「ねじまき鳥クロニクル」に登場するナツメグという女性の息子の名はシナモンである。もちろん便宜上つけた名前である。
彼は、小学校に上がる前のある夜中に、庭で不思議な光景を目にし(そのとき木の上では姿を見せないねじまき鳥の鳴き声が聞こえていた)、その翌日から言葉を発しなくなった。
その彼はピアノを弾くことができる。
「音楽が好きだったのでピアノを習いたがったのだが、最初の何カ月か専門の教師について基礎的な運指法を教わっただけで、あとは正式な教育を受けることもなく、教則本と録音テープだけを用いてその年齢の子供にしてはかなり高度な演奏テクニックを身につけてしまった。主にバッハとモーツァルトを好んで演奏し、プーランクとバルトークを例外にすれば、ロマン派以降の音楽を演奏することにはほとんど興味を示さなかった」(第3部184p)
たいした天才である。
プーランク(1899-1963)とバルトーク(1881-1945)……
片や簡潔な古典様式とフランス風エスプリに富んだ作品の作者。片や民族的語法による現代的手法の開拓者である。
シナモンが好んだこの2人の作曲家にどういった共通点があるのか(あるいはないのか)、私にはよく解らないが、少なくとも彼は、完全にロマン派を無視していることが解る。
それにしても、プーランクとバルトークの名前を持ち出してくるあたりが、村上春樹らしいマニアックさである。
一方で“僕”は、そんなこととは関係なく、シナモンがパソコンのキーボードを打つ様子を見てこう思う。
「考えながらゆっくりとひとつひとつキーボードを叩くこともあれば、ピアニストがリストの練習曲を弾くみたいに激しい勢いで指を走らせることもあった」(同233p)
“僕”はその姿を見ても「バルトークを弾くみたいに」とは思わず、「リストの練習曲を弾くみたいに」と思うわけだ。“僕”の好みはロマン派なのかも知れない。
シナモンがバロックから古典派の音楽が好きなことは、日頃聴いている音楽で解る。
「シナモンがその朝仕事をしながら繰り返し聴いていた音楽の旋律が僕の耳にこびりついている。バッハの『音楽の捧げ物』だ。それは天井の高い広間に人々のざわめきが残っているように僕の頭の中に残っている」(同193p)。「普通なら中学校に上がる年齢になっていたシナモンは、母親のかわりに家事をこなし、その合間にモーツァルトやハイドンのソナタを弾き、いくつかの語学を修得した」(同252p)。「シナモンは上着をハンガーにかけ、ヘンデルのコンチェルト・グロッソのテープを聴きながら(彼は3日間ずっとその音楽を聴いていた)キッチンで紅茶を作り、まだ朝食を食べていないナツメグのためにトーストを焼いた」(同291p)、といった具合である(それにしても、朝から何回も繰り返し「音楽の捧げ物」を聴くというのは、並の精神状態では困難ではなかろうか?ヘンデルのコンチェルト・グロッソにしても、3日間もずっと聴いてるなんて、なかなか執念深いと言える)。
こうみると、プーランクとバルトークの名前がいっそう異質に感じられる。
それはそうとして、ここではバルトークの「子供のために」Sz.42,BB.53(1908-09,1945改訂)をご紹介。
この曲はバルトークが書いた子供の教育用作品の1つである。
バルトークは自分で長年にわたって収集した民族音楽を、こういった形で国民音楽のための教材に作り上げた。また、自身の作品を含め、新しいテクニックを教えるためには、従来の教則本では物足りないとも考えたようだ。
「子供のために」はこういった目的をもって書かれた、1分ほどの曲を85曲集めたものである。
その後、1945年に亡命先のニューヨークで改訂を行い、現在一般的に知られる79曲から成る小品集となった。79曲は2巻に分かれており、第1巻はハンガリー民謡による40曲、第2巻はスロヴァキア民謡による39曲となっている。
この作品のもつ雰囲気は、モーツァルトを愛するシナモンも愛せそうだ。
私が聴いているCDはコチシュのピアノによるもの。フィリップスのPHCP5305で、録音は1994年。タワーレコードのネットショップに在庫はあるが、このCD(国内盤)は3,059円と今どきらしくない高価格である。同一音源の輸入盤を探すと良いかも……
全然関係ない話だが、わたしはシナモンがひどく苦手である(香辛料のシナモンのことである)。
新館入口(2014.6.22~)
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