、狭い世界では一般的。変な略語ばかりだけど……
 
 だから、いったい何の曲のことなのかというと、ギヤ・カンチェリ(1935- )の管弦楽作品、“Trauerfarbens Land”(1994)である。英名は“Land of the colour of Sorrow (for large Orchestra)”。
 カンチェリに関する英文サイトを翻訳して表示させてみたら、「『土地の色の sorrow (Trauerfarbenes 島)』の大きなオーケストラ」ときたもんだ。
 うっほぉぉぉぉぉ~っ!
 翻訳機能に盾つくわけじゃないが、私だったら「悲しみ色の島」って訳すなぁ。
 ちなみにsorrowは「悲しみ」「後悔」「遺憾」「不幸」。英和辞書の例文には「drown one's sorrows 酒で悲しみを忘れる」ってあるが、これは私の生き様を言い表わしているかのよう。

 ギヤ・カンチェリはグルジアの作曲家。現在はベルギーに住んでいるらしい。
 彼の作風はというと、先ほどの英文サイトをまたまた翻訳してみると、「Kancheli を多くの場合、choric の見積の形式を受け取る明るいのクリアイメージの切り立った、単純さを使用します。 彼の作品は彼のフォームを intonational と儀式のイメージが挿入されますの使用を持っているが特徴です。 平静は彼の最も特徴的な態度です」ということである。
 やれやれ……(でも、ちょっぴりこれにはまりそう)

 私はカンチェリについての情報をほとんど持っていないのだが、Wikipediaには、

 《カンチェリの音楽は非常に対話的・直接的で、スピリチュアルな性質を持つことも多く、そのことで(それがいつも有益とは限らないが)アルヴォ・ペルトやジョン・タヴナーといった作曲家たちと較べられることになる。確かにカンチェリの音楽の中には民族的・宗教的発想がいくつか見られ、中でも顕著なのが『交響曲第3番』もしくは近作の『マグナム・イグノトゥム』の冒頭部であるが、カンチェリの作品に及ぼすグルジアの民族的要素の効果は物質というよりはむしろ精神の中にあるのであって、このことを過度に強調すべきではない》

 《グルジア本国では、カンチェリは舞台作品で有名で、カンチェリの音楽作品の多くはそこから引き出されている。20年間にわたって、トビリシのルスタヴェリ劇場の音楽監督を務めていた。カンチェリのオペラ『Music forthe living』はルスタヴェリ劇場監督のRobert Sturuaとのコラボレーションで、1984年6月の初演以来、ヨーロッパおよびソビエト連邦で賞賛を受けてきた。……また、カンチェリは12本の映画音楽も手掛けており、ロシア語圏では有名だが、それ以外ではあまり知られていない。その中には、ゲオルギー・ダネリヤ監督のSF映画『不思議惑星キン・ザ・ザ』もあると記述されている》

 などと書かれている。

 また、「クラシック音楽作品名辞典」(井上和男編著:三省堂)のカンチェリの項には、「トビリシ大学で学び、ついでトビリシ音楽院で作曲を学び、のち同音楽院でオーケストレーションの教鞭をとる。現代的手法とグルジア民族様式を結合させた個性的様式の創造に成功。とりわけ一連の交響曲においてそれを実現した」と書かれている。私が持っているこの辞典は1998年の改訂版第3刷だが、彼の作品としては、交響曲7曲、管弦楽曲2曲をはじめ、計14曲(だけ)が掲載されている。

 さて、“Trauerfarbens Land”であるが、この作品についての情報も私は持っていないのだが(三省堂の辞典には載っていない)、聴いていて思うのは「こりゃあ、抵抗する気もなくなったあきらめの悲しみだな」ってこと。
 こんな島には住みたくないよぉ~。「土地の色」が茶色か灰色か、なんてレベルではない。随所に現れる、浮かんでは消える美しい弱音の響きが、これまた慰めにならない慰めのようで、物悲しさを強調する。
 って、実は全然そういう曲じゃなかったりして……
 つまりぃ、なんて言うかぁ~、「見積もりはクリアファイルに挿入してありますかですかと思い、明るい表情で受け取ったら、高くても態度は特徴的に単純な平静さが儀式ですたい」って感じぃ~(って、ごまかしておこう)。

 CDはD.R.デイヴィス指揮ウィーン放送響の演奏(1997年録音)で、ECMのECM1646(457 850-2)。輸入盤。

 このジャケットの写真が、なぜか一層悲しさをそそる。坊やたち、そして牛さんたち、もうすぐ沈んじゃうんだよ!……違うって。
 カップリングは同じくカンチェリの「ドゥダックの方へ」(この曲については、あらためて取り上げたい)。

 ところで、その昔に話題となった映画「日本沈没」のなかで、地震学者演じる志村喬が講演先かどこかから東京に戻るために搭乗した飛行機が、羽田空港にまさに着陸しようとしたときに大地震が発生。滑走路は波打ち、ひび割れ、そこに降りた飛行機は大破炎上、その学者も死ぬというシーンがあった。
 子供心に、滑走路がメリメリとなったのが見えた瞬間に、着陸寸前から急上昇できなかったのだろうか、と思ったものだ(いまでも、若干その思いはある)。こういうときなら、「当機は、千歳空港に引き返します」って言っても、みな感謝こそすれ誰も文句は言わないだろうなと、どーでもいーことを考えてしまったりする(いまだに)。

少女の恋心を描いた7つの小曲

 しつこく、A.ボロディン(1833-87)の作品。
 「小組曲」(1878-85)。
 この曲は7曲から成るピアノのための作品で、ボロディンやほかのロシア音楽の普及に努めたベルギーのルイーズ・ドゥ・メルシ・アンジャント伯爵夫人に献呈されている。楽譜は1885年に楽譜が出版されたが、ドイツやフランスなどでもすごい売れ行きだったという。

 各曲の題名は次のとおりであるが、カッコに書いた言葉はボロディンが草稿に書いていた表題である。

 第1曲:尼僧院にて (大聖堂の円天井の下で少女は神を想うことはない)
 第2曲:間奏曲 (彼女は外の世界を夢みる)
 第3曲:マズルカ (彼女は踊りなど考えもしない)
 第4曲:マズルカ (彼女は踊りと踊る人を考える)
 第5曲:夢 (彼女は踊る人など考えもしない)
 第6曲:セレナード (彼女は愛のしらべを夢みる)
 第7曲:夜想曲 (少女は満ち足りた愛によって眠りにつく)

2551792e.jpg  このピアノ曲をA.グラズノフは1889年にオーケストレーションしている。このグラズノフ版では、原曲の第7曲に、1885年に作曲された「スケルツォ変イ長調」が組み込まれており、各曲にも調性の変更を適時加えている。

 どの曲も幸福な優しさに満ちたもの。
 ボロディンが書き残した表題を見ると、ちょっと斜に構えた少女を連想してしまうが(あるいは恋心でほかのことが目に入らない、と言うべきか)、音楽はそのようなことはなく、美しい旋律を歌い上げる。吉松隆さんだったら「プレイアデス組曲」なんて名前をつけそうだ。

 CDは先日も紹介したE.スヴェトラーノフ盤(RCAのBVCC38201~02)を挙げておく↓。もちろん、グ01db0462.jpg ラズノフ版である。
 
 ところで、このところボロディンの未完作品の編曲者としてグラズノフの名前を書いているが(とはいえ、彼の作業は作曲に近いものがあるとも言えるが)、彼自身の作品を1曲ご紹介しておこう。
 ヴァイオリン協奏曲イ短調Op.82(1904)。
 甘ったるい、いや、甘美な第1楽章と、スペインっぽい情熱的な第2楽章の2楽章構成。全曲でも20分ほどの作品である。

 私はこの曲をイリヤ・カーラーのヴァイオリン、カミラ・コルチンスキー(誰だ笑ったの?)指揮ポーランド国立放送カトヴィツェ響のナクソス盤で聴いている。規格番号は8.550758。
 悪い演奏とは思わないけど、良い演奏と言えるかどうかは分からない。なんだか紹介記事になってないな……

 今日は短め。
 昨日の反動……


〔Σ(学生歌)=大交響曲〕の変貌

117f6761.jpg  マーラーの交響曲第3番ニ短調(1893-96、1902改訂)。
 6つの楽章から成る、伝統的な交響曲としてはおそらく最も長大な作品。

 しかも、作曲中はこれに第7楽章が加わる予定であった。さすがに長すぎると判断したマーラーは、第7楽章として構想したものを次の第4交響曲の最終楽章(第4楽章)に回した。

 作曲時、マーラーはこの交響曲に「夏の朝の夢」という題をつけ、各楽章には次のような標題を与えた。
 第1楽章 パンが目覚める。夏が進み来る
 第2楽章 牧場で花が私に語ること
 第3楽章 森の獣たちが私に語ること
f8b6db29.jpg  第4楽章 夜が私に語ること。あるいは人が私に語ること
 第5楽章 朝の鐘が私に告げること。あるいは天使が私に語ること
 第6楽章 愛が私に語ること
 第7楽章 子供が私に語ること

 先に書いたように、最後の第7楽章は、この作品で用いることを断念し、次の第4交響曲の終楽章に転用された。

 マーラーは第3交響曲を書きあげた1896年11月に、友人である音楽評論家リヒャルト・パトカに宛てて、次のように書いている。

 《私にはいつも奇妙なことと思われるのだが、多b5fe7433.jpg くの人たちは、自然について語るとき、ただ花とか小鳥とか松林の風景だけを思い浮かべている。ディオニュソスの神とか偉大な牧神のことを誰も知らない。そこなのだ。標題がある。つまり、どのように私が音楽をつくるかの範例だ。どこでもそしていつでも、それはただ自然の声なのだ》

 よく言ってることが分からないが、少なくともマーラーという人間がちょっと危ない奴だというニュアンスは伝わってくる。

 マーラーは自然を愛したが、そこには現実逃避として自然に接する傾向もあったようだ。
 それに加え、ユダヤ教からカトリックへの改宗による不本意な気持ちや、自分の健康状態への不安、将来に期待を寄せていた弟・オットーのピストル自殺によるショックなどが、この第3交響曲に反映されることになった。

c25a49d8.jpg  30分以上におよぶ第1楽章は当初「パンが目覚める。夏が進みくる」という題が付けられていたが(なお、各楽章の標題は、その後すべて取り除かれている)、このパンというのは牧神のこと。
 ドビュッシーが「牧神の午後への前奏曲」や、独奏フルートのために「シランクス(パンの笛)」で題材とした、半獣神と同じものである。
 「パンが目覚める。夏が進みくる」というのは、決して“ヤマザキ・夏の角食フェア”とかに関係はしていない。ちなみにドビュッシーの「牧神の午後への前奏曲」は1894年に書かれている。
 また、この交響曲では第4楽章にアルト独唱を、第5楽章に女声合唱と児童合唱を用いているが、第4楽章は、1885年に書上げられ社会に大きな影響を与えたドイツの哲学者ニーチェの「ツァラトゥストラはこう語った」からの詩句を歌詞として使っている。

c1f2115a.jpg  ついでに触れておくが、ツァラトゥストラとはゾロアスター教の開祖の名、ザラスシュトラをドイツ語読みしたものである(モーツァルトの歌劇「魔笛」に出てくる高僧の名前がザラストロというのも、何か意味深)。とはいえ、ニーチェのこの著作はザラスシュトラの思想とは深い関係があるわけではないという。
 簡単に言えば、永劫回帰を説いている本らしい。
 永劫回帰とは、『一度あったことが寸分たがわず、必ずもう一度起こる、いやそれどころか、無限回繰り返すという時間観である。ニーチェがいうように、今この瞬間の決意や決断、そしてさらにed81d551.jpg は運命ですら、もう一度、いや何回でも繰り返すと考えると、われわれはいやでも、この瞬間に生きているという存在感をひしひしと実感させられるであろう。だから永劫回帰は、ニヒリズムの徹底の果てにみえてくる全面的な生の肯定の思想だといってよい』って、何のことなんざんしょ?
9dc6a710.jpg  第5楽章は「子どもの不思議な角笛」から「貧しい子どもの物乞いの歌」をテキストにしている。

 それにしても、この交6cf8fa98.jpg響曲はすごい。
 最初は次から次へといろいろなメロディーが現れては消えていくようにも思えるのだが、実は第1楽章冒頭のホルンによるファンファーレが基 本となって、それが変化・発展していくのである。

0c91630f.jpg 冒頭のファンファーレの第1主題(譜例1。掲載譜は音楽之友社刊のスコア)はドイツの学生歌「われらは立派な校舎を建てた」がもとになっている。この学生歌から生まれた主題が、特に第1楽章ではついには嵐を巻き起こすまでに巨大化していく。
 この学生歌はJ.ブラームス(1833-1897)が「大学祝典序曲」Op.80(1880)のなかで用いているし(譜例2。矢印のトランペット部分。掲載譜はDover社のスコア)、おそらく彼の第1交響曲第4楽章の、ベートーヴェンの“歓喜の歌”に似ていると言われている主題も(似てるかねぇ~?)、この学生歌をルーツにしていると思われる(譜例3。掲載譜は音楽之友社刊のスコア。以下同様)。
 また、譜例1(続き)で矢印をつけている部分は、第4楽章の暗示と考えられる(譜例6)。
 第1楽章の“パンの笛”の優しげな旋律(譜例4。これも第 1主題から派生している)は、のちに第9交響曲の第3楽章fbdf381a.jpg(ロンド・ブルレスケ)で、ホルンによって回顧される(譜例5)。
 マーラーは、この交響曲の第1楽章を第1部、第2~6楽章を第2部としているが、確かに第1部だけでフルコースを食べたかのような満腹感がある。

 続く第2楽章、第3楽章は同じく自然賛美的な音楽。
 譜例6で掲載した第4楽章のアルトの歌いだしは、第9交響曲冒頭の暗示、あるいは逆に第9交響曲のときに第3番を回顧したものであろう(譜例7)。
 第5楽章は第4楽章から休みなく続き、素材は第4交響曲とつながっていく。
 第6楽章も前の楽章から休みなく続き、この交響曲の冒頭、第1主題から派生した主題が穏やかに進行し、最後は感動的な盛り上がりをもって終わる。

 さてCDだが、先日第1交響曲のときに書いたラインスドルフ/ボストン響の演奏が素晴らしい!
 冒頭はゆったりとした進め方。風格がある。地に足がついている。
 私はショルティ/ロンドン響の演奏を愛聴してきたのだが、役者が違うって感じだ。味に深みがあるっていうのだろうか?
 もちろん、ショルティ盤も名演。このシャープさも捨てがたい。
 でも、今はラインスドルフを推すなぁ。
 ラインスドルフ盤は1962年の録音。独唱はヴァーレット。RCA09026-63469-2(輸入盤)。第1交響曲とのカップリング。同じ内容のものが国内盤で出ている。

 ショルティ/ロンドン響盤(1968年録音)は、現在廃盤。かつてロンドン・レーベルから出ていたので、そのうち新たなレーベルで再発売されると思う。

 宮下誠氏は「カラヤンがクラシックを殺した」(光文社新書)のなかで、こう書いている。
 《楽譜を分析し、その構造的性格を逐一追いかけながら曲の成り立ちを追認し、その必然性を毀誉褒貶(きよほうへん)することは可能だろうし、或いは演奏を分刻みで分析し、楽譜とにらみ合いながらその「解釈」の性格を云々することも専門家なら容易(たやす)いことだろうが、これはいわば追認作業のようなものであって、音楽の力、音楽の魔、音楽のつかみ所のない魅力についてはさほどの寄与もしないだろう。この手の分析は「ああ、そうですか、立派な解釈ですね、で……」というどこか空しい読後感を読者に残す》

 すいません。
 また、私やってしまいました。こういう空しさを与えることを。
 しかも素人なのに。
 当然、中途半端に……

 ふんっ!

イーゴリ公の敵は“だったん人”にあらず?

059cf930.jpg  連休最後の日、みなさまいかがお過ごしでしょうか?世の中は「成人式」のようでございます。相変わらずバカなことをやらかしている新成人もいるようですが、こんなことをやらかず場のために税金を使うのはいかがなものかと思ってしまうのは、冷たいことでしょうか?

 私はと言えば、昨日の雪かきのせいで、腕は付け根から邪魔物のようにだるく、腰は今時期の鏡餅のように固く、背中は借り物のような違和感があります。
 昨日の朝も除雪車の音で目ざめ、外へ出ると、気温が多少高めだったのでしょう、けっこう重い雪が積もっておりました。
 そのときに、ふと空を見上げたのが悪かったのです。というのも、そのとき私の目に入ってきたのは、無言の悲鳴をあげているような、カーポートと物置の屋根だったわけです。屋根は「苦しいよぉ。サバ折り状態だよぉ」と嘆き苦しんでいるように思えました。
 「いけないわ!いつの間にかあんなに積もっている。しかも、この重い雪!雪下ろしをしないとつぶれちゃう!」
 心の中で、ちょっぴりハイジの口真似なんかしながらそう叫んだ私は、結局雪下ろしを決行したのです。放っておくことができないこの律儀な性格。損な性格……
cee5d34d.jpg  
 雪かき、雪下ろしを終え家に入ると、長男がリビングのソファでパジャマ姿のまま朝刊を広げて読んでおり、私の姿を見て(メガネはくもり、水っぱなが垂れていたと思います)「ご苦労さんですなぁ」とねぎらいの言葉をかけてくれました。これで私の疲れもすっかりと吹き飛びました。

 ……じゃあない!
 
 私は彼を非難した。スヴェトラーノフみたいな顔つきで「少しは手伝っていただけませんか?」と。

 「いやぁ、そのままにしておいてくれたら、雪かきしようと思ったかもしれないけど」と、結婚詐欺師みたいなどうも信じられないいい加減なことを言う。

 私はほかの近隣住宅が雪かきを終えたあとも、自分の家だけが手つかずのままで、かろうじて朝刊配達員の足跡だけが残っているような状況が、貧乏ったらしくて厭なのだ。貧乏は現実だけで十分だ。
 しかも、そのままにしておいてくれたら、だと?こんな重い雪、時間とともに締まっていき、扱いが大変になるのだ。
 やれやれ……

 ♪

 さて、今日はA.ボロディン(1833-87)の歌劇「イーゴリ公」である。
 1869年から書き始めたが、結局未完のまま終わってしまった。
 それを第4幕のオペラとして補筆完成したのは、これ まで書いているように03984f73.jpgR=コルサコフとA.グラズノフであるが、ボロディンが亡くなった時に完成していたのは、「プロローグと最初の合唱」「ポロヴェッツ人の踊り」「ヤロスラヴナの嘆きのアリオーソ」「ウラディミール・ガリツキーのレチタティーヴォとアリア」「コンチャック汗のアリア」「コンチャコヴナとウラディーミール・イゴーレヴィッチの二重唱」「終幕の合唱」だけで(「だけで」の割に覚えにくい登場人物の名前が多く、私としても申し訳ない気がする)、ほかには第2幕までのピアノ譜が大部分ボロディン自身によって仕上げられていた。それ以外はスケッチのままであった。
 なお、補筆完成されたオペラ全曲は29曲から成り、演奏には3時間余りを要する。

 物語の筋であるが、時は12世紀(具体的には1185年)のキエフ公国の分裂時代。ノヴゴロド・セヴェルスキー公のイーゴリが、南方の草原地帯からロシアに侵入してきた遊牧民族ポロヴェッツ人と戦うが、不幸にして囚われる。しかし、イーゴリ公は脱走して祖国のために戦う、という愛国物語である。
 台本は中世叙事詩「イーゴリ遠征譚」(原書ではなく、スターノフ が写本からまとめた筋書き)と僧院文書「イパチェフスキー年代記」から、ボロディンが書いた。

a564eb16.jpg このオペラでは、たとえば「韃靼(だったん)人の踊り」などのように 「韃靼人」という民族が出てくるが、現在では韃靼人ではなくポロヴェッツ人と呼ぶことが増えてきた。というのは、韃靼人はタタール人の中国名であり、「イーゴリ公」に登場する民族とは異なるからである(ただし、ロシア人は東方遊牧民族全体をタタールと呼ぶことがあり、それからするとポロヴェッツ人も広い意味で韃靼人に含むこともできる)。
 ポロヴェッツ人は11世紀に黒海北岸から南ロシアに姿を現した遊牧民で、13世紀にモンゴルの侵攻によって絶滅した。
 韃靼といえば、近年は“韃靼そば”というのが有名だ。“韃靼そば”なるものを、そのままふつうの蕎麦のように出している店があるのかどうかは知らないが、ここ数年、蕎麦屋の店内にやたら“韃靼そば茶”のポスターが貼ってある。これは北海道だけの現象なのだろうか?“韃靼そば”は、ふつうの蕎麦よりもルチンが多く、血管に良いらしいのだ。
 ちなみに、私は健康のために、毎日ではないが“だったんそば ふりかけ”を食べている。ちょっぴり苦みがあって、体に良さそうではある。

7097389e.jpg オペラ全曲を聴くことはなかなかしんどい。
 というのも、ボロディンがスケッ チしか残さなかった後半の2幕にどうしても弱さがあるからである。それでも、はっとする音楽が含まれてはいるが……
 今日でもよく聴かれる「序曲」「ポロヴェッツ人の娘たちの踊り」「ポロヴェッツ人の踊り」(もう1曲、男声合唱による「ポロヴェッツ人の行進」も、これら3曲に比べるとメジャー度では劣るが、すばらしい)で、このオペラの魅力はすべて網羅しているなんて言う気はまったくないが、ここでは序曲について触れておく。

 序曲はボロディンが生前にほぼプランを固めており、ボロディン自身が弾いたピアノ演奏の記憶と残されたスケッチによって、グラズノフが完成した(こう考えると、ボロディンがピアノで弾いた演奏の記憶がある曲については、グラズノフは実に“ボロディンっぽい”曲に仕上げてくれているわけである)。曲は劇中のいくつかの旋律を63e27496.jpg用いている。

 私はこの曲でも、ボロディンの特徴である、分かりやすい旋律の絡ませ方に、すっ かり“ホの字”である。
 曲の開始まもなくで現れる、クラリネットによる躍動的な旋律(譜例1の矢印部分。掲載したのは全音楽譜出版社のスコア。以下同)と、ホルンによる牧歌的な旋律(譜例2の矢印部分)。これが曲の終りには同時に進行するが(譜例3の2つの矢印)、これだけで私は喜びは100%である。こんな幸せな感動がほかにあるだろうか!(たぶんある。それに「不幸な感動」っていうのもない。)

 「序曲」のCDだが、ボロディンの第3交響曲のときに紹介したアンセルメ盤も悪くないが、ここではより土臭くて迫力満点のE.スヴェトラーノフ指揮ロシア国立響の演奏を挙げておく。ジャケット写真(写真・下)を見ても、スヴェトラーノフのポロヴェッツ人に対する戦いの意気込みが感じられる(違うって!)。ロシアのオーケストラはただ大音響でバカみたいに鳴らすだけ、みたいに軽蔑するむきもあるが、ボロディンなどの音楽(国民楽派系)をこういった演奏で聴くと、その鳴らし方に必然性を感じてしまう。朝から聴くと、一日中、上がった血圧が下がらないと思う。
 RCAのBVCC38201~02(2枚組)。「イーゴリ公」序曲の録音年は1992年。ほかに、「イーゴリ公」からは「だったん人(ポロヴェッツ人)の行進」(「ポロヴェッツ人の娘たちの踊り」でないところがソソル)が収められており、さらに交響曲全3曲と「小組曲」も収められている。

 全曲盤で私が持っているのは、M.エルムレル指揮のボリショイ劇場管弦楽団、同合唱団による演奏。ソリストはイワン・ペトロフなど。

 この演奏もすごい力強さ。序曲から「イケイケ、ゴーゴー」(テンポが速い)。ただ、1969年の録音のわりには音の混濁が多い。

御多分にもれず参加中・・・
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 クラシック音楽、バラ、そして60歳代の平凡ながらもちょっぴり刺激的な日々について、「読後充実度 84ppm のお話」と「新・読後充実度 84ppm のお話」の2つのサイトで北海道江別市から発信している日記的ブログ。どの記事も内容の薄さと乏しさという点ではひそかに自信あり。

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