伊福部昭の「交響譚詩」(1943)。
この曲は私にとって、作曲者名と作品名がきちんと結びついて聴いた、初めての伊福部作品である。
というのも、「キングコング対ゴジラ」といった東宝特撮映画の音楽に惹かれてはいたが、その作曲者が伊福部昭だとは知らなかったし、中学生のときに一度だけ耳にした「鬢多々良」については伊福部昭の作曲だとは知っていたが、その旋律はまったく記憶に残っていなかったからだ。
高校を卒業するときに、浪人生活に入る私に対し、2学年のときの担任だった音楽教諭が「そんなに音楽が好きなら、音楽の道に進めばいい。伊福部昭は北大の林学部を出て、林務の仕事をしながら曲を書いた」と言ったが、私は伊福部昭のことはほとんど知らなかった。
これが幸いして、カスタネットも満足に叩けない私は、その教諭の無責任な理想論に感化されずにすんだ。もし、そのときにすでに伊福部昭にのめっていたなら、私は今頃ゴジラの着ぐるみを着てスーパーの屋上で年に何回かバイトをしていたかも知れない。
作曲者は「交響譚詩」について、こう述べている。
《第2次大戦中、蛍光質の研究に斃れた兄のために起稿し、1943年春に脱稿(札幌)したものです。
戦争が次第に烈しくなり、大きな編成を採ることが困難な時代だったので、2管持ち替えの小さなものとしました。
その年の9月。ヴィクター管絃楽コンテストに入選、東京交響楽団、山田和男指揮によって録音されました。
公開初演は同年11月20日、日比谷公会堂において同じく東京交響楽団、山田和男指揮により行なわれました》
この初演を指揮した山田和男とは、改名前の山田一雄のことである。
伊福部昭の2歳年上の兄・勲は、1940年に海軍の戦時研究に従事するために上京し、日本夜光塗料研究所に勤務、軍事用塗料の開発にあたった。その塗料は、夜間の行軍や戦闘時に敵味方を識別するために使うものだった。
もともと病弱だった勲であるが、1942年の12月、突然亡くなった。過労死であるとされている(余談だが、そのころ昭は札幌の南13条西13丁目に住んでいた)。
翌年になって、伊福部は日本ビクター主催の管弦楽作品懸賞募集に応募することを決めた。
死んだ兄、勲に捧げる作品を書こう。音楽を愛しながら(勲はギターを弾いていた)亡くなった勲の存在を、自作によってこの世に残そう。そう考えたのだった。
「交響譚詩」は2つの楽章から成る。動的な第1楽章と、静的な第2楽章である。
伊福部作品のうち、「日本狂詩曲」も「ヴァイオリンと管弦楽のための協奏風狂詩曲」も2楽章構成である。
「日本狂詩曲」は最初3楽章構成だったが、作曲賞のチェレプニン賞に応募するには時間オーバーとなってしまうため、第1楽章「じょんがら舞曲」をカットした(チェレプニン賞受賞後も、この第1楽章は演奏されることはない)。
交響譚詩の場合も、当選作はレコーディングされるために12インチのレコード2枚に収まるように、という規定があった。
そういった事情から、2つの曲は2楽章構成になっている(協奏風狂詩曲はなぜ2楽章構成になったのだろう?)。
この曲は編成と時間の制約によって、ぎりぎりまで切り詰められたという事情があるが、逆にそのことが伊福部昭の魅力を凝縮したかのような作品になったと思われる。
躍動的ながらも盛り上がるにつれてかえって切なくなる、そして中間部が哀しげに美しい第1楽章。江戸時代あたりの、山道を旅して歩いている一行の遠景カットに合いそうな、日本情緒あふれる第2楽章(「水戸黄門」ではなく「木枯らし紋次郎」の画像に合いそうだ。八兵衛が出てきたら台無しだ)。やはり「伊福部エキス」的音楽だ。
なお、第2楽章の旋律は、彼の1949年作曲の歌曲「サハリン島土民の三つの揺籃歌」の第1曲「ブールー ブールー」にも使われている。
CDとしては、芥川也寸志指揮新交響楽団の1977年ライヴ録音(フォンテック)がいい。
この演奏会、そしてCDは、その後の伊福部昭再評価の動きとなった重要なものの一つと言える。ただし現在は廃盤。
現役盤としては広上淳一指揮日本フィルハーモニー交響楽団のCD(キングKICC175。2,854円)があるが、これもタワーレコードのネット通販では在庫切れ。新星堂には在庫が残っている。
兄を追悼するバラードは、最後の別れを惜しむかのように終わる。
プロフィール
MUUSAN
クラシック音楽、バラ、そして60歳代の平凡ながらもちょっぴり刺激的な日々について、「読後充実度 84ppm のお話」と「新・読後充実度 84ppm のお話」の2つのサイトで北海道江別市から発信している日記的ブログ。どの記事も内容の薄さと乏しさという点ではひそかな自信あり。
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