リスト(1811-1886)の交響詩「前奏曲」(1848/'52,'53改訂)は、戦時中、あちらの国ではナチスの宣伝番組のテーマ音楽に使われていたそうだ。
ちーっとも知らんかった。岩城宏之の「音の影」(文春文庫)にそのことが書いてある(それも、グリーグの章に)。
1975年に岩城が東ドイツのゲヴァントハウス・オーケストラを振るにあたって、事務局サイドから、ぜひリストの「前奏曲」をプログラムに入れて欲しいと依頼されたという。その理由は、「あなたは外国人だから」というもの。事務局の人が岩城にこう言った。
「この曲はね、ナチスがドイツを支配した戦前から、戦争に敗れるまで、毎日のナチス宣伝ラジオ番組のテーマ音楽だったのです。
だから敗戦後、音楽の戦犯として、30年間葬られてきました。
作曲家であるリストのせいではないし、30年も経ったのだから、解禁にしたいのですが、ドイツの指揮者は怖がったり、嫌がったりで、絶対に引き受けないのです。聴衆の反応も、きっとスゴイだろうと思うのです」
実際の演奏会の反応がどうだったか興味がある方は、この文庫本を読んでいただくとして、まあ音楽にとっては不幸なことである。
人間、個人的にも嫌な思い出にリンクしてしまって、耳にしたくない 曲っていうのはあるが、それはあくまでの個人の問題。私にだって封印曲はいくつかある。でも、リストはまさかこんな戦争被害に遭うとは思ってもいなかったろう。しかも、ハンガリー人だったんだし。
ところで、この交響詩「前奏曲」。ヘンな名前である。前奏曲「序曲」とか、ピアノ・ソナタ「交響曲」とか、そういった響きを持っている。私も最初にこの曲を知ったとき、この不思議な曲名をどのように体内処理したらよいか苦悶した。
でも、紛らわしいこと極まりないが、ここでいう「前奏曲」は音楽形式そのものの「前奏曲」を言っているわけではないのだ。そんなこと説明されなきゃわかんないけど。
みんな同じような思いをしているらしく(クラシック界の鬼門の1つと言えるかも知れない)、許光俊は「絶対!クラシックのキモ」(青弓社)のなかで、次のように記述している。
《え? 前奏曲? オペラか何かの? いいえ、これは「前奏曲」というのがタイトルというまことに摩訶不思議な曲でございます》
まったく摩訶不思議である。
で、じゃあこの「前奏曲」って一体なんのことなんだというと、「人生は死への前奏曲である」ということなんだとさ。
この曲は、もともとは「四大元素」という、これまたわけのわかんない合唱曲の前奏曲として書かれたという。そして、改訂にあたっては、テーマをラマルティーヌの詩「瞑想録」の一節に基づいたという。その内容というのは、
《われわれの一生は、死への前奏曲でなくてなんであろう。愛は輝かしい朝やけのようなものであるが、運命はそうした青春のよろこびを一瞬のうちに破壊してしまう。人は、傷ついた心を平和な田園生活のなかで癒そうとするが、その状態も長くは続けられない。警告のラッパが鳴り渡ると、再び自分の能力を試すために、危険な戦列へと加わるのである》
なぁんか、小難しい。「死への前奏曲でなくてなんであろう」なんて言われると、「いや、死への行進曲かもよ」なんて、タメ口をたたきたくなる。
許光俊氏は、筋をわかりやすく、そして私たちのモヤモヤを晴らすかのように、きちんと書いてくれている。
《「愛に破れた人間が、静かな田園生活を望むが、ついには闘いに立ち上がり、見事勝ちを収める」というストーリーなんだもん。陳腐? いや、それは言わないでください。でも、実際には絶対にありえなさそう》
そうだよな。ナチスだって負けちゃったからね。
私は、この曲、けっこう好きだ。ただ、いくら交響詩という筋をもった作品であっても、この曲に関しては、それを意識しないようにしている。中間部の田園風のところなんか特に好きだが、そこでいちいち「あぁ、愛に破れたときには畑を眺めると癒されるよなぁ」なんて、考えてられないのである。愛に破れたときはマーラーの9番の終楽章なんかが素敵だと思うし……
私が聴いているCDはショルティ指揮ロンドン・フィルのもの。ショルティの、あんまり深刻に物事を考えないで曲を進めていく姿勢が良い感じ。私が持っているCDは「リスト交響詩集」という2枚組もので、ショルティ/ロンドン・フィルのほか、ショルティ/パリ管、メータ/ロス・フィルなどの演奏によって、交響詩8曲が収められたもの。ロンドン・レーベルのPOCL3745~6だが、現在は廃盤のよう(写真)。
私は、この曲、交響曲「前奏曲」ではなく、混乱回避のために、交響詩「レ・プレリュード」と呼びたい……
新館入口(2014.6.22~)
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