さて、話は再び昔のNHK-FM放送に戻る。
午後1時からは「ホーム・コンサート」。
テーマ曲はグノーのオペラ「ファウスト」の「バレエ音楽」 (全部で7曲から成る)のなかの第5曲「若いトロイ娘たちの入場」であったが、その優しく伸びやかな弦による旋律はなんとも優雅で、「さあ、お昼寝にしようか」って感じであった(ちなみに第1曲はアンダーソンの「クラシックのジューボックス」で用いられている)。
もちろん私は中学校に行っていたのでふだんはこの番組を聞けなかったが、ちょっとリッチなマダムなんかは、ランチのあと、色っぽくソファに寝そべりながらこの番組を高級家具調ステレオで聞き、そのうちうとうととまどろんでしまっていたのだろう。もし、AVだったら、この場面で窓から覆面をした男が侵入、恐れ嫌がるマダムはやがて……という展開になるのである(ならない、ならない)。
話が脱線したついでに書くと、当時私は毎号、FMfanという雑誌を買っていた。
この共同通信社発行の隔週刊誌には、二週間分のFM番組表が載っていて、エアチェック小僧の私としては必須の雑誌であった。
同じような雑誌に音楽之友社からは「週刊FM」(隔週刊なのに……)があり、こちらも二週間分の番組表が載っていたが、雑誌の記事本体はポップス系音楽のものが中心。対してFMfanはクラシック記事が主体であり、私はもっぱらFMfanを買っていた。もう一種類、どこの出版社か忘れたが、「FMレコパル」という雑誌もあったが、短命であった。
なお、当時北海道で売られていたものは「東版」と書かれており、東京で売られているものと一緒であった。つまり、FM番組表にはNHK-FMとFM東京のものが載っていたのである。北海道で民放FMであるFM北海道(現在はAIR-Gと称している)が誕生するのは1980年頃のことである。
聞いてみたいという番組がFM東京にも週にいくつかはあったが、ほとんどは黒い文字の「非クラシック番組」であったから、東京の人が羨ましいとは思わなかった(番組表の中ではクラシックの番組は、何とも表現のしようがないエビチャ色のような文字の色であった)。
私が本を買うときは、通っていた学習塾近くの○○書店(○○には地元の町名が入る)を利用していた。
この本屋には、けっこう顔は美形だがメガネの奥の目力(めぢから)が強い20歳くらいの女性店員がいた。
私たちは塾がある日は、始まる前にここで立ち読みをして時間を潰していたが、ちょっとでも成年向け雑誌に手を触れようものなら、その女性が「子供の読む本じゃありません!」とレジから大声で叫ぶのであった(最近そういう気概のある大人が減ったことは残念なことである←他人事)。
ある日、それは日曜日の昼前だったと思うが、その店にFMfanを買い行ったのだが、ない。
そこで、その凄腕家庭教師風のお姉さんに尋ねた。
「あのぅ、FMfanはまだ入荷していませんか?」
何となく脅えていて、私の声が小さかったのは事実である。しかし、凄腕家庭教師・兼・将来は強力教育ママ風の女性店員は、店の奥で品出しをしていた女性に叫んだ。
「ちょっとぉ。SMファン入ってきてたぁ~?」
私はその場で蒸発してしまいたかった。燃え尽きるという選択肢でもよかった。
日曜の午前のすいている時間だったといはいえ、店内にいる客たちは私のことを早熟変態中学生と確信したに違いない。
それにしても、ふだんは「子供の読む本じゃありません!」と、週刊平凡パンチの表紙をめくろうとした瞬間に(三東ルシアが見たかったのに)どやしつける彼女が、この日に限って寛 大だったのが私にとっては不幸であった。今思えば、彼女もその道が好きだったのかも知れない。
私は「いえ、いえ、違います。違います。エフエムファンです」と言ったら、彼女は「あら、間違ったわ」と、純粋無垢な少年の左心房を傷つけたことなど意に介さず、「あっ、まだね」と答えただけであった(注:上の写真は本文とは関係ありません。SMとか薔薇族とかの暗喩ではありません)。
さて、グノーの「ファウスト」であるが、このオペラはドイツでは「マルガレーテ」と呼ばれている。というのもグノーがテキストとした部分だけでは哲学的な深遠さに欠けた色恋物語に過ぎず、ドイツ人にとっては「ファウストと呼ぶのはけしからん」ということなのだそうだ。
また、1859年の初演時には評判は高くなかったが、10年後に第5幕を付け加え、そのなかに「バレエ音楽」も含めたことで人気が上がったという。というのも、フランス人はバレエ好きで、バレエの場面が含まれていないために不評に終わったオペラというのは少なくないそうである。
私がふだん聴いているのはスメターチェクが指揮したスロヴァーク・フィルの演奏。ブリリアント・クラシックの5枚組CDで、いろいろなバレエ音楽を集めたオムニバス盤である(輸入盤。ブリリアント・クラシック 6150。録音年不明)。
ただ、こういう曲なんかは、カラヤンあたりの演奏が良いのかも知れない(言い方にトゲがあります?)