ピエール・モントゥーがウィーン・フィルを指揮したベートbbeb87b4.jpgーヴェンの交響曲第6番ヘ長調Op.68「田園」(1807-08)。録音は1958年。

 「田園」という作品についてはいまさらあれこれ書く必要なんてないだろうが、そうは言いつつも書くと(私はあっさりしていない性格なのだ)、この交響曲は18世紀末にいくつか書かれた自然描写を織り込んだ交響曲と同じ系列のもの(ということ)である。ただしベートーヴェンの場合は単なる描写ではなく、田園の印象による感情の表現というものを追求している(らしい)。そのために、のちのベルリオーズをはじめとするロマン派の標題音楽の先駆的作品と位置づけられている(というのは事実)。
 5つの楽章からなるが、それぞれは「田舎に着いたときの愉快な気分」「小川のほとり」「田舎の人々の楽しい集い」「雷と嵐」「牧歌。嵐の後の喜びと感謝」というタイトルがついている。

 こういった“田園の印象”の音楽化の試みであるが、のちに登場する印象主義の第一人者ドビュッシーは、この曲を傑作なんかじゃないと批判している。印象仲間がそんなこと言うなんて、何とも不可思議な話である。
 ドビュッシーが1903年2月16日付けの日刊紙「ジル・ブラ」に掲載した演奏会評(ワインガルトナー指揮ラムルー響。「田園」が演奏された)の中には、こんなことが書かれてる。

 《――この交響曲のベートーヴェンは、書物を通じてしか自然を見ない一時期についての、責任がある……これは、まさしくこの交響曲の一部分である「嵐」のなかに、はっきりした証拠がある。そこでは、生きものや事物のいだく恐怖が、あまり本気らしくない雷の鳴りひびくあいだ、ロマンティックな外套(マント)のひだにくるまる。
 私がベートーヴェンに無礼なまねをしたがっていると考えたc4c170c0.jpg ら、それは莫迦げた話だ。ただ、彼のような天才音楽家は、ほかのひとよりもいっそう盲目的に間違いをしでかすことが、できた……ひとりの人間が、傑作しか書かないなんてことは、あるものじゃない。そしてもし『田園交響曲』をこんなに傑作あつかいしてしまうと、ほかの場合にこのことばの有難味がなくなってしまう》(「ドビュッシー音楽論集」:平島正郎訳。岩波文庫。142p)

 まあ、なんて手厳しい。日本語も難しい……

 でもさぁ、「3つの交響的スケッチ『海』」なんて曲を書いたの、誰でしたっけねぇ~。しかも、作曲は1903年から1905年にかけて……。しかも×2、それは葛飾北斎の版画「富獄三十六景」からインスピレーションを受けて……。何々?ベートーヴェンは書物を通じてしか自然を見ない?
 あっ、もしかしてこの文って、「私もそうなんです。だから傑作でないかも知れないけど大目に見てね。いやいや、皆さんがそれでも『田園』は傑作っておっしゃるなら、私のも傑作ってことで……」ってことなのかしら?

 さて、「田園」ほどの作品になると、まぁまぁ、あるわあるわ、CDが。豊穣だわい。
 ちょいと古い本だが、音楽之友社が2000年に発行した「リーダーズ・チョイス ―私の愛聴盤― 読者が選ぶ名曲名盤100」というのがある(長い書名で申し訳ござません。出版社になり代わって私が陳謝いたします)。どういう内容の本かというと、書名のとおりの内容の本である。
 そのなかの「田園交響曲」を見ると、読者が選んだ名盤は、1位がワルター/コロンビア響〈58年録音〉、2位がベーム/ウィーン・フィル〈87〉、3位がアバド/ウィーン・フィル〈86〉とある。私がいままさに紹介しようと決意しているモントゥー盤は25位までにも入っていない。世間って冷たいものである。
 でもね、モントゥーの「田園」って、さわやかで愛らしいの(←いきなり甘えちゃったりする)。

 ウィーン・フィルはフルトヴェングラーが亡くなったあと、多くの客演指揮者を迎えたわけだが、モントゥーもその1人だった。
 ピエール・モントゥー(1875-1964)はパリ生まれ。ストラヴィンスキーの「春の祭典」の大スキャンダル初演の指揮者だったことでも知られる(彼がバレリーナにHなことをしたとか、そういう意味でのスキャンダルではない)。
 その彼が振った「田園」は、いわゆる重心が低いドイツ・ドイツしたものではなく、明るく軽やか。かといって、低音が不足しているわけでは決してない。むしろ豊かに鳴りひびいているのだが、重苦しくはない。演奏の雰囲気は、たとえば終楽章なんかは「牧歌。嵐の後の喜びと感謝」というよりは、「嵐が去ったぜ、やれやれほっとしたぜ、畑もそんなにやられなかったし、雷にも打たれなかったし、今夜はご馳走にしてよ、ねっ、母さん?」って鼻歌を歌っている、農家の後継ぎ息子の幸福みたいな感じである(別に、私の気持ちを理解して欲しい、なんて思ってないから……)。
 1958年という今から半世紀前の録音だが、音の古さも感じさせない(さすがデッカ!)。

 私が持っている、そのCDはLondonレーベルのKICC8547(交響曲第8番とカップリング。8番の演奏も良い)。ただしこのCDは廃盤。
 同じ演奏はモントゥーのベートーヴェン交響曲全集(5枚組。デッカUCCD9275。タワーレコードのネットに通販に在庫あり。6,000円)に収められている。

 う~ん、この演奏、ドビュッシーが聴いたらどう思うかな。
 私は、印象主義音楽のように演奏しているように感じるけど……(どういうところが?と聞かれても答えられませんが)。
 ねっ、母さん!?