昨日の朝、とても珍しいというか、懐かしい人からメールが来た。
4年前までいた大阪支社。そのときに同じ課で仕事をしていた女性社員からだ。
タイトルはなし。つまり、表示は「無題」。
本文は、
わたし織田なんとかの大ファンなんですけど~!!!!
昨日のブログを読んで、このように不満をぶつけてきたのだ。
そうだった。
彼女は織田なんとかのファンだった。
思い出した。
しかも、大ファンだったとまでは知らなかった。
私はすぐに返信した。
お久しぶりです!あれは織田信長ってことで……
そのあと、メールは来ていない……
♪
おとといの北海道新聞夕刊に、札響第540回定期演奏会の批評が載っていた。
プロコフィエフのピアノ協奏曲第3番と、メインのブラームスの交響曲第2番について書かれていたが、おやおや、どうしたことだろう、1曲目のブリテンの「シンフォニア・ダ・レクイエム」についてはまったく触れられていない。
悲しい。
この評者、演奏会に遅刻したのだろうか?
それと、19日のA日程の演奏について書いているのだが、ブラームスのときに起こったという“酔っ払い騒乱事件”については触れられていない。
こういうメディアでこそ、同じことが起こらないようにきちんと書いて、世間に注意を呼びかけて欲しいものだ。それとも、騒いだのが外人だから道新に書いても意味ないと判断したのだろうか?
かわいそうなブリテン。
この私が、取り上げて差し上げます。
ホルストの組曲「惑星」の初演(1918。非公開)、そしてブリテンの歌劇「ピーター・グライムズ」の初演(1945)。
ロバート・P.モーガンの「音楽の新しい地平」(長木誠司監訳:音楽之友社)によると、〈上演直後、それは新時代の使者とみなされることとなったのである。これら2つの初演は、イギリス音楽が不毛に終わった19世紀を越えて自分たちの様式のあり方を明確にし始めた、ということをはっきりと示している〉という。
ブリテン(Benjamin Britten 1913-76 イギリス)の「ピーター・グライムズ(Peter Grimes)」Op.33(1944-45)は、プロローグと3幕6場のオペラで、台本はM.スレイターがG.クラップの詩「町」をもとに書いた。
舞台はイギリスの東海岸の小さな漁港。
オペラの筋は、〈荒れ狂う北海の景観を背景に、閉鎖的な漁村社会から疎外されている漁夫ピーターが、雇った少年を死にいたらしめた罪に問われ、自らもあらしの海に出て死に追いやられる〉(井上和男編著「クラシック音楽作品名辞典」:三省堂)というもの。
P.モーガンによると、〈社会に適応できない人間をテーマとするこの作品は、平和主義者であり同性愛者でもあったブリテン自身にかかわるものであり、歴史上初めて、イギリスの保守的な音楽に刺激を与えるものとなった〉のである。
このオペラでは〈場面転換に6曲の間奏曲が挿入されており、情景および心理の動きの描写に重要なはたらきをしている〉(井上)。
ブリテンはオペラの間奏曲を改編し、「4つの海の間奏曲(4 Sea interludes)」Op.33a(1945)とした。
その4曲は、
1. 夜明け(Dawn)~プロローグと第1幕の間奏
2. 日曜日の朝(Sunday morning)~第1幕と第2幕の間奏
3. 月光(Moonlight)~第3幕第1場と第2場の間奏
4. あらし(Storm)~第1幕第1場と第2場の間奏
である。
さらに、第2幕第1場と第2場の間奏曲を改編し「パッサカリア(Passacaglia)」Op.33b(1945)も書いている。
どの曲も美しく、どこか切なさをもった独特のコクのあるもの。
ここでは、「シンフォニア・ダ・レクイエム」のときに紹介したスターン指揮カンザスシティ・シンフォニーのCDを再びご紹介。
「4つの海の間奏曲」と「パッサカリア」の5曲が収録されている(「パッサカリア」は「月光」と「あらし」の間に演奏されている)。
ややコンパクトな感じがするが、きっちりとした精緻な演奏だ。
2009録音。REFERENCE RECORDINGS。
もっとスケール感がある演奏としては、「春の交響曲」のときに紹介したCDの、プレヴィン指揮ロンドン交響楽団の演奏を私は好んでいる(「4つの海の間奏曲」のみ)。
1974録音。EMI。
さて、休みも終わり、今日から職場復帰だ。
でも、占いじゃみずがめ座は12位だしな……
August 2011
昨日の午後、妻の実家から帰って来た。
訪問中、退屈しのぎに少し足を延ばし、湖と温泉のある観光地をドライブしてきた。
といっても、私は温泉に入るのが苦手なので、ただ車で湖を一周しただけだ。環境に優しくない私……
観光地である洞爺湖を一周してきたのだが、温泉地はかなり閑散としていた。
閉鎖しているホテルもあった。
震災、そしてそれに続く―こちらの影響の方が断然大きいに違いない―原発事故の影響で、観光客、特に海外からの観光客が激減しているのだ。
“わかさいも”で有名な会社の直営店舗に立ち寄ってみたが、かつてと比べおみやげ類の陳列はスカスカとなり、“衰退”という言葉が当てはまるような雰囲気があった。
有珠山の噴火から復活したというのに、こんなことで打撃を受けるとは……
湖を温泉街の反対側に行くと、そこには細々とした畑や水田があった。大規模な農業って感じじゃないのは、湖と山との間だから。
赤じその畑がけっこうあって、どれどれと写真を撮ったが、たまには読者サービスということで、謎めいた私の影も写し込んである。
幸いにして、私の影は村上春樹の「世界の終りと~」の“僕”の影と違って、私から切り離されないでいる(影にとっては気の毒なのだろうか?)。にしても、隣の影は何だ?撮ったときには気づかなかった。ちょっと気になる。
水田では稲穂がなかなかいい感じに垂れていて、良いコメができてる感じ(あくまで見た感じで素人が勝手に思ってるだけ)。
その横の道ばたには、誰かが植えたのだろうがすでに野生化してしまっているカリンズが実っていて、光に照らされたその実が美しかった(木全体は美しくなかったけど)。
ドライブを終え、戻り、またまたすることがないから、TVの世界陸上を観ながら、織田なんとかの下手で臭い話とアクションに、「なんでこったらヤツを毎回起用するんだろう」と、世界全体に不満しか持っていない“怒帝王”のようなストレスをビールを飲んで、バタンと寝てしまった。
昨日。
午前中に出発。
家に帰って来ると、なんとなくほっとする。実家といえども、やはりそれなりに気を遣うからだろう。
1日中履いていたスキー・ブーツを脱いだ時のようなくつろぎ感。
ボロディン(Aleksandr Porfir'evich Borodin 1833-87 ロシア)の「よその家では(At the Homes of Other Folk)」(1881)。
よその家は清潔なのに、我が家は狭苦しく息苦しい。よそではシチューにサーロ、我が家では油虫。財布には金が、脱穀小屋にはライ麦があるような暮らしができたらなあ
このような内容の歌詞の「よその家では」は、当時の広く知られていたアルト歌手のレオーノヴァの依頼によって書かれた。
ボロディンはネクラーソフの詩を選び、貧しい人々が自分の運命を嘆き、より良い暮らしへの夢と憧れを語る詩に、ユーモアある曲をつけた。
掲載した譜のおどけた感じのメロディーが、随所に出てきて、最後も明るくユーモラスに終わる。
ボロディンはこの曲をよく「油虫」と呼んだという。
今日ご紹介する演奏は、ロジェストヴェンスキー指揮ロイヤル・ストックホルム・フィルによるボロディンの交響曲全集(1993-94録音。ブリリアント・クラシックス(シャンドスからのライセンス)。2枚組で1000円以下!)の余白(?)に収められているもの。
メゾ・ソプラノ独唱はLarissa Dyadkova。
このCD、近く交響曲の演奏についても取り上げたいと思っている。
お断りしておくが、我が家がこの歌詞のように清潔でないということではない。
なお、ここでいう油虫というのは、バラなどにつくアブラムシではなく、ゴキブリの類の昆虫である(はずだ)。
参考および譜例引用) 作曲家別名曲解説ライブラリー「ロシア国民楽派」:音楽之友社
あまりに衝撃が強すぎて、もう泣くこともできなくなっていた。一人でぼんやりとワインを飲みながら、店内に流れるクラシック音楽を聞いていた。
これは宮部みゆきの短編「返事はいらない」(書名も同じ。新潮文庫)のなかの一節。
バーで、主人公の女性が恋人に別れを宣告されたあとの様子を描いたところだ。
失恋はつらい。
実につらい。
すでに何度も書いていることだが、私は高校3年生の時に1学年下の女の子を好きになり、告白し、「こんなことだったら胸に秘めたままにしときゃよかった」と猛省するぐらい私の純愛は粉々に砕かれた。
気分は最上級に重く、その重さは墓が建っている所の下の土に匹敵した。
純愛といっても、しかしながら片思いである。
彼女とは、それまでもそんなに話をしたことがなかった。
この日、初めておデートをし、夕方の別れ際に「あとから返事をするわ」という約束を得た。夜に電話をもらうことにしたのだ。反省点として、この日のうちに返事が欲しいと急がせたことが、今となってはあげられる。
こんなことなら、返事はいらなかった……
初デートでは粗相がないよう、細心の注意を払った。
ミスを犯してはいけないので、昼食も食べなかった(彼女もおなかはすいてないと言った。それがほんとかウソか見極められなかったことも、反省点の1つだ)。
私の友人の釜本君が、その1カ月ほど前に、やはり好きになった女の子と初デートをし、ランチのときに致命的な失敗をやらかしてしまった。
その失敗談を聞いていたので、なんとか彼女の前で食事をすることを私は回避したかったのだ。
釜本君の失敗。それは気の毒としか言いようのないものだった。
ちょっと高級なレストランに入って、彼はスパゲティ・ミートソースを注文した。
相手の女性が何を頼んだかは知らないが、彼が頼んだスパゲティよりも先に料理がでてきたそうだ。
「先に食べていいよ」と、釜本君の優しさ。
「じゃあ、お先に」、とけっこう冷たく、遠慮なく先に食べ始めた彼女。
しばらくして、釜本君のスパゲティが運ばれてきた。
彼は使い慣れないフォークを駆使して食べ始めた。
そのすぐあとだった。
“ミートソース”が運ばれてきた。あの、S&Bディナーカレーのパッケージに写真が載っているのと同じような銀色の器に入った、まばゆいばかりの赤色のソースが。
そう、ここは高級レストラン。
最初から麺にドバーんとミートソースがかけられていたりはしなかった。
緊張と、洋食に不慣れな釜本君は、ソースがかかっていない、ただ茹で上げられただけの麺に、餌を食う家畜の如くパクついてしまったのだった。
OUT!
あの時、麺とミートソースが時間差で運ばれてこなかったら、あるいは「いま、すぐミートソースをお持ちします」と黒服が言ってくれたなら、釜本君のその後の人生は変わっていたかもしれない。
もちろん、釜本君がまったく疑問を感じなかったわけではない。
なんか変だな、とは思ったという。
しかし、麺の上に散らばっている乾燥パセリの緑の美によって、すっかり食わなきゃならない気持ちになったそうだ。
こうして、“ただの麺”を食べ始めてしまったのだ。
それにしても、あの器、何ていう名前なんだろう。
えっ?グレービー・ボートって言うの?
ありがと(課の女性社員が教えてくれた。仕事中ごめん。自分のブログのために聞いたと知ったら怒るだろうな)。
9時過ぎの電話で別れを告げられた私が、そのあとに聴いた曲はマーラーの交響曲第6番の第3楽章だった。
全身全霊にひびが入りまくった私には、第1や第2、第4楽章を聴く耐性がもはやなかった。
私を慰撫してくれるのは、この楽章しかなかった。
ワインは飲めないから、コーラの1リッター瓶を空けた。
「悲劇的(Tragische)」という通称を持つマーラー(Gustav Mahler 1860-1911 オーストリア)の交響曲第6番イ短調(1903-05/改訂'06)については、この失恋話と絡めたり絡めなかったりして、これまでも何度も取り上げてきている。
だから、この交響曲そのものについては、ここであーだこーだ書かない。
この夜、生のゲンノショウコが口の中に群生してるんじゃないだろうかというくらいの苦いため息をつきながら聴いた演奏はショルティ指揮シカゴ交響楽団のものだったが、こうやってしんみりと聴くと、「おや?この楽章の途中に変なノイズがかすかに入ってるわい」と、こんな人生の切換ポイントに差しかかってるというのに、余計なことに気づいたりした(4'38"~4'41")。
そのノイズ、この世を恨んで死にきれない私が、うくっ、うくっと夜の森で泣いている泣き声 のようにも聴こえた
そのマーラーの交響曲第6番。
今日はゲルギエフ指揮ロンドン交響楽団の2007年ライヴ。
私にとってゲルギエフのマーラーは、第7番に続いて2曲目。
速めのテンポでサクサクと進む感じが最初はする。それは第7番を最初に聴いた時と同じ印象。
しかし、何度か聴くうちに味が出てきて、次々とこの曲の新たな魅力が発見できる感じだ。
こりゃ、スルメだね。
悲劇の当事者になりきって溺れまくるのではなく、誇張なく目の前の事実だけを丁寧に形にしていく優秀なルポライターみたいだ、とでも言えようか。
「アンダーグラウンド」(講談社文庫)をまとめあげた村上春樹みたいな……。忠実な再現ゆえに深く感動し、考えさせられるって言ったらいいのかな……
そして、全曲を支配する、この上なく美しいサウンド。
酔える!
なお、アンダンテ楽章を第2楽章、スケルツォ楽章を第3楽章の順に演奏している。
あの夜、眠りについたのは何時だったろう?
翌月曜日の朝。
私の胃袋はなんの食べ物も受け付けなかった。
よし、学校をさぼって、どこかに列車に乗ろう!
そう思って家を出た。
↑ なんとなく続きそうだね、この話。そのうちね。
節目となる1400回目を迎えた翌日は、高尚な内容の記事を書くことを試みたいと、気持ちも新たしている。
あなたって誰なの
メールくれたよね!?
美咲だけど。
いつアド交換したっけ
わたしの顔に見覚えある!?
まじめに誰かわかんないから
名前おしえて欲しいんだけど
……高尚志向の試み失敗。深くお詫びしたい。
今回も同じ言い訳、いや、説明になるが、私はこの美咲なる人物を知らない。それどころか“美咲”ってどこかの岬にありそうなラーメン屋の名前かなと思った。本当に。
“名物・つぶラーメン”とか書いたボコボコの立て看板があったりする、岬のラーメン屋。
有無を言わせず、けっこう大胆な値段設定の、岬のラーメン屋。
気分を立て直そう。
厳粛モードにスイッチ・オン!
よし、レクイエムだ。
昨日「シンフォニア・ダ・レクイエム」を取り上げると同時に、実はたいした詳しくないくせに、私は「レクイエムとはどーたらこーたら」と書いた。
本日は、ちゃんとした(って言い方はないが)レクイエム。つまり、歌唱を伴うレクイエム。
だだし、かなりドラマティック仕立てのレクイエム。
そう、ヴェルディ(Giuseppe Fortunino Francesco Verdi 1813-1901 イタリア)が、詩人・小説家のマンゾーニの死を追悼して書いた「レクイエム(Missa da requiem)」(1874)。
過去にはショルティ盤とKuhn盤を取り上げている。
この曲は、以下の7つの曲から成る。
1. レクイエム - キリエ
2. ディエス・イレ(怒りの日)
3. オッフェルトリウム(奉献文)
4. サンクトゥス(聖なるかな)
5. アニュス・デイ(神の小羊)
6. ルックス・エテルナ(永遠の光)
7. リベラ・メ(私を解き放ちたまえ)
しかし、セクエンツィア(続唱)である第2曲「怒りの日」が肥大化して9つの部分からなっており、すさまじいまでの音の爆発がある。
オペラ作家であったヴェルディのこの作品は、起伏に富み、劇的で、聴く者を興奮させずにはおかない。そしてまた、最後の「リベラ・メ」の感動的な結び方は心にしみる(このレクイエムは13人の作曲家による合作となる予定で、ヴェルディは終曲の「リベラ・メ」を担当した。この合作レクイエムは演奏されず、ヴェルディは他の部分を完成させ、マンゾーニの一周忌に初演した。したがって、終曲が先に作曲されたことになる)。
今日はムーティ指揮フィルハーモニア管弦楽団ほかによるメンバーの演奏を。
ブルックナー、レスピーギと取り上げて来た、ムーティのEMIの廉価盤シリーズの1枚である。
廉価盤シリーズということで、同じジャケット・デザインで面白味もなにもないかもしれないが、微妙に色合いは異なっていて、その違いを見るだけでも楽しめる(はずがない)。
実は私がムーティという指揮者をきちんと認知したのは、ヴェルディの「レクイエム」によってであったような気がする。
すごい指揮者もいるものだと思った。
このCDは1982年録音。
やっぱりすごい演奏だ。
果たして、あなたはこの音の洪水に、かと思えば静寂の美しさに、心奪われるか?
わたくしごとでたいへん恐縮だが(実のところ、そんなに感じてないけど)、今日の午後から家族総出で妻の実家に行ってくる。
妻の実家は平均時速50kmで自動車を運転した場合、札幌から2時間弱の自然に恵まれた風光明媚なところにある。もう少し平易な言葉で表現するならば、都会ではない。
ピークは過ぎただろうが、この時期、街全体は夕方になると焼肉の匂いで覆われる。
数多くのキャンプ客が、しめし合わせたようにいっせいに焼肉を始めるからだ。たまには刺身の舟盛りを食べているグループがいても良さそうだが、いまだ観察されていない。
妻の両親の家にはパソコンがない。
明日のブログ投稿を行うために私ができることは、携帯電話からあらかじめ下書きしておいた記事を送信するという方法だ。
しかし、携帯電話から投稿するにはいくつかの機能的制約がある。
だから明日の記事はあまり期待しないでほしい。
わかってます。
よくわかってます。
いつも期待されてないことぐらい……
今日の記事が1400回目。
もちろん、一度投稿したものの、のちに削除した記事はカウントされていない。
純粋にいま、高貴な私の手による1,400もの駄文が、この世に存在しているのである。
♪ダブーン、見ずの王国ぅ~……すいません
(道外居住者の方へ~これは定山渓ビューホテルのCMソングの出来そこないの替え歌です)。
これら、千夜一夜物語をしのぐ1400にのぼる話の内容をかいつまんで紹介しながら、MUUSANの「読後充実度 84ppm のお話」の歩みを今日から15回にわたって振り返ってみよう。
ああああ、ごめんなさい。
ウソです。
そんな、無意味で迷惑なことはしませんから逃げ帰らないでください!
♪
先日の札響第540回定期演奏会では、1曲目にブリテン(Benjamin Britten 1913-76 イギリス)の「シンフォニア・ダ・レクイエム(Sinfonia da requiem)」Op.20(1940)が演奏されたが、すでにご紹介したとおり、この曲は1940年の皇紀2600年を祝う曲として日本政府に委嘱されたものだ。
皇紀2600年って何なのかというと、日本の初代天皇である神武天皇の即位から2600年に当たる年。このイベント、日中戦争で疲れた国民に祝賀ムードを、っていう狙いもあったようだ。
祝賀のために演奏すべく、“皇紀2600年奉祝曲”の作曲が海外各国に委嘱されたのだったが、その中の1曲が「シンフォニア・ダ・レクイエム」だった。
なお、奉祝曲の演奏会のために特別に結成された“紀元二千六百年奉祝交響楽団”は、小澤征爾の師でもあった齋藤秀雄が当たったという。
ところが、送られてきたブリテンの作品に対し、日本政府が「お祝いにレクイエムとはけしからん」と演奏拒否したことは前に書いたとおり。
結婚式で“別れの酒”を歌うようなもんだからな……
もっとも、実は拒否した理由はそれだけではなかったようだが……
2600年にふさわしくないのなら、よし、本日の1400回で取り上げましょう。って、自らの立場も何も考えずに、勢いだけでごめんなさい。好機1400回。
過去記事と重複すると思うが(ここで「歩みを振り返る」という約束が成就される。ところであなたは“重複”を“ちょうふく”と読みますか?それとも“じゅうふく”派ですか?私は“じゅうふく”派です)、レクイエムというのはカトリック教会における“死者のためのミサ”のことであり、本来は典礼儀式である。
が、この典礼儀式で歌われる歌もレクイエムと呼ばれるようになった。
その名の由来は、歌詞の始まりが、“Requiem aeternam dona eis,Domine(主よ、永遠の安息を彼らに与え)”であることによる。
初期のキリスト教においては、死は天国での誕生と考えられた。死んでも信仰は断ち切れないということで、それを確認するためにパンと葡萄酒を分かち合うミサをあげた。
ところが時代とともに、死者のためのミサは変化を遂げ、特に中世以降は煉獄(れんごく)の概念が広まった。
煉獄というのは、すぐに天国に行けない魂が最後の審判のときまでとどまらされ、生前に犯した罪のためにビシバシと責められる場所である。
煉獄の概念が広まることによって、死者のためのミサには恐ろしい場面を描く「怒りの日」などが加わった。
16世紀以降、宗教改革によって煉獄の存在とその恐怖は否定された。そのため、プロテスタントではこのような音楽は成り立たないが、カトリックでは恐怖の場面はそのまま残された。
死者のためのミサは、当然のことながら通常ミサとは異なるので、レクイエムで選ばれる歌詞も通常ミサとは異なる。また、作曲家によって取り上げるパーツも異なり、たとえばフォーレやデュリュフレは「怒りの日」を採用していない。
さて、ブリテンの「シンフォニ・ダ・レクイエム」だが、この作品は声楽を用いない管弦楽のためのもの(その後ブリテンは「戦争レクイエム」を書いている)。レクイエムの気分を楽曲にしたのだ。
曲は3つの楽章から成るが、切れ目なく続けて演奏される。
第1楽章は「ラクリモサ(涙の日)」、第2楽章は「ディエス・イレ(怒りの日)」、第3楽章は「レクイエム・エテルナム(永遠の安息を)」となっている。
厳しい緊張感が持続するが、美しくもあり、そして終楽章は平安に満ちた曲である。
今日紹介するCDは、スターン指揮カンサス・シティー・シンフォニーによる演奏のもの。
すごい緊張感に支配されているという演奏ではなく、どちらかというと聴き手を酔わせるような演奏。適度な厳しさと、色彩感、そして心洗われるような優しい美しさが味わえる。
2009録音。REFERENCE RECORDINGS。
煉獄という言葉で思い出すのが、1つは幼いころどこかで聞かされた「天国と地獄の中間にレンゴクという場所があります。悪いことをした人は天国に行けません。地獄に行きます。でも、ほんのちょっとしか悪いことをしていない人はレンゴクというところに行きます」という話。
その数日前にアカトンボを殺したばかりだったので、「じゃ、おいらはレンゴクでいいや。天国には行けない身だから」と思った記憶がある。
でも、これを言った大人もうそつきだ。だって、煉獄は審判が下るまでの待合所みたいなもので、最終的な行き場所とはならないから。
もう1つは、学生時代に読んだソルジェニーツィンの小説の「煉獄のなかで」。
この小説は複雑だが面白かった。ソヴィエトの話だから日常生活の恐怖を描いており、決して明るい気分になれなかったけど、すごい小説だと思った。特に最後の終わり方に唸ったね、私は。
最後に、この記事を書きながらふとわいた疑問。
ぶりの天ぷらってあるのかな?
ぶり天……
こんなくだらないことを書いているようじゃ、私はやっぱり天国に行けそうもない。
クリスチャンじゃないし。
ちなみに、マーラーの未完の交響曲、第10番の第3楽章には「煉獄(プルガトリオ)」という名がついている。
きのう紹介した、宮部みゆきの短編集「返事はいらない」(新潮文庫)。
ここには、その「ドルシネアにようこそ」のほか、表題作の「返事はいらない」「言わずにおいて」「聞こえてますか」「裏切らないで」「私はついてない」の、合計6作が収められている。
この6作品に共通していることは、宮部みゆき作品としては珍しく(と言っていいのかな?)超常現象―幽霊が出てきたり、何かが見えたり、いきなり火を出したり、スプーンが曲がったり……―が絡んでいないということだ。
どの作品も、相変わらずおもしろい。
舌を巻いてしまう。
グルグル…… 世田谷生まれの……←逸脱猛省中。
そして、登場人物が若いにもかかわらず、相変わらず「かぶりをふった」り、「ひとりごち」たりしている。
私だけの勝手な思い込みかもしれないが、「かぶりをふる」とか「ひとりごちる」って、若い人に対する描写にはちょっと合わない感じがしちゃう。 リンダ困っちゃう←再猛省中
私は想像する。
たとえば仕事中に独り言が多くてうるさい人が近くにいたとする。
そして、どうしても勇気を奮ってその人を注意しなければならない立場に陥れられたとする。
それが定年間近の年齢の人だったとすれば、「ひとりごちないでいただけますか?」と言っても不自然ではない感じはする(もっとも、私はこの言葉を自ら自然に使うことはない。相手も理解できなかったりして)。
しかし、それが入社3年目くらいの若者にだったなら、「ひとりごちないで」と言っても相手はまったく理解できないだろうし、シチュエーションとしてすっごく合わない感じがする。
私一人にだけごちそうしてと、飲食を強要されていると誤解される恐れさえある。
「かぶりをふる」って言葉だって、「そもそも、“かぶり”って何?」って不思議ちゃんな顔をする人が多いんじゃないだろうか?注意した相手に通じなくて、そのとき私はかぶりを振っちゃうんだろうか?
ちなみに“かぶり”とは“頭”のこと。“かぶりをふる”というのは、だから、頭を左右に振って、納得できないと意思を示す動作。ちなみに、酔ったアイゼンシュタイン氏が嫌いでないのは、かぶりものである。
♪
先日、某生命保険会社からお手紙が来た。
内容は、貴殿が現在加入している内容のレポートが近く届く。それに合わせて地区の担当レディーがご説明に伺う。わかったな?、というものだ。
私は、それを読んでかぶりを振り、「来なくていいよ」とひとりごちた。
しかも、その件について「来て来て!」とか「来ないで!」とかいう返事はいらない。つまり、有無を言わず突撃お宅訪問って姿勢だ。
いまこの保険会社に加入しているのは妻だけで、しかも“払い済み保険”である。しかも、それまで加入していた保険から、これに変更手続きをしたときにはあまり愉快な思いをしなかった。
“払い済み保険”は前にかけていた保険を解約するときの返戻金見合い額を掛け金として、死亡時に保険金をもらうというもの。
だからもう保険料の支払いは発生していない。あとは置いておくだけ。
別に説明も何も必要ない。
そのレポートもすでに手元に届いているが、そこに死亡時の保険金が明示されているから、いまさらレディーが来ようと、ウーマンが来ようと、私はすでに理解済みなのである。
払い済み→理解済み→用済み。
どうせ、「レポートの説明です」っていうのは口実で(間違いない)、新たな保険を勧めるのだろう(絶対間違いない)。しかも、もしレポートについて突っ込んだ質問をしたら、きっとその場では答えられないだろう。おそらく向うは保険セールス歴数年だろうが、こちらは保険加入歴が、ずいぶんとお金払ったなぁと悲嘆するくらい長い。けっこう保険の内容についても詳しいのだ。
ね、だから来なくていいから。
私は再びひとりごちた。
まあ、会ったこともない今の地区担当セールス・レディに何の恨みもないが(とにかくしょっちゅう担当者が変わる)、会ったらきっと、恨むとは言わないまでも、きっと相手に好感を持つことはないだろう。
私としては、不必要に嫌いな人を増やすことはない。
だから、会わない方がいいのだ。
来たって、私に歯が浮くようなお世辞を言って、夢のような新プランを提示し、新たな契約書に判を押させようとするに違いないのだ。
お世辞ってどんな?
そりゃ、私を見て「素敵な方ですね」とか「こんな魅力的な人には初めてお会いしました」みたいなものに決まってる……。それがまた、そのとおりのことだから困っちゃうのだが……
つまり、だから、結局のところ、私がすばらしいってことを自己主張してみたかったの!
皆さんは私の姿など見たことがないのだから、邪念を捨てて、あなたもここはひとつ、信じてみなさい。
向こうは仕事だから戸別訪問しなければならないだろうが、それは必ずしも顧客満足に結びつかないということを社として再検討するべきだと思う(もっと先になると、私が孤独老人化していて、その来訪を首をキリンにして待つようになってるかもしれないけど)。
この私の声、“聞こえてますか”、保険会社さん。来るなんて“言わずにおいて”(いま思いついた割には、文章に統一感を持たせられる、循環動機的な効果だ←やや自己満足。全面的に満足してないのは、ジジくさい持って行き方だから)。
てことで、デュファイ(Guillaume Dufay 1400頃-74 フランドル)の「あなたほどのお人を 私はまだ見たこともない(Je ne vis onques la pareille)」。彼の数ある世俗音楽の中の1曲。
3声のロンドーで、デュファイの作ではなく、バンショワ(Gilles de Binchois 1400頃-60 フランドル)の作である可能性が強いとも言われている。
歌詞は、保険のセールスレディが訪問した家の主人を讃える内容、ではなく、美しい女性にすっかり魅せられた男の気持ちを歌ったものだ。
宮廷風の愛の1つか?……
このデュファイの世俗音楽集はロンドン中世アンサンブル他による演奏で、1980録音。
オリジナルはデッカだが、TOWER RECORDS UNIVERSAL VINTAGE COLLECTIONで6枚組の廉価盤で出ていた。しかし、残念ながら今では取扱中止になってしまっている。
「『ドルシネア』が『ドン・キホーテ』に出てくるお姫様の名前だってこと、話したわよね?ドルシネアは、主人公の妄想の中にしかいない想い姫なのよ。実際の彼女は、アンドンサという酒場女なんだ。でも、主人公は彼女の中に、本物の想い姫を見つけるのよ」
これは、宮部みゆきの「ドルシネアにようこそ」(新潮文庫「返事はいらない」に収められている)の一節。
私は知らなかった。
ドルシネアという名前も、アンドンサという名前も。
たぶん、「ドン・キホーテ」を読んだことがないから知らなかったのだろう。
そして、きっと今後も読むことはないだろう。
私が知っているのは、副題に「騎士的な性格の一つの主題による幻想的変奏曲(Fantastische Variationen uber ein Thema ritterlichen Charakters)」とある、R.シュトラウス(Richard Strauss 1864-1949 ドイツ)の交響詩「ドン・キホーテ(Don Quixote)」Op.35(1896-97)なわけで、こちらのほうは今後も聴いていくことだろう。
この曲では独奏ヴィオラがサンチョ・パンサ役なので、私もサンチョ・パンサという名前の人が登場することは知っている。
でも、女性の名前は知らなかった。
交響詩「ドン・キホーテ」については、以前、この曲にまつわる私の思い出などを書いているが、そのときにちょいとカラヤンの演奏のことを感情的に悪く書いちゃったような気がするので、今日はようやく少し反省して、カラヤンが1975年に録音した演奏のCDをご紹介。
だいたいにして、タワレコのオンライン・ショップではこんなふうに讃えられているし……
洗練されたカラヤンと逞しく奔放なロストロポーヴィチの見事な対照!
滑らかでスムーズ、淀みないカラヤンの指揮するオーケストラに、逞しく奔放なロストロポーヴィチの演奏が音楽的なスケールとダイナミズムを一層際立たせた名演奏です。チェロとオーケストラが融合しながら協奏曲とはひと味違う、真の意味での管弦楽曲作品に仕上がっています。
ははんっ……
チェロはロストロポーヴィチ、ヴィオラはコッホ、オーケストラはベルリン・フィル。
かように、たいへん豪華メンバーでございます。
さて、あなたにとってこの演奏はドルシネアか、それともアンドンサか?
↑ 意味わかんないし……
女性の名前と言えば、日本では植物や花の名がついているものが少なくない。
今となっては流行ってないというものも含めて、テキトーにあげてみると、菊子、松子、桜子、桃子、百合子、撫子(っているのかな?)、竹子、梅子、桐子、林檎っ子(それは雪の中の田舎の子だろうが)などがある。
全部、もはや流行遅れ?
そうか……
それにしても、桃子があるのに、なぜか栗子とか柿子はない。
さらに、私が愛でてる美しい花を咲かせるバラ。でも、薔薇子っていうのも聞いたことがない。
なぜだろう?
規格外タラコのような響きだからだろうか?(ここでやっとタイトルとゆるやかに結合した)
あるいは、そう命名すると、トゲのある女になっては困るからだろうか?
それにしても、とにかく“子”がつく名前ばかり並べる私は、流行においてきぼり……
そうそう、今から10年ぐらい前のことだが、新聞のおくやみ欄に“〇〇たらこて”という老人の名前が載っていた。“〇〇”は苗字である。
だから、“たらこて”というのが名前である。
こんな名前、他で目にしたことがない。
だから、今でも記憶に残ってる。
Tarakote……
札幌から帯広に向かうJR石勝線。
列車が新狩勝トンネルを新得側に抜けると、それまでの山あいから広大な大地が車窓に展開される。
私はこの瞬間が好きだ。
いかにも北海道という景色である。
もう少し進むと、畜産試験場があって、牛の姿も見ることができる。
う~ん、農業王国・北海道という言葉がまさにぴったりである。
ところで、私はいま“列車”と書いた。
だって電車じゃないんだもん。ディーゼルカーなんだもん。
だから、「電車が新狩勝トンネルを……」と書くのは明白な間違い。
でも、北海道人の多くは“汽車”という。
「何時の汽車?」というふうに。
あまり電車という言葉は使わない。北海道で電化されているのは函館本線の小樽⇔旭川間、千歳線・室蘭本線の札幌⇔室蘭間だけ(あと、南千歳と新千歳空港の間)。通勤電車や快速エアポート、特急「スーパーカムイ」や「すずらん」は電車による運行だが、他はディーゼルカーなのだ。札幌から函館に、帯広に、釧路に、網走に、稚内に行く特急は、電化区間も通るが、その先は非電化だからディーゼルカーによって運行されている。
上野や大阪に行く寝台特急もディーゼル機関車が牽引している。
北海道人はあまり電車というものを身近に感じていないようだ。
“列車”ともあまり言わない。
圧倒的に“キシャ”という。
このことは、何冊か出版されている“北海道人説明本”にも書かれている。
これは汽車ポッポの、つまり蒸気機関車の名残なんだろうか?
それとも、ディーゼルカー、つまり気動車から来ているんだろうか?
私にはわからない。
私は“列車”と言うようにしている。
釧路なんかに行ったときには、間違っても“電車”とは言わない。
「なんだとっ!?非電化地区で悪かったな!」って喧嘩を売られたらいやだから。
話をホーム・ポジション。
先週帯広に行ったとき、うす曇りながらもその広大な緑の大地を目にすると、ブルックナーの交響曲第4番が頭に浮かんできた。
ブルックナー(Anton Bruckner 1824-96 オーストリア)の交響曲第4番変ホ長調WAB.104「ロマンティック(Romantische)」(1874/第2稿'78/第3稿'79-80/第4稿'86)なら、草原あるいは高原というよりは森のイメージなんだろうが、まあそこは細かいことは考えないことにしよう。
今日は、先日第6交響曲のCDを紹介したムーティ/ベルリン・フィルの演奏で。
その第6番と2枚組になっている。
これも素晴らしい演奏だ。
結論から言えば、これだけ退屈しないブルックナー演奏はそうそうあるものではない。
それほど聴く者の心をとらえる。
長ったらしく退屈……そういうことをまったく感じさせない。
ムーティはソフトなトーンでベルリン・フィルを鳴らしている。それで過度に重苦しくならないところも成功しているのかもしれないが、かといって堂々たる響きや壮大さ、がっちりと支える低音の厚さは保たれている。
オーケストラはどれだけ大音響になっても破綻することなく、ブラスのどれかの音が突出したり割れたりすることもない。弦はまさに歌う。もうオーケストラが1つの生命体になったかのようだ。
とにかく、ブルックナーの大家(“おおや”じゃないですよ)と言われた巨匠たちの演奏よりも、私にははるかにしっくりし、納得でき、感動する演奏だった。
ムーティと言えば、私にとっては特に「カルミナ・ブラーナ」の演奏の印象が強いのだが、こんなに柔らかタッチのどっしりブルックナーを演奏するなんてすごいじゃん、ムーティ。
そういえば、ムーディ勝山が結婚するって日曜日の「アッコにおまかせ」でやってたな。
1985録音。EMI。使用している楽譜は1886年ノヴァーク版。
そういえば、歯が抜ける夢をみた。
向かい合う上下の歯が1本ずつ。
歯が抜ける夢はフロイトの「夢判断」によると、性的欲求不満である。
つまり、口は女性器の象徴であるが、男にとって女性器と比べ、口で邪魔になるのは歯。
だから欲求不満男性は、歯が抜ける夢として、願望充足を試みるっていうのがフロイトの説だ。
そっか、私欲求不満だったのかなぁ。
でも、上下1対だけ抜けても、かえって厄介じゃないかと思うけど……
フロイトは、タバコを吸うのは幼児期の“おしゃぶり”要求があるとも書いていた。確か。
もう、彼ったらなんでも性的なことに結びつけちゃうんだからぁ。
私も数年前「フロイト先生のウソ」って本を読んだが、はて、どうしたことか内容を覚えてないな……
おやっ?こんなメールが……
タイトルは、
中卒だからひまなのー( ≧∀≦)
本文は、
ラブホテルとはカップルの性行為に適した設備を持つ部屋を、短時間もしくは宿泊で利用できる施設のことです。
タイトルと本文の関連のなさが、上の歯と下の歯ぐらいある。
で、結局何を言いたいんだ?
おまえ、にせフロイトか?
昨日、金曜日に行なわれた札幌交響楽団第540回定期演奏会を聴いた感想を書いた。前半だけで後半は聴かずにホールをあとにした。
このブログ記事を投稿したあとに、ツイッターを読んでみると、この日の指揮者を務めた高関健氏、そして札響のチェロ奏者の荒木均氏が、以下のようにツイートしていた。
KenTakaseki高関 健
すでにご報告の通り、昨晩のJB2演奏中、泥酔した入場者により聴衆の皆様が不快な思いをされたことを大変残念に思います。私も壇上でしばし我慢していましたが、耐えきれず客席に注意を向けてしまいました。明らかに集中が途切れてしまったことを申し訳なく思います。今日は何事もないといいなぁ。
ArakiHitoshi荒木 均
定期1日目。今日は客席に紛れ込んだ酔っ払いの外国人が騒いで強制的にご退場願うという「事件」がありました。演奏は止まりませんでしたが、30年ほど昔、ほくでんコンサートで酔っ払いのおじさんが演奏を止めたのを思い出しました。中学生の頃の記憶です。市民会館の臭いまで一瞬で思い出しました。
私がホールをあとにした、プログラム3曲目のブラームスの交響曲第2番の演奏中に、このような信じられない事件が起こったようだ。
「この曲は命の恩人」と高関が思っていたJB2(Johannes Brahms Symphonie Nr.2)なのに、気の毒としか言いようがない。
B日程ではトラブルもなくうまくいったのだろうか?(ツイートの最後、「今日は何事もないといいなぁ」というのが、かわいらしい。ポコちゃんみたいに)。
騒ぐほど(つまり、コンサート会場にいるということがわからなくなるほど)酔っ払っていれば、ホール入口に配置されている係員も気づきそうなものだが、それにしてもこんなことってあるんだね。
私もコンサートに出かけるようになって、年月としては、これまでの人生の半分以上の年数が経つが、さすがにこのような騒動に遭遇したことはない。
今回の事件は論外だが、たった1人のせいでコンサートが台無しになってしまうことは、しかし、決して少なくない。
かしこまって聴けとか、死んだふりをしたかのようにじっと聴け、とは言わないが、コンサートにはコンサートのルールがあるのだ。
それが守れないなら、家でベビースター・ラーメンでもポリポリ食べながらCDを聴いていて欲しい。
細かいことを言えばきりがないが、暑い時期、特にPブロック(ステージの後ろの席)で、演奏中に扇子を動かし続けている客。目ざわりきわまりない!
席で体を乗り出す客。後ろの列の客にしてみれば視界が遮られ、すっごく迷惑。
咳止めに飴を食べるのは許すが、ゴキブリのようにいつまでもガサゴソと袋をいじってるんじゃねえ!ぱっと口に入れろ!
あらいけない。上品な私ったら、なんて言葉を……
さて、今日もプロコフィエフ(Sergei Sergeevich Prokofiev 1891-1953 ソヴィエト)のピアノ協奏曲第3番ハ長調Op.26(1917-21)。演奏はアシュケナージの独奏、プレヴィン指揮ロンドン交響楽団によるもの。
この演奏は好きだ。
プロコの鋼鉄っぽさはアルゲリッチ(1997録音のもの)の方が勝るがするが、全体バランスはアシュケナージの方が私の好み。
プロコフィエフのピアノ協奏曲第3番で思い出すのは、1980年ころの作品だと思うが、「コンペティション」という映画。
ピアノ・コンクールで優勝を目指す若きピアニストたちを描いたものだが、主役の女性ピアニストが最終審査で弾いたのが、プロコの3番だった。
実は当初の予定ではモーツァルトのコンチェルトを弾くはずが、ピアノの調律トラブルで急きょ曲目変更。変更するときに「プロコフィエフの第3番なら、このあいだここでアシュケナージが弾いたばかりだから、オーケストラもすぐにできるでしょ。カスタネットもあるはずだし」といった会話があったように記憶している。
そして、彼女の弾くプロコがすばらしく、それまで有利とされていた恋仲でもある男性ピアニスト(彼が弾くのはベートーヴェンの「皇帝」)を破って、みごと優勝した。
まあいいや。
このCDは1974-'75の録音で、優秀録音のDECCAながらも、さすがにちょっと音は古さを感じさせる(このCDはプロコの第2協奏曲で以前取り上げている)。
アタミアンの独奏、シュヴァルツ指揮シアトル交響楽団による演奏も私は好きで、こちらは優秀録音。オケの強奏と重なったときもピアノの音がきちんと聴こえる。また、曲の最後のバス・トロンボーンの音がリアルに入っているのもお気に!
レーベルはDELOSで、1993録音。こちらのCDは、ハチャトゥリアンの協奏曲のときに取り上げている。
ところで話は泥酔者のように変わるが、金曜日の私は出張先の帯広から夕方に札幌へ戻り、そのあとKitaraへ行った。
で、帯広で昼は何を食べたかというと、私だけ上天丼にした。
というのも、行った店は天ぷらの老舗“はげ天”。
店に入ると、大半の人が豚丼を食べていたが、私は前回来た時に豚丼を食べたので、あえて天丼にしてみた。
おいしかったが、やっぱ豚丼にしておけばよかったような気もしないではない。
ちなみに、6人で行ったのだが、4人が極楽豚丼だか極上豚丼だかいう、肉が6枚のものを注文。ベリンスキー侯が注文したのは、“豚丼ランチ”なる、稲庭うどんとセットになったもの(この豚丼は通常の豚丼の肉とは違う。つまり格下)。そして、私は上天丼。
天ぷらはとても美味しかったのだが、タレが軽い感じがして……
ここの豚丼は実際美味しい。
食後、帯広駅まで歩いたが、駅前の豚丼の有名店“ぱんちょう”は長蛇の列。
私はここの豚丼の味は、あまり好みではない。
また、このところ地元の人に聞いても、あるいは、私の知人に聞いても、最近の“ぱんちょう”はすこぶる評判が悪い。
味がどうこう以前に、客に対する態度が非常によろしくないそうだ。
客商売の原点を忘れた、そういう店は滅びるべきだというのが、私の持論でもある。
まあ、私自身、ここ数年は“ぱんちょう”に足を踏み入れていないので、あくまで噂だけど。
8月19日、19:00~。札幌コンサートホールKitara。
指揮は高関健、ピアノ独奏は小川典子。
“典子”といえば、名前入り包丁……って相当古いCMの話……
1曲目はブリテン(Benjamin Britten 1913-76 イギリス)の「シンフォニア・ダ・レクイエム(Sinfonia da Requiem)」(1940)。
その昔は「鎮魂交響曲」という訳で呼ばれていたが、いまはあまり使われない。
そもそも西洋の概念では死者の「魂を鎮める」というものはなく、死者は安らかに神のもとへ行くのだ。だから「レクイエム」は「死者のためのミサ曲」であって、「鎮魂歌」じゃない。
とはいっても、ブリテンのこの作品を聴くと、きれいごと言ったって、やっぱに、いや、やっぱりキリスト教信者だって「死にたくないよぉ~」って死に抵抗してるんじゃん、って感じがする。
あるいは、大切な人を失ったことを現実として受け入れられない残された人のやるせなさが爆発しているようにも聴こえる。
ブリテンのこの作品は、管弦楽によるもの(歌は入らない)。
皇紀2600年を祝うために日本政府から作曲を委嘱されたが、「お祝いにレクイエムとは何ごとか!」ということで、演奏が拒否されたという経緯をもった作品だ。
ブリテンはこの曲について、「両親の思い出のために」書いたという。
ちなみに、このときほかに作品を委嘱された作曲家と作品は、イベールの「祝典序曲」とR.シュトラウスの「大日本帝国紀元2600年祝典音楽」Op.84である。
高関/札響の演奏は、非常に緊張感が保たれた演奏。
極めて緻密、というほどではないが、高水準の演奏だった。
2曲目はプロコフィエフのピアノ協奏曲第3番ハ長調Op.26(1917-21)。
プロコフィエフのピアノ協奏曲のなかでも、最も人気がある作品だ。
小川典子というと、現代・前衛音楽にも積極的に取り組んでいて、BISレーベルにはかなり珍しい曲の録音も行なっているが、今回、この“正統的”な作品をどう聴かせてくれるのか、とても楽しみにしていた。
プロコフィエフのピアノ作品と言えば、ピアノを打楽器のように扱う強烈なリズムが特徴で、どうしても「女性ピアニストにはなかなか弾きこなせないんじゃない?」なんてイメージがあるが、小川典子の持つダイナミックさなら、そりゃあ期待できるというもの。
そして、期待以上、ほぼパーフェクトなんじゃないかと思えるほどの、すばらしい演奏を聴かせてくれた。たまらんねぇ。
いや、すっごいピアニストに成長していた(気づくの遅くてすいません)。
これはもう、日本を代表する、じゃなくて、世界の小川典子、って言える。
札響の演奏も質が高く、これまたミスも乱れもなかったように思う。
ピアノに目も耳もすっかり行ってしまっていたので、「思う」としか言えないのだ。でも、「んっ?」と、気になる箇所はなかった。
この日は前半だけで、私はおいとま。
さて、今日はプロコフィエフのピアノ協奏曲第3番のCDで、アルゲリッチの独奏、デュトワ指揮モントリオール交響楽団による演奏をご紹介。
あのアルゲリッチである。強靭な音、すごいテクニック!
でも、この演奏、私にはどこかもう1つスケール感に欠けるような気がするのはなぜだろう?
1997録音。EMI。
家に帰って北海道新聞の夕刊を開くと、私がこの日聴いてきたコンサートの告知記事が載っていた。
当日の夕刊に載せるのは遅いんじゃない?タイミングとして。
そのせいじゃないが、会場はすいていた。
せめて前日にでも載せてあげれば、何人かは客が増えたかもしれないのに……
この高関健の写真、頭だけが大きく写っていて、おじさん化したポコちゃん人形のようだ。
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