私は常々、イギリスの作曲家が書いた音楽は日本人の感性に合っているように思っている。その理由はわからないが、同じようにロシアの音楽は日本人に共感を覚えさすが(だからこそ日本人はロシア民謡が少なからず好きなのだ)、それとは違った意味、「しっとり感」という点で、イギリス音楽は日本人の何かに通じるものがあると思うのである。
その点で、ディーリアス(彼はドイツ生れだが)の音楽は日本音楽とのある種の近さを感じさせるし、エルガーもそうである。
ヴォーン=ウィリアムズ(1872-1958。おっ、年が明けたら没後50年だ)は、グスタフ・ストレーゼマンの「人類に最大の寄与を行なう人物とは、自国に深く根ざし、その精神的、道徳的才能を最大限に発揮した結果、国境線を越えて全人類になにがしかを与え得る者のことである」という言葉を好んで引用した、イギリス国民主義を代表する作曲家である。
ただし、他のイギリスの作曲家同様、少なくとも日本では、一部の熱狂的ファンがいる一方で、一般にはあまり聴かれることのない作曲家だろう。「『グリーンスリーヴズ』による幻想曲」は突出して有名だが(「グリーンスリーヴズ」というのは、緑の袖の着物を着た浮気な女を歌った16世紀末の民謡である)。
そんな彼の作品にテューバを独奏とした珍しい協奏曲がある。
バス・テューバ協奏曲へ短調(1954)。ロンドン交響楽団の 創立50周年記念のために書かれた12分ほどの曲である。
この曲の第1楽章なんかは日本の祭り音楽を連想させるし、きわめて美しい(本当に美しい!)第2楽章は「まさに日本的感傷」を感じさせる。第3楽章は「西洋的」だが……。
かなり前の話だが、いまでも放送されているNHKの「中学生日記」という番組で、吹奏楽に熱中している中学生がいつかこの曲を吹くことを夢見ている、というストーリーがあった。テューバをソロにしているコンチェルトは私の知る範囲では他にはないし、きっとテューバ吹きにとってはソリストを務めてみたい曲なんだろうな、と思う。
私が持っているCDはフレッチャーのソロ、プレヴィン指揮ロンドン交響楽団の演奏でBMGの60586RG(輸入盤)。カップリングは同じくヴォーン=ウィリアムズの交響曲第5番と「エリザベス朝のイングランド」から3つのポートレート。1971年の録音。
まったく同じ物が国内盤でも出ており、右にバナーがあるタワーレコードで購入できる。RCAのBVCC38481で1,260円である(写真は輸入盤のもので、国内盤はデザインが異なる)。
ところで、バス・テューバが出てきたので、ついでにトロン ボーンの曲を一つ。
チェンバースの「たくさんのトロンボーンのためのミサ」という、とってもどうにかしてほしい曲名の作品がある。現代音楽である。チェンバースは女性の作曲家だが詳しいことはわからない。で、たくさんのトロンボーンってどのくらいかというと82本である(パートは77)。
曲はトロンボーンのイメージとは違い、声をひそめた悲愴なもの。
でも、良い曲かどうかはわかりませんが(紹介しないほうが良かったかな。私は2回しかCDをかけたことがない)。
CDはCENTAURのCRC2263(1994録音。輸入盤)。