労働者の日の行事に参加するのもたいへんだけど……ゴールデンウィーク真っただ中の今日、労働者の皆様におかれましてはメーデーにも参加しないで、仕事のやる気の起きなさからボーっとしていることと思われるし、学生諸君については、ラッキーなところでは開校記念日とかで休めているだろうし、そうでないついてない学校に通学中の人々は、いつにもまして勉強する意欲が薄らいでいることと思う。
私はといえば、連休中である。
すまない。申し訳ない。
が、休みをとることは悪ではないという政府の方針に従っているだけである。
ショスタコーヴィチ(Dmitry Shostakovich 1906-75 ソヴィエト)の交響曲第3番変ホ長調Op.20「メーデー(May Day)」(1929)。
作品については、あちらやこちらの過去記事をご参照いただきたいが、非有名どころではあるが聴き込むと単に若気の至りのユニークな形をした交響曲にとどまらない魅力を感じるようになる。
もちろん個人差はあるが……
今日はペトレンコ指揮ロイヤル・リヴァプール・フィル,同合唱団の演奏を。2010年録音。ナクソス。
おねがい、守り続けてきた膜を破かないで
そんなGWのさなかに床屋に行って来た。
今回の店主との話題は冷やしたぬきそばの話だった。
なぜ、床屋で冷やしたぬきそばの話をすることになったのかさっぱり思い出せないが、彼は生卵が苦手であるということがわかった。
店主は先日、“大番”という、私が思うに味は2の次、3の次だが盛りだけは4次元的にすさまじいそば屋に行って来たそうだ。
そこで頼んだのが冷やしたぬきそばだったらしいのだが、予想しなかったことに生卵の黄身がトッピングされていたという。
彼はその黄身の膜が破れ、黄色い粘質物が丼の中に拡散しないよう実に慎重にそばを食べ進め、ついぞ最後まで黄身を球体のまま温存することに成功したそうだ。
さすが床屋である。手先はやっぱり器用なのだ。
私は手羽先だってきれいに食べることができないほど手先が器用ではない。
余熱で凝固させるのは好き
私も生卵が苦手なのはご存じの通りだ。
特に玉子かけご飯は悪魔の食べ物に違いないと信じている。
だからごまそば処“八雲”で冷やしたぬきそばや冷やし五目そばを注文するときも、玉子抜きで頼む。
そうでないと、生卵の黄身がプルルンの中央に乗せられてくるのだ。
月見そばなる混濁させて食べるものは、10円足りないときにしか頼んだことがない。それも人生の中で一度だけだ。
ただし、味噌煮込みうどんに生卵は必須のものだと思っている。
グツグツ沸騰状態で運ばれてくる味噌煮込みうどん。麺の上には生卵。
私はあわててて麺を持ち上げ卵の上に乗せる。つまり卵を沈ませ余熱で固まらせるのだ。こうして固まった卵はお・い・し・い。普通の鍋焼きうどんでもできることだけど。
あるいは、言っていることが少々矛盾しているが、“霧の下”のざるそばについてくるウズラの卵。
あれは悪くない。
あのくらいの生卵の量だからつゆの味が生卵に支配されず、おいしくいただけるのだ。
ただ、このとき私は店主に自分もそうであることを告白しなかった。
なぜなら、彼は話に夢中になると手を休める癖(へき)があるからだ。
あるいは「おぉ!同士よ!」と、ハサミをもった手で頭に抱きつかれても困るからだ。
上の写真は名古屋市内で見かけたもの。
生卵の軍艦巻きが看板メニューか?
いや、どうやらこのあたりの住所が月見町ということらしい。
