シェーンベルク(1874-1951)の「浄められた夜(浄夜)」Op.4(1899)。
村上春樹の「世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド」(新潮文庫)で、主人公
の“私”が最後に購入したミュージック・カセットのうち、クラシックのものは「ブランデンブルク協奏曲」と「浄められた夜」であった。
「それから私はレコード店に行って、カセット・テープを何本か買った。ジョニー・マティスのベスト・セレクションとツビン・メータの指揮するシェーンベルクの『浄夜』と……」(下巻242p)
“ツビン・メータ”……。ふつうは彼のことは“ズビン・メータ”と表記するのだが、村上春樹は“ツビン”と書いている。まあ、深い意味はないと思うが。
ズビン・メータはひところ、とても人気のある、そして次代を担うと目されていた指揮者だったが、最近はあまり名前を聞かなくなってしまった。どうしたんだろう?個人的にはそれほど好きな指揮者ではないけれど…
シェーンベルクは12音音楽の創始者として、20世紀音楽に最も大きな影響を残した作曲家の1人とされている。オーストリアの作曲家であったが、ユダヤ人である彼はナチスの台頭を避けるために1933年、当時活躍していたドイツを離れアメリカに亡命した。
彼の弟子にはヴェーベルンとベルクがいる。
「浄められた夜」はシェーンベルクの出世作となった作品で、もともとは1899年に作曲された弦楽六重奏曲である。1917年に弦楽合奏版に編曲、さらにこれを43年に改訂している。
この曲はR.デーメルの詩によっているが、この詩は、月
の美しい夜に散歩する2人の男女の対話(女の方は不義の子を宿している)と、2人が静かに歩く姿を描いている。
金子建志編の「オーケストラ こだわりの聴き方」(立風書房)には次のように書かれている(この部分の執筆者は道下京子)。
「シェーンベルクのこの作品の背景には、デーメルの詩『浄夜』の内容が関与している。『寒い夜空の下、月明かりに照らされて男女が森の中を歩いている。そして月を見上げたその時、女が不倫を告白する。それを聞いて男の心は動揺し、その動揺を受けるかのように木々の葉もざわめく……」。音楽は葉のざわめきと男の心情を重ねあわせて見事に表現している。シェーンベルクの《浄夜》は、このような深層心理を見事に描き出している。しかし、初演当初、詩の内容がエロっぽいとかゴシップ的だという聴衆もいたという」
3巻から成るハロルド・ショーンバーグの「大作曲家の生涯」(共同通信社)は、J.S.バッハの章で始まり、最終章は「シェーンベルク、ベルク、ヴェーベルン」となっているが、「浄夜」について、次のように書いている。
「1899年には『トリスタンとイゾルデ』後の、大きな、物憂い溜め息ともいうべき、官能的な『浄夜』を作曲した。『浄夜』に関して奇妙な点を挙げれば、室内楽曲に標題が付されたことである(この場ですぐ思い浮かぶ他の例は、スメタナの弦楽四重奏曲ホ短調『わが生涯から』がある)。この標題は、リヒャルト・デーメルの詩に由来する。シェーンベルクはこののち、あらゆる“規則”を破る音楽を書き続け、最終的には『12音技法』と呼ばれる、音楽構成上のシステムを創始し、第2次世界大戦後の世代の音楽的思考に、単一のものとしては最も重要な影響を及ぼした。が、皮肉なことに、シェーンベルクの作品のなかで最も人気があるのは、ほとんど従来の手法を用いて書いた『浄夜』である」
さて、「世界の終わりと……」で“私”が買ったテープは、メータ指揮のものであった。ということは、弦楽合奏版の演奏ということになる。
前述の「オーケストラ こだわりの聴き方」で、実はこのメータ盤が紹介されている。ただし、推薦盤ではなく、参考盤として。それによると、メータ盤は1967年の録音で、オーケストラはロサンゼルス・フィル。レーベルはデッカである。なお、同書での推薦盤は、ブーレーズ/ニューヨーク・フィルの1973年録音のソニー・クラシカル盤である。
版の違いについてであるが、同書によると、1917年の弦楽六重奏版から弦楽合奏版への編曲は、器楽の奏法や奏者の数などの変更であって、
作品の内容は変わっていないという。
では17年版と43年版の違いはと言うと、43年版では独奏の部分が多く、より繊細な表現が意図されている。
そして、「私が思うに、デーメルの詩の内容が背景にあるものの、これは『トーン・ポエム』であって、決して標題音楽というわけではない。いずれの稿においても、あくまで主役は抽象的な音色と音の世界なのだ」と書かれている。
私が聴いている演奏は(といっても、この曲は年に数回しか聴かないが)、シャイー指揮ベルリン放送響のもの。マーラーの交響曲10番に“付いていた”演奏である。現在廃盤。
それにしても「世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド」の“私”は、どういう気持ちで最後に「浄夜」を選んだのだろう。
補足)志鳥栄八郎氏はメータの演奏を推薦して、以下のように評している(ただし昭和49年時点での話)
「この曲の持つ官能的な美しさを実にロマンティックに、キメこまやかに表現している。その棒の精緻なことと、楽譜の読みの深さは驚くべきことほどで、曲の細部までよくみがき上げられた演奏だ。メータにこういうロマンティックな作品を指揮させるとたいへんうまい」
