1829年に初演されたロッシーニ(1792-1868)の歌劇「ウィリアム・テル」は、それまでのオペラ作曲家としての彼の名声をさらに高め、ロッシーニ・ブームをヒステリックなまでの状態にしたという。
ところがこの時点で、彼は作曲の筆を折ってしまう。その後彼は39年も生き続けたが、作品の出版は行わなかった。
なぜロッシーニが突然引退したのかは謎である。
ハロルド・ショーンバーグはこう書いている(「大作曲家の生涯」:共同通信社)。
「ロッシーニは隠遁後も、2つの宗教的大作『スターバト・マーテル(悲しみの聖母)』(1832年)と『小荘厳ミサ』(1863年)を作曲、大量のピアノの小曲と歌曲を遊び半分で作った。が、あらゆる観点からして、彼のキャリアは1829年、名声の頂点において幕が引かれた。
考えられる点はいくつかある。第1に、ロッシーニには十分な金銭的蓄えがあった。彼は死に際し、約142万ドル相当の財産を残した。つまり、報酬目当てに仕事をする必要は彼にはなかった。ロッシーニはまた、芸術的信念や精神的必要に基づいて作曲を行う理想主義者でもなかった。加えて、彼は健康に恵まれなかった。尿毒症を患ったうえ、心気症と不眠症に悩んでいた。『ご婦人のかかる病気は全部患った』と、ロッシーニは友人の1人に語った。『子宮関係を除いてね』。生来の怠け癖も、引退を決意させた1つの要因だった。
しかし、それ以上に、ロッシーニはオペラが進みつつある方向について思い悩んでいた。『カストラートの消滅とともに、歌唱芸術は死滅しつつある』と、彼は本心から信じていた」
「ねじまき鳥クロニクル」第3部には、シナモンについての次のような描写がある。
「ある週はロッシーニの宗教曲のテープばかり聴いているし、ある週はヴィヴァルディの管楽器のコンチェルトのテープばかり聴いている。僕がそのメロディーをすっかり暗記してしまうくらい何度も」(187p)
ロッシーニは、教会音楽のジャンルとしては、ショーンバーグが触れている2曲のほかに、「3つの宗教的合唱曲」(1844)と「おお救いのいけにえ」(1857)という四重唱曲を残している。
ショーンバーグはこう続ける。
「ロッシーニのオペラは、ロマン派の世界とは決して相容れなかった。が、彼はすべてを傾聴し、『スターバト・マーテル』や『小荘厳ミサ』では、オペラでは試みなかった冒険を和声の分野で行っている。古典的旋律の輪郭と共に半音階主義をも用いた『ミサ』は、新と旧との見事な合成物である。合唱と4人の独唱、2台のピアノ、そしてオルガンを用いた独創的な作曲法は、特別の魅力をたたえている」
シナモンが聴いていたのは、果たして「小荘厳ミサ曲」であろうか?それとも「スターバト・マーテル」であろうか?いずれにしろ、「ロッシーニの宗教曲」というところが、村上春樹のすごさだと思う(かなりマニアックだ)。
「小荘厳ミサ曲」(小ミサ・ソレムニス)は、ショーンバーグが書いているように、独特なおもしろい響きをもった、不思議な魅力をたたえた作品である。ピアノの音は、時おりラジオ体操を思い起こさせる(私だけ?)。全曲を通して、快活で健康的なミサ曲である。
なお、ショーンバーグは編成にオルガンを用いて いると書いているが、実際にはハルモニウムである。また、この作品は1867年にオーケストラ伴奏版として改訂されている。
一方、「スターバト・マーテル」は敬虔でひじょうに美しい曲。こちらのほうはオーケストラと2人のソプラノ、テノール、バス、合唱という編成である。なお、全12曲のうち6曲がロッシーニの作であって、残り6曲はG.タドリーニの作と言われている。
私が持っているCDは2枚組みで2曲が収められているもの。「ミサ」の方がコルボ指揮、「スターバト・マーテル」の方がシモーネ指揮の演奏。輸入盤でエラートの3984-28173-2。1987年録音。私はこれを大阪茶屋町のタワーレコードで3年前に買ったのだが、タワーレコードのネットショップには見当たらなかった。取り寄せで購入できるかも知れない。
ところで皆さんは“トゥルネードー・ロッシーニ”なる料理を口にしたことがおありだろうか?
私はない。聞いたこともない。これは、ロッシーニ風に料理した牛のヒレ肉だという。
ショーンバーグはこう書いている。
「(ロッシーニは)でっぷりと太り、奇病に取りつかれたが、同時にヨーロッパで最も高名な食通の1人ともなった。有名なトゥルネードー・ロッシーニは、人類への彼の遺産の1つである」
そんなにすごい料理なのか!?
でも、ロッシーニ風味の牛ヒレ肉って、ちょっとやだな……(違うだろ!)
新館入口(2014.6.22~)
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