E.ヴァレーズ(1883-1965・フランス→アメリカ)の「イオニザシオン」(「アイオニゼーション」と呼ぶこともある。1929-31)。

 この曲は、いわゆる「ゲンダイオンガク」である。
 ゲンダイオンガク……
 何て怪しげな言葉の響きだろう(そうでもないか…)。漢字では「現代音楽」と書くらしい。英語で言うと「コンテンポラリー・ミュージック」と、急にかっこよく響くようになる。

 新TREviewでは「クラシック」のカテゴリーの中に「現代音楽」という項目もある。しかし私は、すべて「クラシック」の項目としてレビューすることにしている。というのは、必ずしも作曲年だけで「現代音楽」に分類されるとは限らないからだ。
 例えばショスタコーヴィチの交響曲はふつう「現代音楽」には分類しない。ということで、説得力はないだろうが、私は「クラシック」一筋でレビューすることを決意した次第の所存である。

 広義では、今の時代に書かれ、演奏され、聴かれている曲はすべて現代音楽である。北島三郎の最新曲も現代音楽である。だって、現代に書かれた曲だから。でも「今の時代」っていうのも極めて曖昧。
 そこで一応は尺度がある。
 クラシック音楽界の現代音楽はだいたい1900年過ぎから、今もって延々としつこく続いている時代を指す。故人となって久しい私の祖父母が生まれた頃から「現代」のままなのだ。しかも、へんてこな曲ばかり書かれてきた。
 この「イオニザシオン」。これは41の打楽器と2つのサイレンによるもので(奏者は13人)、音楽とみなすのか騒音とみなすのか、聴くに値しないと判断するのかしないのか、どうもケッタイな作品だ。

 しかも、この作品、1933年の作。まだ、お爺様が若かりし頃の時代に、こったらヘンテコなものをステテコを履きながら(ちょっとした駄洒落)作っていたガイコクジンがいたのである。う~ん、こんてんぽらりぃ~!

 しかし、こんな奇妙な音楽を、純情無垢な中学生だった私は、一生懸命聴いていたのだ。
 私がクラシックを聴きはじめた頃は、古典も現代も意外と無批判に聴いた。なじみにくい現代作品でも、このように発表されているということは、何らかの意義がある作品だと思ったからだ。今、思えば我慢して聴くんじゃなかったような気もする……メソメソ。
 でも、人間、慣れは恐ろしい。こういった「音楽」も、繰り返し聴いていると、だんだん良さも感じるようになってきたのであった。犬だって、毎回食事のときにベルを鳴らされたら、やがてベルの音を聞くだけでヨダレを垂らすようになるが(ご存知、パブロフの犬!)、私も犬並みの習慣性を兼ね備えていたのだ!

 ヴァレーズのイオニザシオンは中学3年のときに初めて聴いた。何度も耳にしているうちに、なんとなく思い出深い曲になってしまった。今では、週に2回は聴かないと気がすまないほどである、はずはない。

 このような「理論重視」で「楽しくも美しくもない」現代音楽は、音楽愛好家からは支持を得られず、やがて「昔に帰れ」じゃあないまでも、旋律をも重視する作品が書かれはじめるようになった(考えてみれば、あったりまえの話)。つまり、当時は(だいたい1970年くらいまでだろう)作曲家の「研究成果」といった自己満足的な音楽が書かれたが、肝心のそれを聴きたいと思う人はいなかったのだ。クラシック音楽がすたれたのは、現代の作曲家が、過去を継承して人々を「幸せ」にする曲を書かなかったからだ、とも言われる(私が言った)。
 そりゃそうだよな。でも、さっき書いたように、私けっこう好きなんです、コンテンポラリーが…。だからこそ、勇気を奮って紹介するわけだ。
 
 井上和男編著の「クラシック音楽作品名辞典」(三省堂)には、ヴァレーズのことが次のように書かれている。

 《初期の作品はロマン主義・印象主義的だったが、それらの大部分は破棄した。1915年にアメリカに渡ってからは近代音楽前衛的手法、とくに未来派的なものを取り入れた作風に転じ、野蛮主義(brutisme)といわれた。ミュージック・コンクレート、電子音楽の一つの先駆と考えられる》

 いったい何があったんだ?アメリカに行って……

 タイトルの「イオニザシオン」は「電離」のこと。
 例えば食塩を水に溶かす。するとナトリウム・イオンと塩 素イオンに電離する。つまりイオニザシオンだ。でも、食塩水に耳を寄せても、こんな音が聞こえてきたことはない。私の経験では……
 そういえば、昔「天然イオン配合」という売り言葉の石鹸があった。で、「イオンに天然も人工もあるか!」って文句をつけられたらしい。ごもっとも。

 紹介するCDはメータ指揮ロス・アンジェルス・パーカッショングループの演奏。ロンドンのPOCL4501(1971録音)。このCDは気分が沈んでいるときには聴かない方がいいと、私は思ふ。それに現在は廃盤。

 沈むで思い出したが、昔西友でバイトをしたときに社食に「沈む太陽、ダイエーなんか恐くない」って標語が張ってあった。
 ダイエーは確かに沈んだ。そして新しいマークになった。
 今はどんな標語が張ってあるのかなぁ。