116e2b45.jpg  「ラヴェルの曲にバレエ『マザー・グーズ』というものがあると聞きました。詳しいことを教えて下さい」という質問が、その昔「レコード芸術」誌の読者相談室に載ったことがあった。
 確かに、当時の私もそんな名の作品を知らなかった。
 回答者の答え。「それは『マ・メール・ロア』の英語訳です」。
 なるほどぉ。って、どこでわざわざ英語訳にしてしまった曲名を聞いたのだろう。
 そりゃ質問した読者の気持ちも解る。これなら、モーツァルトの交響曲第41番「ジュピター」を「木星交響曲」と呼ぶのと同じようなものだ(戦前だか戦中だか戦後には、本当にこうやって呼ばれていたようだけど)。
 このような悩みは、例えばイギリスの音楽愛好家が同じように混乱して、「日本の作品でsix grades という曲があるらしいのですが、詳しいことを教えて下さい」と音楽雑誌に投稿すると考えると、解りやすいかも知れないような自信がないわけでもない。
 こういうふうに、日本人にとっては訳すとかえっておかしくなる固有名詞というのがあるのだ。どうせ横文字の名前を使うんだから、わざわざフランス語名を英語名にするのは混乱のもとだ(英語圏では「マ・メール・ロア」が、当たり前のように「マザー・グース」と呼ばれているのかどうか、私は知らない)。ちなみに、私の英語が万が一間違っていなければ、さっきの曲名は「六段」と言いたかったのだ。

 ところで私は、「マザー・グース」という名は昔から知っていた、一応。確か童話だと……。
 ただ、私は生まれてこのかた読んだことがなかった。幼少の私に、親は「イソップ物語」を買い与えたことがあったが、「マザー・グース」は買ってくれなかったのだ。
 あのころ私にもう少し思慮分別と勇気があったなら「このイソップ物語はあなたたちが読みたまえ。あなたたちにこそ必要な教訓が書かれているのだから」と親に突き返してやったのに、と悔やまれる。
 ということで、私は「マザー・グース」を知らずに育った。参考までに言うと、イソップの教訓も役立たずに育った。

 昨年、ラヴェルの「マ・メール・ロア」を聴いていて、ふと「そうだ、マザー・グースを読んでみよう」と思い立った。果たして大人向け、特に私のような知的文化人向けの本となって出版されているのかどうかは不明だ。まずはどんなものなのか、書店の童話コーナーに行ってみた。
 探したのに見つからず、私はすぐに童話コーナーから離れた。
 というのも、探すという行為にすぐに飽きたということと、童話コーナーをうろうろしていたら子連れの母親が不審そうな表情で私を威嚇したからだ。

 ところで、バレエ「マ・メール・ロア」は、もともと5曲から成るピアノ連弾曲として書かれたが、その原曲の方は「眠りの森の美女のパヴァーヌ」「おやゆび小僧」「パゴダの女王レドロネッロ」「美女と野獣の対話」「妖精の園」から成っている。管弦楽によるバレエ音楽には、これに「前奏曲」「紡ぎ車の踊りと情景」、各曲のあとの間奏曲が加えられた。

 さて、童話が見つからず途方に暮れて書店をさまよda6b2339.jpg っていた私の目に飛び込んでいたのは、澁澤龍彦訳のシャルル・ペローの「長靴をはいた猫」であった(河出文庫)。開いてみた。
 するとなんということでしょう!探しても見つからず、人生に疲れた老人のような心情になっていたというのに、偶然手にした本はまさしく「マザー・グース」の一部ではありませんか!鵞鳥の悪夢に悩まされていたおじいちゃんも、これでぐっすりと眠れることでしょう。目につくようにと、明るさと段差に配慮した、匠の粋な計らいとしか言いようがありません(古いね……)。
 訳者のあとがきによると、フランスのペロー(1628-1703)の「昔話」(1697年)という本の副題が「鵞鳥おばさんの話」だとのこと。ハイカラに英語で言うと「マザー・グース」になる。
 「マザー・グース」というのはイギリスで生まれ伝えられてきた童歌だそうだが、その名の起源は実はペローのこの本によるという説もあるらしい。そして、同じ題材を用いているものの、子供向きに書かれたグリム童話の方がいまではポピュラーになっているという。
 この本の裏表紙に書かれている「売り言葉」には「『赤頭巾ちゃん』にしても『眠れる森の美女』にしても、本来は血なまぐさくセクシャルで残酷な民話だった」とあるが、確かにこの本を読んで納得。「本当は怖いグリム童話」とかいう本が何年か前に話題になったが、ペローの話はそれを地でいっている。

 例えばペローの「赤頭巾ちゃん」では、赤頭巾ちゃんはおばあちゃんに扮したが寝ているベッドに裸になって入るのだ。しかも、グリム童話では狼の腹を切って救われるハッピー・エンドだが、ペローの話では食べられたまま。そして「……とくに美しく愛らしく人好きのする女の子は、どんな相手と口をきいても間違いのもとになるから御用心。狼は食べるのが商売だから、食べられたって不思議はないのです。もっとも、一口に狼と申しましてもいろいろ種類がありまして(以下略)……」と、若い女性が男に気をつけるようにとの教訓が書かれているのである。つまり、赤頭巾ちゃんは男に無防備だったので、食われてしまったのは当たり前ということなのだ。「そりゃ、食われた赤頭巾ちゃんにも問題がある。ちゃらちゃらしてるから悪いんだよ!裸でベッドに入るなんて、男を誘ってるということだもん」と言っているのだ(私も同感である)。
 この本の挿絵がまたすばらしい。片山健氏によるものだが、絵は絵で単独で販売してくれないかなぁ、と思ってしまう。堂々と部屋に飾れるかどうかは別として……。参考までに、赤頭巾ちゃんがやられるところ、いや、食べられちゃう場面の絵を載せておきます(上の写真)。

 ところで、ラヴェルの「マ・メール・ロア」の方だが、さすがラヴェル、オーケストレーションがすばらしい。ピアノ曲だけで終わらず管e74437a2.jpg 弦楽化されてよかったなぁ、という感じ。
 マルティノンやクリュイタンスの演奏もいいけど、ここでは比較的録音が新しい(と言っても1983年)デュトワのものをお薦めしておく。オケはモントリオール響。CDはデッカUCCD3844。タワーレコードで1,200円(なお、掲載した写真は輸入盤のもの。国内盤は1枚物で、デザインも異なります)。

 まったく、尻軽な赤頭巾め!お前みたいな女は助けてもらえなくて当然だ!(←私自身に、何か女性に恨みを持つ経験があるわけではありません)