ショスタコーヴィチの交響曲第5番(ニ短調Op.47)は、 本人が望んでいたかどうかは別として、彼の作品中もっとも有名な曲である。
作曲されたのは1937年。批判に対し「反省したことを表明するため」に書かれ、みごとに名誉回復を成し遂げることができた「傑作」である。ショーンバーグに言わせれば、「彼の作曲活動は事実上破綻した」というのだが……
実はこの曲は、私が初めて買ったLPのうちの一つであった。このとき買ったLPは、ラフマニノフのピアノ協奏曲第1、2番のLP(リヒテルのピアノ独奏のモノラル盤)と、ストコフスキー(!)指揮のこの曲のLPであった。
第5番のLPはレジで検盤したときに第3楽章の部分に大きな傷がついていて、店員は売るのをしぶったが、どうしてもすぐに聴きたくて、「いま売ってくれなきゃ、家で寝たきりの危篤状態の爺さんが死んでしまう。死ぬ前に聴かせなくてはならないのだ」などと言って、無理やり売ってもらった(冗談である)。
そのせいで、すっかり第3楽章を聴く機会は少なくなり、いまだに他の3つの楽章と比較すると第3楽章はちょっぴりなじみが薄い(第3楽章のある箇所になると、私の頭の中で自動的に傷のノイズが鳴り響くのだ)。
ついでに言うと、ラフマニノフの方はモノラルだと気づかずに買ってしまった。まったくもって私という人間は、細かいことを気にしない実に大らかな人間であるものよ!
ラフマニノフもショスタコも、その少し前にTV放送で知った作品だった。特にショスタコの方は、第4楽章に聞き覚えがあり「一目惚れ」してしまった。確か、暗~いTVドラマ・「部長刑事」(芦田伸介が出ていたやつ。名前の漢字が違っていたらごめん)のオープニング曲に使われていたと思う。それで知っていたのだ。
このLPの解説には、「この曲は苦悩から歓喜へと進む。最後は革命を成功させた民衆たちの勝利の喜ばしい行進である」といったことが書かれていた(この曲には「革命」というタイトルがついている。今はあまり呼ばれることはなくなったが)。いや、この解説に限らず、その後私が目にしたこの曲に関する記述は、大同小異こんなものであった。
ベートーヴェンの「運命交響曲」と同じ考え方に立っているとも書かれていた(表面的には、ショスタコーヴィチはそれを意識していたと思われる)。
しかしながら、私にはどうしてもこの曲の終楽章、つまり「民衆の勝利の行進」が明るく喜ばしいものには思えなかった。例えて言うなら、華々しく楽しい運動会に、思い気分で参加している私のようなものに思われた(私は体育がクモと同じくらい嫌いである)。
それから何年か後、ヴォルコフによる「ショスタコーヴィチの証言」が刊行され、大きな話題となった。
この本が偽書であるかどうかはともかく(偽書という見解が一般的になっているらしい)、少なくとも第5交響曲の終楽章について書かれていることは、私の長年の疑問を氷解させてくれた。
「あれは強制された喜びである。労働者たちは『さあ、喜べ、喜べ』とムチを打たれて行進しているのだ」といったようなことが書いてあったが、私が「歓喜の行進には聞こえない」と世界中の誰にも黙って密かに心に抱いていたことが正しかったことが証明されたのだ。
この一件は、たとえ音楽評論家などの権威者が書いたものだからといって、その解説文を鵜呑みにしてはいけないということを、私に痛感させた。中学生の私が疑問に感じたことでさえ、少なくとも私が読んだどの解説にも、「勝利、歓喜」に疑問を投げかけているものは一つもなかった。みんな、一つの文を引用し、それをちょっと書き直しているかのように、同じ内容だった。
こうして私は人を信じることができない悲しき人間となった。アマラのように(カマラでもよい)。
話は変わるが、高校生の頃、「自切俳人(じきるはいど)のオールナイト・ニッポン」という番組があった。この番組、なかなか面白かったが、そのなかでこの曲の第2楽章をテーマ曲としたコーナーがあった。
ただそれだけの話である。
有名曲だからCDも多いし、いろいろなアプローチの演奏がある。
私は、良い意味でオーソドックスなハイティク/アムステルダム・コンセルトヘボウoの演奏を聴く機会が多い。デッカのUCCD7040。録音は1981年。カップリング曲は彼の第9交響曲。タワーレコードのネットショップで1,000円(写真は旧盤のもの)。
それにしても、ショスタコのティンパニと大太鼓を重ねて強打させるというやり方、私好きです。
新館入口(2014.6.22~)
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