光文社古典新訳文庫のジロドゥの「オンディーヌ」。
 この本については昨日書いたが、訳者の二木麻里はあとがきのdc5d8be8.jpg なかで次のように書いている。

 《ジロドゥの『オンディーヌ』を思うとき、わたし自身がぱっと連想するのはメンデルスゾーンのヴァイオリン・コンチェルトである。どちらかといえば甘い感じの旋律や、あまりにも有名な作品であるという「印象」がさきにたつ曲かもしれない。
 ところがスコアを読むと、高度な技術を駆使した、おそろしく理性的な作品であることに気づく。ソロパートの斬新なあつかい、独創的な構造、するりと最短でいきつく転調、オーケストラの最大出力をあっさり引きだす管弦楽法。独奏者が自由に自分の間合いで語るよう差しだされた「おまかせ」の部分と、全体をきっちり進行させる部分とが、むだなく書きわけられている。
 そして――そしてなにより、あまりにもなめらかなので、おもてからはその凄さがみえない。たださらさらと、音楽だけがあふれていく。
 最良のジロドゥ作品には、これと深く共通するものがある》

 この文から以下の5つのことが解るのではないだろうか?

 ① 訳者はスコアを読むことができる。
 ② 訳者はもしかするとヴァイオリンを弾くことができる。
 ③ 訳者は音楽をきちんと学んだことがある。
 ④ 訳者はあえてメンデルスゾーンの名を出したことから、モーツァルト嫌いである。
 ⑤ 訳者はけっこうはったりをかましている。

 でも、そんなことはどうでもいい。フランス文学を翻訳できる人なのだ。何ができても不思議ではない気がする。それは、このようにブログでもまともな文章を書けないのだから、きっと仕事だって満足に出来なくても不思議ではないと、数少ない読者の皆さんが私のことを思うのと同じことなのだ。

 ところで、メンデルスゾーン(1809-1847)のヴァイオリン協奏曲(ホ短調Op.64。1844作曲)は、音楽史のなかでもヴァイオリン協奏曲としては最も有名なものだろう。私も中学1年生のときに初めてこの曲を聴いたときは、ひどくひどく感激したものであった。「だからどうした」と言われればそれまでだが……
 ついでに言っておくと、この曲とベートヴェンとブラームスのヴァイオリン協奏曲を「三大協奏曲」と言うのだが、これはドイツの陰謀っぽい。確かに3曲とも名曲だが、チャイコフスキーだってあるじゃない、って言うじゃなぁ~い(ギター侍、元気かな?)。

 二木麻里さんが指摘するように、メンデルスゾーンの音楽は耳で聞くよりもずっと理性的なのは事実のようだ。
 ハロルド・ショーンバーグによれば、「音楽家としてのメンデルスゾーンは比類がなく、モーツァルトを除いては、彼ほどの天分を持って生まれた者はいなかった」(大作曲家の生涯:共同通信社)のであり、「メンデルスゾーンの音楽ほど論理的な音楽はない。音楽にせよ、美術にせよ、人生にせよ、彼はいかなる種類の過剰も本能的に回避した」(同)という。

 しかし、メンデルスゾーンは言われている音楽的才能ほどは人気がある作曲家とは言えない。それは、冒険精神のなさである。

 《しかし彼は、当初嘱望されたような創造的な仕事を果たすことができなかった。一種の保守主義、情緒の抑圧が彼を至高の境地に到達させることを妨げた。常に達者な彼の音楽は、彼が年を取るにつれて次第に一連の行儀のよい作法に化した》(同)

 こうしてみると、彼が38歳という若さで亡くなったのは、むしろ良かったのかも知れないと思ってしまう。過去に脚光を浴びながら時代に取り残されるほど辛いことはないだろうから……。私には想像もできないことだが…・・・
 1847年5月、彼は姉が急死したニュースを受け取り、そのまま自分も脳卒中の発作を起こしてしまった。一時的に病状は良くなったものの、同年11月に亡くなった。

 ホ短調協奏曲の冒頭、短い序奏に続いてヴァイオリンが歌う旋律に興味を持たない者が果たd6685d1c.jpg しているのだろうか?、というほどの名曲であり、音盤も多数あるが、私はヴィクトリア・ムローヴァの独奏、ネヴィル・マリナー指揮アカデミー・オブ・セント・マーティン・イン・ザ・フィールズ(実に長ったらしい名前だ。簡単に言えばアカデミー室内管弦楽団である)による演奏のCDを聴いている。
 フィリップスのPHCP10566。録音は1990年。カップリング曲は、同じくメンデルスゾーンの珍しい作品、ヴァイオリン協奏曲ニ短調である。ニ短調のコンチェルトは1951年にヴァイオリニストのメニューインが、ロンドンにあるメンデルスゾーン家で発見したものである。作曲年は1822年。ただし、いまのところほとんど演奏されることがない。私もほとんど聴いたことがない。個人的にはこの作品に価値を感じられないままである。
 このCD、でも現在廃盤。

 ところで「オンディーヌ」の作品中には、「トリスタンとイゾルデ」「オルフェウス」「パルジファル」といった音楽化された作品が出てくる。
 「水の精」の物語は、ヨーロッパのいろいろな伝統を含みこんでいる感じである。