私が現在勤務している部署は、札幌の本社から役員が上京してきたときに、そのアテンドをするのも重要な業務のひとつである。

 そのため、役員用の車を用意してあるし、専属のドライバーも1名いる。複数の役員が重なって上京することになると、他の役員の車は黒塗りのハイヤーをチャーターする。

 今日はその役員車のドライバーの話。ここではその名を仮に鈴木啓氏としよう。

 つまり、今日は禁断の仕事ネタである。

 鈴木氏とは1年ほど前にハイヤー会社を通じて契約をし、運転手として働いてもらっているが、果たして専属ドライバーとして適格であるかというと、私はかなり疑問を感じている。

 モーツァルトに「君の音楽には音が多すぎる」と言ったのは皇帝ヨーb7fe9bd9.jpg ゼフⅡ世であったが、私にいわせれば、鈴木氏は「あなたの話には愚痴が多すぎる」である。

 こういう表現は適切ではないのだろうが、彼は自分がわが社の社員ではなく「雇われている立場」だということを、きちんと理解していないようである。

 複数の役員が入れ替わり立ち代り上京することもある。すると「いやぁ~、私の休みはいつとれますかねぇ」と言う。そんなことは、自分をここに派遣しているハイヤー会社に言えばいい。そして、休みをとっている間は代わりの人を派遣してもらえばいい。こっちは何も困らない。そんなことをわが社に言うのは勘違いも甚だしい。それに運転するのがいやだというなら、折檻部屋に閉じ込められたいとでも言うのか?

 とにかくそばにいると脳髄がいらだつ人物である。
 例えば、「14:00に空港出迎え。15:30までに新宿の会議会場に行く」と予定を伝える(これはすごく余裕のある行程である)。
 すると鈴木氏は「かしこまりました」と答えたあと、必ず言う。
 「そこに行くには3通りのコースがありまして、いちばん良いのは○○を通って行くコースですが、いったん渋滞にはまりますとどうしようもなくなりますから、とすれば△△のコースですが、ここは途中に道が狭いところがあって、ひどいときにはかなり時間がかかって、だとしますと××を回るということもありま……」
 やかましい!と言いたくなる。

 時間に合わせてコースを選択するのもドライバーの仕事だ。いちいちグダグダ言うな!余計なことを言わずにA地点からB地点に運んでくれればいいのだ。
 そもそも、最初に「かしこまりました」と言ったくせに、全然かしこまってないじゃないか!

 毎度こうやって、こちらは聞きたくもないような、聞かされても困るような、言い訳だか能書きだか効能書きだかわからないようなことを、延々としゃべっている。そのくせ、肝心な打ち合わせ内容は何も聞いていない。

 例えば、月曜日に「今週の金曜日は11:00着の飛行機で役員が到着しますけど、私はここからは乗車せずに直接空港に行って待機します。ですから鈴木さんは11:00までに羽田に車を着けて下さい。私はそこで合流します」と打合せしても、水曜ごろに「あさってなんですが、何時にどこに車を着ければよろしいでしょうか?」と、ほとんど私を馬鹿にしたようなことを平気で言う。

 「会議は早めに終わるかも知れません。そのときは連絡するから必ず携帯が通じる場所で待機するようにお願いします。間違っても地下駐車場には入らないで下さい」
 「はい、かしこまりました。お電話いただければすぐに伺いますし、電話はつねに体から離しませんから」
 そう言いながら、「おかけになった電話は電源が入っていないか……」とか、何度コールしても出ないといったことは、これまで一度や二度ではない。ほとんど私を馬鹿にした振る舞いである。

 
 とは言っても、その前まではタクシーを運転していたプロのドライバーである(本人談)。
 乗車していても安心していられる、とは言えないのだ、これがまた。

 先日なんかは首都高速道路を運転しながら、こちらが許可もしていないのに、役員と私との会話に入り込んできて、要求もしていないのにおしゃべりに夢中になり、下りるべき出口を通り越してしまった。
 「すいません。この先で下ります。ちょっと遠回りになってすいません」と言えば、私もそれ以上何も言わない。
 しかし鈴木氏は「あっ」と言ったあとに、ブレーキを踏んだのだ!
 先がつまってもいないのに高速で停止しようとするバカがどこにいる?実際、後続車に追突されそうになった。
 私も思わず「こんなとこで停まったら危ない、この先で下りて!」と声を荒げてしまった。
 いったい、何を考えているんだ!?

 停めておしゃべりに専念しようと思ったのか?それとも、逆走かバックでもして、強引に通り過ぎた出口から降りようとしたのだろうか?

 一般道を走っていても、ウインカーを上げてからなかなか車線変更しなかったり、急に減速したりすることが多々ある。丁寧な運転とドンくさい運転とを勘違いしているらしい。

 そのたびに周囲の車からクラクションを鳴らされると、私は乗っている役員に申し訳なくなる。幸い、私の担当役員は物静かな人なので何も言わないが、いつか事故を起こすのではないかと思っている(そのくせクラクションを鳴らした車のことを「荒い運転だ」などと、またおしゃべりを始めているのだ)。

 それよりも何よりも、ああいう人だから車中での話について「守秘義務」を守れるのか相当疑問を感じている。

 最近は役員車ではなくて、タクシーのチャーターに当たるとすごく幸せな気分になる私である。この人たちは「15時に新宿ですね」とだけ言い、車を走らす。「あのあたりは車を停めておくところがなくて」なんてぼやかない。機敏かつスムーズな車線変更をする。もちろん余計なおしゃべりは一切しない。

 もしかすると鈴木啓氏はハイヤー会社で余されて、こちらに配転されたのかも知れない。

 でも、こっちは命を預けることになるのだ。勘弁してくれぇ~