読後充実度 84ppm のお話

“OCNブログ人”で2014年6月まで7年間書いた記事をこちらに移行した「保存版」です。  いまは“新・読後充実度 84ppm のお話”として更新しています。左サイドバーの入口からのお越しをお待ちしております(当ブログもたまに更新しています)。  背景の写真は「とうや水の駅」の「TSUDOU」のミニオムライス。(記事にはアフィリエイト広告が含まれています)

2014年6月21日以前の記事中にある過去記事へのリンクはすでに死んでます。

January 2011

チャイコフスキーは嘆き悲しんだかも

 昨日大阪の街を歩いていたら、“リーヴ21”の看板が目に入った。
 痛かった。

 じゃなかった。そーいう意味でなくて、視覚認識できたという意味だ。
 すまない。1人で漫才をしてしまった。

 そこでふと頭に浮かんだのが、チャイコフスキーのピアノ協奏曲第1番の冒頭のメロディー。

 それも和田アキ子が「ナナナナナー、ナナナナナー」って熱唱しているやつ。
 あれって確か“リーヴ21”のCMでしたよね?
 和田アキ子がどうこういう問題ではなく、なんでこのコンチェルトの冒頭を、和田アキ子と多国籍軍みたいな合唱団とで演奏しなければならないのか疑問、というよりもすごく居心地がわるくなる。

 そのチャイコフスキーのピアノ協奏曲第1番、私の限られた情報収集の範囲内だが、オーケストラの定期演奏会にのることがめっきり減ってしまったのではないだろうか?
 不思議なものだ。

 このコンチェルト、生演奏では感動のあまり、もしくは勘違いのあまり、あるいは大いなる知ったかぶりのフライングとして、第1楽章が終わったときに盛大に拍手する人が必ずといっていいほどいたものだ。
 まっ、同じチャイコフスキーの交響曲第6番の第3楽章が終わったときにパチパチパチパチってやられるよりははるかにいいけど……

 そういう自分も、最近この協奏曲を耳にしていない(和田アキ子バージョンを除く。ただ、それは好んで聴いているのではなくレイプ魔のように私の穴に入ってくるのである。耳のね)。
 聴きたいと思わないのだ。
 かつては結構好きだったのに、どーしてなんだろう。

 この曲については過去に書いているので、話はすっごく変わる。

 スパム・メールの話である。

 こんなのがきた。 

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 私がゲストってことなんだろうけど、私自信が受け取れるってどういうことだ?
 私に自信がないこと、どうして知ってるんだろう?

 それにしても、“最高上層本部”って、どんな会社なんだ、ここ。
 上層本部には、最低上層本部と中間上層本部と最高上層本部があるんだろうか?
 上層本部を支えているのは中層本部なのかな。中層本部にも最高中層本部みたいなランクがあるのかな。
 下層本部で働いている人はモチベーションが上がるんだろうか?
 でも、こんな組織なら、人の数も多いんだろうな。ねずみ講みたいな巨大組織なのかな?
 だったら、佐々木さんってかなり偉いひとなんだろうな。
 
 こんなのもきた。

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いです。

 これは私のMSNのHOTMAILのアドレスにきたものだ。
 私、連絡なんてしてないですから。
 それに、勝手に嬉しかっただの、不安がありますだの、あげくの果てに「本当に会える人ですか?」と、勝手に話を進めておいてさらに見ず知らずの善良な私を疑うような記述。ちょいと悲しい。
 顔がどうだの、ネットの流出が怖いだの、検索しろだの、こいつかなり身勝手。
 何が「私なりの出会い対策」なんだか。私が理解しなきゃならない義務はないよな。

 ところで、今朝。
 除雪車の音で目が覚めた。
 もう条件反射だ。
 パブロフの犬だ。
 パブロンは早めにだ。
 3:45だった。

あなたが思い描く“ロリータ”とは?

0026390a.jpg  昨日の午後の便で福岡から大阪へ移動。

 それにしても、おとといの新千歳から福岡までのフライトは、頭ではわかっていたつもりでも、乗りがいがありすぎ。長かった。飛行機が小型で、かつ修学旅行生でほぼ満席だったという要因は大きかったとは思うけど。
 これだったら羽田で乗り換えたほうが、所要時間は多くなるけど、心身がリフレッシュできるような気もする。
 その点、福岡-大阪はすぐ着いていいなぁ。やっぱりちび助飛行機だったことには変わりないが……

 それにしても雪がないって、すごく楽だ。
 私たち道産子は雪があって当たり前と宿命的にとらえているが、あの大量の雪がどれだけ生活を圧迫しているかは(特に精神的に)、こうやってノン・スノー・ワールドに来ると、あらためて実感してしまう。

 そのせいで、わくわくするようなメロディーが私の頭の中を流れてきた。

 それはドヴォルザーク(Antonin Dvorak 1841-1904 チェコ)のヴァイオリン協奏曲イ短調Op.53,B.96,108(1879/'80改訂)。

 ドヴォルザークといえば、古今のチェロ・コンチェルトの最高傑作といわれる作品を書いた人。その人が書いたこのヴァイオリン協奏曲は、これまたとても良い曲なのだが、あまりにもチェロ協奏曲が有名すぎるせいか、そう多く聴かれている作品ではない。
 でも、これはヴァイオリン協奏曲のジャンルの中でも、ぜひとも押さえておきたい作品だ。

 それにしても、ヴァイオリン協奏曲というものの第3楽章(終楽章)って、どうしてこんなに幸福感に満ちた曲が多いのだろう。メンデルスゾーンも、ブルッフ(第1番)も、ブラームスも、ベートーヴェンも、チャイコフスキーも、おお、パガニーニもいたな(第1番)……。そして、ドヴォルザークのそれも、かわいい少女のように愛らしい。
 おっと、私はロリコンじゃありませぬ。

50c02c08.jpg  ドヴォルザークのヴァイオリン協奏曲は、ブラームスの友人でも会ったヴァイオリニストのヨアヒムの勧めで作曲されたが、ヨアヒムが公開演奏で取り上げることはなく、初演は1883年にオンドルシーチェックのヴァイオリン独奏によって行なわれた。

 ロリコンっていえば、その語源となったのはナブコフの「ロリータ」(新潮文庫)である。

 ただ、この小説に出てくる少女は、ふつうわれわれが思い描くような少女像ではない。

 ふつう?われわれ?
 どんなこと思い描いているのかなぁ……ふふふ……

 さて、ドヴォルザークのヴァイオリン協奏曲のCDだが、ここではカーラーの独奏、コルチンスキー指揮ポーランド国立カトヴィツェ交響楽団のものを。
 1994録音。ナクソス。

 旅先からなので、文章が短くてすいません。
 えっ?短いほうがずっといいって?
 あなたの気持ち、少なからずわかる気が私もします。

 そうそう、今回は新阪急ホテルに泊まった。旧阪急ホテルっていうのがあるのかないのか知らないけど、私が泊まったのは新阪急ホテルである。
 さすがというかなんというか、フロントの客応対はふつうのビジネスホテルとは違うな。ロビーにあふれかえっている人たちに、こう言っちゃ悪いが、田舎くさい人が多いのもまたいとおかし、だ。

 夜中、サッカーのTV観戦だと思うが(それ以外に何が考えられようか)、「キャァァァァ~ッ」とかいう女性たちの歓声が近くの部屋から聞こえてきた。
 うるさかったけど、私は文句をつけるなんて無粋なことはせずに、自分はTVをつけることもなくウトウトと過ごした。

睡眠中はお静かに……

 昨日の朝、4:45に早起きして、といってもいつもこのくらいの時間に――4:44のことがなぜか多い――自然に目が覚めるのだが、こっそりとベッドを抜け出し、空気のように部屋を出て、忍び足で階段を下り、1階の和室に入り、まだ真っ暗なので蛍光灯をつけた。
 繰り返すが、これは私の日常的行動である。

 なぜ、2階から1階の和室へ下りたかというと、寝室が2階にあり、1階の和室にパソコンが置いてあるからだ。
 どうして「こそこそ」ではなく「こっそり」とベッドを抜け出し、「空気銃のように」ではなく「空気のように」部屋を出たかというと、同じ部屋で就寝なさっている妻が、物音で睡眠を妨げらた場合にかなりの怒りを直球勝負してくるからだ(「トムとジェリー」の「冬眠中はお静かに」の主のように)。

 パソコンのスイッチを入れ、ブログの更新作業が始まる。
 陽が昇る前にこのようなことをひっそりと行なっているなんて、まるで悪いことをしているみたいだ。たとえば、朝からアダルトサイトを観ているかのように。
 でも、前にお知らせしたとおり、私のブログについて、家族は知らないのだ。
 作業は秘密裏に進めなくてはならない。
 もっとも、知らないと思っているのは実は私だけで、家族はすべて知っているのに知らないふりをしているだけかもしれない。人事異動の情報が異動当事者だけが知らないだけのように……(ありがちな話である)。

 さて、こうしてパソコンのスイッチを入れて、ブログ更新画面にログイン!

 ガーン、、、、ガガガガ、、ガーン。

 目の前に展開された画面には「6:00までシステム・メンテナンス中です。ご迷惑をおかけしますが、よろしくお願いします」という表示。

 この北の地で、いままさに、私はご迷惑をかけられた孤独なる人間になってしまったのだった。
 でも、メンテナンス情報をふだんからチェックしていない私が悪い。
 そう、なんだって私が悪いのだ。
 今年の大雪も、札幌への観光客が減少傾向にあるのも、貨物列車が減便になるのも、すべて私が悪いのだ。きっと……
 だから、よろしくお願いされちゃう以外、選択肢はない。

 さてと、4:50だ。
 あと1時間10分ある。飛行機に搭乗したら稚内空港に着いて、さらにお釣りがくるくらいの時間だ。

 先に朝食とするか……
 いや待て。
 こんな暗いうちから朝食なんて、私の大脳視床下部が夕食と勘違いしてしまう。
 それに5時前から何らかのおかずを作るなんて、運動会の弁当作りみたいじゃないか(運動会には目玉焼きや味噌汁は持っていかないけど)。

 えぇ~い!いっそのことアダルト・サイトでも観てみるか。
 いや、やめておこう。
 一度へんなところをクリックして「3日以内に8万8,000円を振り込め」という脅し画面に切り替わってしまった経験がある。夜明け前にそんな経験を再びしたくはない。

b2350268.jpg  とかなんとか言いながらも、メール・チェックをしたり、ポイント・サイトでクリックしてポイントをためたり、ツィッターに書き込みをしたり、生まれたままの姿になって(鏡に映った姿のなんと美しいこと!)シャワーを浴びているうちに5:50になってしまい、ブログ更新画面も予定より10分早いこの時間に使えるようになったので、もう一度下書き原稿をチェックして投稿した次第。
 でも、まだ6時台だからね……
 こんな早朝にもし心臓麻痺を起しても、家族に発見されるまで1時間はかかるなぁ。1人で和室で苦しむんだろうなぁ……

 朝食に食べた塩がきいた鮭、美味かったなぁ。
 でも、あれで血圧が一時的に上昇したんだろうなぁ……
 食べ終わったころ、日の出。
 まったく、むちゃくちゃな生活パターンかもなぁ。

 ハイドン(Franz Joseph Haydn 1732-1809 オーストリア)の弦楽四重奏曲第78番変ロ長調Op.76-4,Hob.Ⅲ-78「日の出(The sunrise)」(1797)。
 この名前は、ゆっくりと上昇する冒頭の第1楽章第1主題のイメージからついたもの。ハイドン先生、相変わらずやれやれな目に遭っている。

 ハイドンの弦楽四重奏曲のうち、1796年から'97年に作曲された第75~80番の6曲(Op.76)は「エルデーディ(Erdody)四重奏曲」と呼ばれる。なぜなら、エルデーディ伯爵に検定されたからである。

 私が聴いている演奏は、タカーチ弦楽四重奏団によるもの。
 1988録音。デッカ。


 本日、ちょいと福岡まで行って来る。


ファルケ、発散す!←何を?

 昨日はファルケ氏の送別会であった。
 ファルケ氏はおとなしい口数の少ない人だが(おとなしい口数の多い人に会ったことは私にはないが)、昨夜の氏は、うまくいえないが沈黙のJOYに浸っていたように思う。夢精的ストレス発散……

 ファルケ氏は豪雪地帯に転勤する。
 飲み過ぎて、そのまま雪のなかで寝入ってしまわないことを心から祈る(札幌で生き延びてきたのだから、たぶん大丈夫だろう。

 ディーリアス(Frederick Delius 1862-1934 イギリス)の劇音楽「ハッサン,またはサマルカンドへのすばらしい旅(Hassan,or The golden journey to Samarkand)」(1920)。
 一応説明しておくと、ここで私は発散とハッサンをかけているわけである。

 この曲はJ.E.フレッカーの劇のための音楽。
 ただし、現在よく聴かれるのはこのなかの「間奏曲とセレナード」(ビーチャム編)である。

 ディーリアスのしっとりとした音楽って、ほんとに右心室底部にまでしみわたる。

78a3ed8e.jpg  私が好きな演奏はデル・マー指揮ボーンマス・シンフォニエッタの演奏。
 このCDはディーリアスの管弦楽曲集で、以前、彼の「春初めてのカッコウを聞いて」のときにも取り上げている。
 1977録音。ただし現在廃盤。中古品も探したが見当たらなかった。

 旅といえば、私は今、実はちょっぴり焦っている。
 というのも、今週末、金曜日から日曜日まで九州と関西に出張、週明けも月曜以外は東京&それに連続してもっと南方に土曜日まで出張するのだ。

 となると、記事がなかなか書けないことが予想される。

 札幌の地をこれだけ離れると、パソコンに服従することができない。パソコンに束縛されなきゃ私、とってもさびしい。

 この出張の唯一のメリットは、この間に雪が降っても雪かきについて悩む必要がないことだが、こういう時に限って晴天が続いたりする。

 そして、これまたこういうときに限って、私が千歳からフライトする日と、私が千歳に降り立つ日に限って悪天で大幅に飛行機が遅延したりするのだ。

 いずれにしろ、出張続きのときにどの程度の記事が書けるかわからないが、読者の皆様におかれましては、このページに日参することが義務付けられていることを忘れてはならない。

入学しても未来が拓けるようには感じないのですが?

 昨日の日曜日、昼近くになってから大丸にスーツを買いに行った。

 電車の中吊り広告に、“札幌なんとか大学”のものがあった。
 実はこの広告、数日前から通勤時にも目にしていて、ちょっと気になっていたのである。

 4人の学生が並んで遠くを見つめているような構図なのだ。
 これが本当に在学している学生なのか、学生に扮したモデルなのか知らないが、私は98%の確率で実在する学生であると思っている。
 もしモデルを使うならば、女性の場合はキャバクラとかソープの看板に並んで載っているかわいい子を使うに違いないからだ(もちろん、それが修正であって、写真のような子がいないのは私も知っている(かつて週刊ポストで、そういうものだという記事を読んだので))。男子学生の場合は、私には興味ない。

 で、キャッチコピーとして、「未来を見つめて」だかなんとか書いてある。
 要するに、「この学校に入学すれば未来が見えてくるよ。だからおいで、おいで」、という内容だ。そりゃそうだ。入試日程が書いてあるのに、「来るなよな」って内容のはずがない。

 ところがである。
 にせ学生でも素人モデルでもどっちでもいいのだが、とにかくこの4人の表情が暗い。
 「あぁ~ぁ、先が見えねえよぉ~」って感じなのだ。
 せめてもの救いは、4人のうちいちばん右側に写っている女性が、ちょっぴり意味不明ににやけていることだ。
 でも、学生たちに罪はない。そう注文つけた側のセンスが……である。
 思案している表情(たぶんそこを表現したかったのだろう)と、行き詰っている表情(結果的にそう見える)とは違うのだから。

 これ、どこかの広告会社に頼んで作ったのかなぁ。
 だとしたら、発注先、今後は変えた方がいいと思う。
 ちっとも入学したくなるような気分にならない。

 もし、大学内部で作っているとしたら、今後はケチらないで外注した方がいいと思う。
 これじゃ、あまり良い印象を受けない。

 モデルに起用された学生たち。(もし本物の学生だとしたら)良い思い出になったかな?

4153478b.jpg  そこでフィビフ(フィビヒ。Zdenek Fibich 1850-1900 チェコ)のピアノ曲集「気分、印象、思い出(Nalady,dojmy a upominky)」Op.41。

 フィビフは1850年、ボヘミアで生まれたが、その10年後、すぐ近くのカリシュトという村でマーラーが生まれている(あまり関係ないけど)。
 チェコの国民楽派ではあるが、ドイツ・ロマン派の色彩が強い作品を残した。

 「気分、印象、思い出」は、彼のピアノと作曲の弟子だった18歳年下のアネシカ・シュルツォヴァーとの愛を綴った日記であるという。
 1897年の秋以降は、フィビフは妻や息子のもとに帰ることなく、恋人となったアネシカと暮らすようになる。
 
 私が持っているCDは伊藤仁美のピアノによる抜粋盤であるが、ここには全4集171曲から成るOp.41からの作品のほかにも、同様のピアノ曲集からも選曲されている。

 まず、「気分、印象、思い出」Op.41であるが、以下の4つの曲集から成る。
  
 第1集 「気分」 第1~44番(1894)
 第2集 「印象」第1部 第45~85番(1893-94)
 第3集 「印象」第2部 第86~125番(1893-94)
 第4集 「思い出」 第126~171番(1892-94)

 また、さらにここに収録されている作品には、次の曲集からのものもある。

 「ノヴェレッタ」Op.44 (第172~204番)(1895)
 「気分、印象、思い出」Op.47
   ・ 第1集~第4集「気分」第205~271番(1895-96)
   ・ 第5集~第8集「印象」 第272~330番(1895-96)
   ・ 第9集~第10集「思い出」 第331~352番(1892-93,'95-'96)
 Op.57(遺作) 第353~376番(1896-99) 
 
 これらをすべて合わせると、全376曲の小曲集ということになる。
 曲は短いもので8小節、長いもので172小節ということである。

 どの曲もどこか懐かしさを感じさせる音楽。
 聴いていて温かな気分になる。
 なんせ、愛の日記だもんね……

 このナクソス盤CDには30曲がセレクトされ収められている。
 
 で、スーツの話だが、これまでA6体のものを買っていたのだが、今回試着してみると「ちょっときつそうに見えますので、AB5体がよろしいと思います」と丁寧にアドバイスされた。AB5だと身長的にサイズがやや小さいかと思ったが、試着してみるとほとんど問題なかった。

 そうなんです。実は今来ているスーツもA6なんですが、ちょっときついんです。
 ツータックならA6でも大丈夫なんですけど……

 でも、ツータックのはなかった。

 AB5の腹体型に突入した。
 いや、とっくに突入はしてたんだけど、もうごまかせないことを知った。

 

ラトルの悲劇。もとい、ラトルの「悲劇的」

ceaf55e0.jpg  1991年3月、札幌交響楽団と仙台フィルハーモニー管弦楽団のジョイントコンサートが北海道厚生年金会館で行なわれた(指揮は田中良和)。

 北海道厚生年金会館は現在、“ニトリ文化ホール”だかという愛称がついている。
 なんとなく、やれやれって感じである。

 それはどうでもいいことだが(でも、やれやれって感じである)、これは“ホーム企画センター”というハウスメーカーの、“20周年記念”という冠コンサートでもあった。

 出し物はマーラー(Gustav Mahler 1860-1911)の交響曲第6番イ短調「悲劇的(Tragische)」(1903-05/改訂'06。その後もたびたび変更を加えている)。

 20周年記念コンサートなのに「悲劇的」(このタイトルは通称だけど)というのも、縁起が悪そうな感じがするが、スポンサーといえども曲目にまでは口出しできなかったのだろう。

 私が第6交響曲を生で聴くのはこのときが初めて(というか、今のところこれが唯一の経験)で、それまで“ホーム企画センター”なんて会社は知らなかったが、こんなすばらしい機会を作ってくれた会社なんだから、将来自分がマイホームを建てるときにはこの会社を最有力候補にしようと、けっこう真剣に思った。

 それから数年後。
 私も家を建てることに決め、市内・近郊の分譲地を見て回ったが、あるとき下の息子が「おしっこしたい」と車の中で唐突に言いだしたことがあった。
 そのときにいたのは分譲が開始され始めたばかりのところで、ほとんど家も立っておらず、「そのへんの空き地でしてこい」ということも全然平気だったが、偶然にもすぐそばに“ホーム企画センター”の現地案内所があり、そこでトイレを借りることにした。

 当然のことながら、「土地をお探しですか?」、「ええ、まあ」、「まあ、お茶でも……。ウチはこのあたりたくさんの土地を持っているんです。モデルハウスを見ていきませんか?」、「そうですね」という話になり、ジョイントコンサートの時に抱いた私のこの会社に対する敬意が、実現化に向けて急速に動き出したのであった。

 モデルハウスっていうのは、たいていが「これはいいっ!」て思うように作られており、私もこれはいいって思ったが、3軒見たすべてが、押し入れを開けると半分が階段によってデッドスペースになっていることが唯一気に入らなかった。

 しかし、ざっと計算してもらっても価格も大手ハウスメーカーよりも安い。
 で、候補地を決め、モデルハウスと同じものを建てた場合にどうなるか、ざっと見積もりを出してもらうことにした。
 
 数日後。
 見積もりを見ると、現地でざっと計算してもらったものよりもけっこう跳ね上がっている。
 「あのとき言っていた価格よりも300万もアップしてますが?」
 「いえ、そんな額、私言ってませんよ」
 「でも妻も私と同じ額を聞いていますし、上の子は覚えてないでしょうが耳にしていますし、下の子はおしっこをしました」
 「そんな価格では建てられないですよ」

 プチっ!

 どうも信用できないと思い、ここのメーカーは結局やめることにした。
 会社が悪いんじゃなくて、その営業マンの資質なのかもしれないが、でもそこの営業所長って名刺にかいてあったからなぁ……

 これが私の悲劇……ってほどでもないか。

d453f704.jpg  さて、サイモン・ラトルがバーミンガム市交響楽団を振った、マーラーの交響曲第6番。

 この演奏については、私がブックマークしているライムンドさんのブログで先日詳しく紹介されていたので、ぜひ読んでいただきたいと思う。

 ……で終わってしまったら、スカスカのおせち料理と一緒じゃないかとクレームが来そうなので、ちょいと書く。

 ラトルの演奏は、他のマーラーの演奏同様、オーケストラの響きが透明で美しく、またしばしば「おぉっ!びっくり」という過度とも言える誇張もある(つまりデフォルメね)。

 落ちついた歩みで始まるが、ブラック・アイスバーンだからアクセルを踏み込み過ぎないようにしましょうみたいな進み方は全曲を通じてであり、まるで不幸せのなかにどっぷりと浸かっていたいかのようでもある(実タイムはひどく遅いわけではない)。

 第1楽章では「アルマのテーマ」があっさりと奏されるのが面白い。また11分50秒あたりの、右奥でなってるトランペットのピーララピーララという音(第10交響曲の第1楽章でも登場する音型)がなんとなく快感。

 第2楽章としてはアンダンテ楽章が演奏される。多くの場合は第2楽章でスケルツォが演奏されるが、ラトルは先にアンダンテを持ってきた。聴く側にとって、これは慣れの問題。私としては第2楽章=スケルツォ楽章で慣れ切ってしまっているのだが、ラトルの演奏を聴いていてもさほど違和感はない。

 第3楽章(スケルツォ)では、終わり近くの盛り上がりでの、“うぅぅぅぅぅ~ばぁぁぁぁん”というデフォルメが面白い(どこを指しているのかちっともわかってもらえないだろうけど)。

 終楽章も過度に感情的にならずに進んでいく。

 第6交響曲においても、ラトルの演奏はじつにすばらしい。整っている。
 とはいえ、私が知っているこの曲の数あるCDのなかで、聴く頻度が高いものになるかというと、おそらくそうならないと思う。(恐らくは純音楽としてのアプローチの仕方に)何か物足りなさを感じてしまう。
 なんせ私にはこの曲に対する個人的な思い出がたくさん詰まっているもので……

研さま、ごめんなさい。本気で見間違えました。

e5dcd54f.jpg  昨日に続き「レコード芸術」誌の話。
 といっても、1月号。
 2月号ではありません。

 これを読んでいると、「世の中は動いてるんだなぁ」とあらためて思ってしまう。

 指揮者のバルシャイが去年の11月に亡くなっていたなんて知らんかった。
 バルシャイについては、年明けにマーラーの交響曲第10番のカーペンター版を耳にした機会に、「そうだ、バルシャイ版もあるんだっけな。聴いてみたいな」と名前を思い出していたところだった。

 もう1つ追悼記事が載っていた。
 音楽評論家の小石忠男氏がバルシャイの1週間後に亡くなっていた。
 81歳。
 この年まで音楽を聴き、評論していたということ自体、すごいなぁと思った。

 新譜月評では、マーラーの交響曲第10番の、またまたカーペンター版による演奏のDVDがリリースされたことを知った。ラン・シュイという中国生まれのアメリカ人指揮者がシンガポール響を振ったものだ。
 カーペンター版がにわかに脚光を浴びてきたのか?
 このDVD(BDも同時発売)、特選盤になっているが、どうやら映像の演出に好き嫌いが分かれそうということが書いてあり、欲しいけどどうしようかなと思案中である。

 この曲、この版によるジンマンの演奏についても記事が載っていた。
 執筆している増田良介氏は、「賛否はあるだろうが、カーペンター版を聴くことは、クック版を相対化し、10番=クック版という思い込みを拭い去る助けになる」と書いているが、偉そうな口きいて申し訳ないが、私もまったくそのとおりだと思う。

 バルシャイに話は戻るが、彼が90年代(一部は2000年)に録音したWDR交響楽団との「ショスタコーヴィチ交響曲全集」は、名演奏として評価髙い。私もこの全集のなかから6番8番、そして10番について、このブログで紹介したことがある。

 数年前の「レコ芸」でも、確か宇野功芳氏がブリリアント・クラシックスからリリースされたこの全集についてシリーズ連載をしていて、概ね高い評価だったように思う。

 けど、私はこの演奏、悪くはないけど、そんなにすっごい名演奏と感じたことがない。
 “空気さなぎ”じゃないが(村上春樹の「1Q84」ね)、どうも、何かに覆われた中から聴こえてくるように感じるのだ。もっと感情が露わになってもよいような。
 数曲聴いてそんな印象を持ったものだから、その後も聴かないまま放っておいている曲もある。だから、まだ断定的なことは言えないが、このままだときっと他のを聴こうと思わないまま終わりそうだ。

 そっか、無理して聴いてみればいいのか……

 自分で言い出して、自分で納得してすいません。自慰ブログ……
 
ddea4c11.jpg  これ、もしかするとブリリアント・クラシックスのレーベルの問題もあるのかもしれない(確か宇野氏はそのことにも言及していたと思うが、どのようなご意見だったのかさっぱり覚えていない)。

 繰り返すが、この演奏、決して悪くはない。ただ、巷で言われているほどではないのでは、と私が思っているだけ。

 そうそう、「レコ芸」1月号の表4(裏表紙)の広告。
 最初に、「英雄」という文字と、健康そうな顔の写真が目に飛び込んできた。
 「おぉ、モンゴルの英雄・朝青〇がなぜここに?」と不思議に思ったが、見直すと……
 間違えて失礼しました。

“レコ芸”を駆け込み購入。年に1度なので忘れてたんです

1dcd33a4.jpg  クラシック音楽に関する月刊誌としては“偉大なる指導者”、いや、“偉大なる存在”としかいいようがない「レコード芸術」。

 でも、前にも書いたが、私がこの雑誌を買わないようになって、もう何年にもなる。

 買わなくなった理由は、記事が毎年毎年代わりばえしないから。
 「趣味の園芸」ぐらい毎年同じとは言わないが、1,000円以上する雑誌なのに、読みたいと思う記事はその半額以下分くらいしか、私にはない。

 ただし、毎年1月号だけは買っている。
 付録についてくる「レコード・イヤー・ブック」が欲しいからだ。
 ご存知の方も多いと思うが、この付録本、前の年1年間に発売されたクラシックCDやDVDなどのデータがすべて載っているのである。
 これ、必要な人以外にはまったく意味をなさないという点では、典型的なオタク本とも言える。これが“耳の記録本”だったらさらに病的色合いを増すだろうけど……

 ところが、私はすっかりと忘れていた。
 これを買うことを。

 1月17日の未明に私は夢を見た。
 「レコード・イヤー・ブック」のページをめくりながら、「うぉぉぉっ、ショルティのマーラーの新録音が出てたのか!」と感心している夢だ。
 なんで故人が新録音なのか、壊滅的に夢の内容は変だけど、それが夢の特徴ってもんだ。

 そして、目覚めたとき、「あっ、やばっ!『レコ芸』買うの忘れていた」と気づき、その日あわてて本屋に行ったのであった。
 このように、私は眠りながらも日常のさまざまな現実の問題と対峙しているわけだ。実に損な体質である。

 でも、危ない、危ない。
 あと数日で2月号が発売され、1月号が手に入らなくなるところだった。

 久々に「レコ芸」本体の方を見ると、おやおや、新譜月評に札幌交響楽団のCDが2枚取り上げられており、しかも1枚は特選盤、もう1枚は準特選盤である。

 札響がLPやCDを出しても、昔なら「レコ芸」の新譜月評に取り上げられることはあまりなかった(自主制作盤的な要素が強かったせいもあるのだろう)。
 それが、このように高い評価を得ているのだから、なんだか感慨深い。私が感慨にふけるのも変な話だけど……(でも、これは夢ではない)
 札響がここまで成長しているのは、間違いなく尾高忠明、そして高関健による力が大きいのだろう。

58780f6d.jpg  特選盤(2人の評者がともに推薦しているもの)に選ばれたのは、先日紹介した「北欧音楽の伝説―2」。尾高忠明の指揮による、シベリウスとグリーグの管弦楽曲集である。なお、評者は藤田由之と満津岡信育。

 準特選盤(2人の評者のうち1人が推薦、もう1人が準推薦)に選ばれたのは、エリシュカ指揮による、昨年4月(16日と17日)にKitaraで行われた第528回定期演奏会のライヴ録音。収録曲はヤナーチェクの「シンフォニエッタ」とドヴォルザークの交響曲第5番である。

 評者は宇野功芳と金子建志だが、ドヴォルザークの方のコメントは2人とも高い評価。

 しかし、「シンフォニエッタ」については2人の評価が分かれる。
 宇野が「過去のCDを含めてトップ・クラスと絶賛したい」と褒めたたえているのに対し、金子は「苦戦気味」としている。
 このあたり、聴く者によって違う面白さがある。

 私は4月16日のA日程の方を聴きに行っているが、そのときの感想にも書いたように、少なくともこの日の「シンフォニエッタ」の演奏はそんなに良いとは思わなかった。アンサンブルの乱れや肝心なところでのソロの演奏ミスがあったりして、聴いていても最後まで演奏に乗りきれなかった。鐘の音も好みじゃなかったし……
 一方、ドヴォルザークの方は聴かないで退出した(アイゼンシュタインとアルフレッド両氏と飲みに行った)。
 
 このCDがどちらの日の演奏を収録しているかわからないが、あの宇野先生がこれだけ絶賛しているのだから、きっと私が聴いていない17日の演奏の方だと思う。で、金子氏が聴いたCDが16日の、っちゅーことがあるわけはない。

 第582回定期を収録したこのCD。私も近々購入して聴いてみようと思う。


 それにしても、この「レコ芸」の表紙のアーノンクールの顔、けっこうブッキイである。


時代の変わり目に書かれたすさまじい“前・交響曲”

 大学受験のとき私は、担任教師が「無謀すぎる、負け戦だ」と何度も説得をかけてきたにもかかわらず、某国立大学1本に絞って受験した。

 担任教師が言っていたことは下手な占い師よりも見事に的中し、私は浪人生活に入った。

 1浪し再びその大学1校だけを受験。
 試験の日、私の前を歩いていた受験生の1人が圧雪アイスバーンの横断舗装で滑って転び、「ふふ、これで敵が1人減った」と思ったものだ。

 当時は個人情報がどうのこうのとうるさい時代ではなく、合格発表の日はラジオで合格者の名前をずっと読み上げるという特別番組があったが(考えてみれば不気味な番組である)、私がどうせ受かっているわけがないと思って大寝坊していると、家の電話がガンガンなり始めた。

 おや?もしかしたら受かったのか?

 そう思ってラジオのスイッチを入れると、合格者名の読み上げは私が受けた学部までまだ進んでいない。

 同姓同名の名前があったらしく、勘違いした人々がおめでとうコールをよこしていたのだ。
 私はベッドのなかでそのままラジオを聞き続けた。

 やがて私が受けた学部の合格者名が読み上げられ始めた。
 171番、〇〇太郎
 172番、〇〇富男
 175番、〇〇亀太郎

 私の番号は飛んだ。あのとき、疫病神はなぜか転倒男子にではなく、数歩後ろを歩いていた私に憑りついたようで、再び不合格(その日の夕刊で、同姓同名の名前を確認。ついでに私の名前がないのも確認)。

 せめてもの救いは1番飛びじゃなくて、2番飛んだことだ。私の後ろの席で受験していた人も落ちたわけだ。こんなふうに同じ運命をたどるんだったら、あのとき電話番号を教えあっておけばよかった。

 こうして2浪目に突入。
 翌春の受験のときにはさすがに1校に絞る勇気はなく(私の浪人生活はおよそ受験生らしくなかったのだ)、私立大学も1校受けた。

 そして国立大の方は、結局は縁がなかったというか、相性が悪かったというか、やっぱり受からず、私立大の方は受かった。
 すべり止めだが、なんだかんだ言って、私の人生で初めて受かった大学である。
 そういう意味では、この大学、「よく私のような貴重な人材を合格させたものだ。見る目がある」と感心したし、この学校に愛着をもってやろうと考えたものだ。

 その学校に入学する直前に、エアチェックして知った曲。
 それがC.P.E.バッハ(Carl Philipp Emanuel Bach 1714-88 ドイツ)の4曲から成る「管弦楽のシンフォニア(Orchester Sinfonien)」Wq.183(1780刊)であった(Wq.はヴォトケンヌ(Alfred Wotquenne 1867-1939)による作品目録の番号)。
 4曲すべてが長調で書かれ(ニ長調、変ホ長調、ヘ長調、ト長調)、明るくて躍動感あふれるこれらの曲は、私にとって挫折感は残っていたものの、やっと春が来たという喜びの音楽として心に刻まれたのであった。

 C.P.E.バッハはJ.S.バッハ(大バッハ)の次男であり、バロック音楽から古典派への橋渡しをした作曲家の1人である。どうでもいいことかも知れないが、彼は左利きのためヴァイオリンが弾けなかった。

 交響曲の前身であるシンフォニアを、C.P.E.バッハは数多く残している。
 それらを列挙すると、

 ト長調Wq.173(1741)
 ハ長調Wq.174(1755)
 ヘ長調Wq.175(1755)
 ニ長調Wq.176(1755)
 ホ短調Wq.177,178(1756。Wq.177は弦楽と通奏低音。Wq.188は管楽器も入る異稿)
 変ホ長調Wq.179(1757)
 ト長調Wq.180(1758)
 ヘ長調Wq.181(1762)
 6つのシンフォニアWq.182(1773。6曲まとめて「ハンブルク交響曲」と呼ばれる)
 管弦楽のシンフォニアWq.183(1780刊。4曲)

 である。

 私が初めて彼のシンフォニアを耳にしたのはWq.177であったが、バロックと古典のまさに中間にあるような音楽に魅了されたものだった。

 彼のどのシンフォニアも同じで(同じ時代だから当然か)、過渡期音楽の実験的性格がおもしろいし、とはいえかなり大胆でエネルギッシュな音楽である。
 なお、C.P.E.バッハのシンフォニアはすべて3楽章構成である(続けて演奏されるが3つの部分に分かれている)。

964bfcda.jpg  Wq.183は彼にとって最後のシンフォニア(集)だが、さすがに過渡期音楽というよりも初期交響曲としての風格と魅力がある。先日書いたように、このなかの第3曲の冒頭は、モーツァルトの交響曲第32番(1779)の冒頭に、偶然にしてはよく似ている。モーツァルトはこのシンフォニアを知っていたんじゃないのかなと思ってしまう(シンフォニアの作曲年は1775-76)。 

 とにかく4曲ともすばらしい。
 もし、あなたがまだ聴いたことがないのなら、ぜひ聴くことをお薦めしたい。
 新鮮な聴こえること間違いなしである。

 大学入学前に聴いた演奏はリヒター指揮ミュンヘン・バッハ管弦楽団による演奏だった(1969録音。アルヒーフ)。
 はつらつとした喜びにあふれるるよう演奏で魅力的だが、その後に知った聴いたコッホ/ベ2794f2dd.jpg ルリン室内管弦楽団による演奏はそれに音の厚みが加わって、より私の好みである。こちらも奇しくも1969録音。ドイツ・シャルプラッテン。

  なお、Wq.183は傑作であるが、弦楽の編成によるWq.182のシンフォニア集も名曲ぞろい。いや、Wq.177(178)もすばらしい。
 結局、彼のどのシンフォニアも、かっなりすばらしいのである。





このシンフォニーには「うめき」があまりない?

 おととしのPMF。

 この年のKitaraでの最終公演となったPMFオーケストラ演奏会。この時のマーラーの交響曲第5番の演奏は圧巻だった。指揮はM.T.トーマス。

 この曲はトランペットのソロによる葬送行進曲で始まるが(気を緩めていると、この出だし部分、メンデルスゾーンの「結婚行進曲」の始まり始まりぃ~と錯覚してしまう)、そのトランペットも巧かったし、第3楽章のオブリガート・ホルンも見事だった。

 曲が終わるか終らないかのうちに、会場内は感動の叫び声がサッカー場のように沸き起こったが、その盛り上がり方も外国風(外国と言っても中南米ではなく欧米)。

 つまりは関係者(指導者や参加していた学生)がけっこう聴きに来ていたわけで、この体育会系的な音楽を好演した仲間たち、教え子たちを称えようという文科系サークル的な空気で、とにかく熱気ムンムンになったのだった。

 私も感動した。
 感動というよりは興奮か……

 でも、その興奮、余韻、自分でも不思議なくらいスゥーっと数日で引いてしまった。
 
7b81e3e2.jpg  PMFよりもずっとずっと前の話。 
 札響が初めてマーラーの第5交響曲を演奏したのは1987年6月18日のこと。第282回定期においてであった。指揮はデヴィット・シャローン。彼は2000年9月、都響への客演のために来日中、気管支喘息のために若くして急逝してしまった。1950年10月生まれだったから50歳まであと1ヵ月だったということか……惜しい人をなくした。

 このときも、最後の音が鳴りやむか止まないかのうちに地底から湧き上がるように拍手と、ブラボーともブラジャーとも聞こえる叫び声が上がったが、あれは「札響よ、よくぞここまでやってくれた」という、演奏を讃える以上のファンの感謝の気持ちが爆発していた。
 私も動悸・息切れ寸前状態になった。
 こういうまるで示し合わせたかのような、会場全体が一体となった拍手の自然発生的フライングは、私は嫌ではない。

 マーラー(Gustav Mahler 1860-1911 オーストリア)の交響曲第5番嬰ハ短調(1901-02。ただしその後もたびたびオーケストレーションを変更)は、確かに聴いていて盛り上がらずにはいられない曲である。

 この曲が作曲されたころ、1901年11月にマーラーはアルマと出会っている。翌'02年3月には早くも結婚した。
 第5番はマーラーの交響曲の中でも人気が高く、コンサートで取り上げられる機会も多い。
 それは非常に聴き映えがするから。暗から明へという前向きな流れは、“愛の喜び”が反映してるせいのかしらん?(そう単純な作りではないそうだけど)
 おまけに弦楽のみで演奏される第4楽章「アダージェット」が、その昔映画「ヴェニスに死す」に使われたのも人気がある理由である。

 でも、なぜ、ライヴの興奮が数日ですぅーっと引いてしまうのだろう。
 私のせいか?
 いや、この曲そのものに原因がありそうだ。
 
 なぜこの曲が頻繁に演奏されるのか、理解に苦しむ。技術的にきわめて高度なくせに、短何ルドンチャン騒ぎの盛り上がり以上の成果を出すのが難しい。珍しくここではマーラーはあまり言うべきことを持っていないのではないかという印象すら受ける。彼の他の交響曲に比べて、書かずにはおれないという衝動の強さを感じられないのだ。

 と書いているのは許光俊。「クラシックCD名盤バトル」(洋泉社新書)のなかでだ。

 一方、この本のもう1人の著者(許の対決者)である鈴木淳史は、

 この作品があったからこそ、第6番や第7番という傑作が生まれ、そして第9番につながったのだ。ただ、この第5番はまだまだ実験段階の作品だ。第3番で急激に高みに達したマーラーが、次の段階に向けてアウトラインを描いているだけにも見える。第2番のように単刀直入なメッセージで客寄せすることもなければ、第6番のようにパロディとして完成しているわけでもない。屋台骨組みだけのスタイリッシュな作品だと思う。作曲者のうめきを無理にほじくり出そうとする演奏はすべて失敗しているように。

 と書いている。

 ねっ?決して私が冷めやすいタイプだというわけじゃないのだ。

 ここで許氏が推しているのは、カラヤン/ベルリン・フィルの演奏(1973録音)。鈴木氏が推しているのはショルティ/シカゴ響(1970録音)。
 カラヤンがお好きでない私は、カラヤンが振るマーラーを耳にしたことがない(たぶん)。これからも聴くことはないと思う(変なところで頑固なのだ)。
 一方、ショルティ盤は、LP時代からの私の愛聴盤である。

  では、ラトルの演奏(オーケストラはベルリン・フィル)はどんなんかいな?

 とても整った美しい演奏である。でも、インバル盤のような物足りなさは感じない。
 変な言い方だがこの交響曲が“音楽”としてきちんと鳴っている。
 へぇ、この曲ってイケイケ・ゴーゴーなだけじゃなく、こんなに美しい音楽だったんだと……
 各パートがよく聴こえてくるが、終楽章の弦の対話というか絡みは妖艶ですらある。CDパッケージのラトルの舌をついつい思い出してしまうほどだ。
 この演奏、じっくりとメロディーを味わうには最適な感じ。
 すばらしい……

 でもショルティの、マッスルマンに全身を乱暴に攻められているような演奏に、もはや抵抗するどころか悦んで「もっといじめてぇ~」と、慣らされてマゾのようになってしまった私には、「あなたは上手。とっても上手よ。でも、こんなになってしまった私には上品すぎるの。大太鼓が歪んでようと、音響バランスが変なところがあっても、そんな怪しい誘惑に満ちている強引な彼の棒が忘れられないの」って気分になる。
 あるいは、ドゥダメルのように、「おゃ、こんな演奏の仕方があるのか」という、初体験の喜びのようなものにもやや欠ける。

 いや、ラトルの演奏はすばらしいのだ。
 調教されてしまった私が悪いのね……

 マーラーの5番は、PMFや札響第282回定期以外でも何回か生で聴いているが、この2回以外はあんまり感動も興奮もしなかった。
 ポピュラーな曲のくせに、聴き映えするように演奏するのが難しい曲のようだ。
 ただ鳴ればいいってもんじゃないのだ。

 ラトルのCDは2002録音。EMI。
 

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