P.ヒンデミット(1895-1963,ドイツ→アメリカ)の交響曲「画家マティス」(1934)。
ヒンデミットは第1次大戦後に“新即物主義”を唱えた。これはロマン派から脱却をめざすもので、調性を否定するものでもあった。彼はヴァイオリニスト、のちにヴィオラ奏者としても活躍したが、1934年にナチスから作品を“腐敗した芸術”とされ(「ヒンデミット事件」という有名な事件に発展する)、トルコ、スイスを経て、1940年から47年の間はアメリカに住んだ。
交響曲「画家マティス」は1934年に同名の歌劇からまとめられた3つの楽章から成る作品であるが、歌劇よりも交響曲の方が先に発表された。ベルクが歌劇「ルル」の前に「ルル組曲」を書いたのと同じように、これは歌劇の予告編的な意味も持っていたのであった。そして、この交響曲はヒンデミットの代表作とされるほどの成功を収めた。
歌劇「画家マティス」は、中世のドイツの画家マティーアス・グリューネヴァルト(マティス・ゴッタルト・ニタルト。1470(?)-1528)が描いたイーゼンハイムの祭壇画を題材に、ヒンデミット自身が台本を書いて作曲した。
このマティーアス・グリューネヴァルトは、1542年の農民戦争のときに農民たちを教会に対して決起させた人物である。
秋に予定されているオペラの初演に先立って、交響曲「画家マティス」が1934年の春にフルトヴェングラー指揮のベルリン・フィルで初演されたとき、ヒンデミットはナチスから集中砲火を浴びせられることになった。
ヒンデミットはナチス台頭という状況を農民戦争にオーバーラップさせたのだが(マティスは農民軍の敗退によってハレに逃れ、孤独の死を遂げた)、これがナチスの逆鱗に触れ、ヒンデミットは「ユダヤ人化した」と非難された(このため歌劇の初演は1938年にスイスで行なわれるまで待たねばならなかった)。
その前から、つまり1930年以来、ヒンデミットはナチス系の音楽ジャーナリズムから攻撃を受け始めていた。それは彼が表現主義から新即物主義へ転換を図り、時代の先端を進んでいたからだ。しかし、ヒンデミットはユダヤ人ではなかったので、ヒトラーが政権を取ってからも国外追放にはならないで済んでいた。しかし、交響曲「画家マティス」はナチスにとって、堪忍袋の緒が切れたどすえ、であったのである。もっとも、このころは彼の作風がもっと耳に優しい「新古典主義」へと移ろうという過渡期になっていたのだが……
ヒンデミットに対する攻撃に対して、ナチスに抗議文を送ったのがフルトヴェングラーだったが、そのせいで問題は深刻化していく。これが「ヒンデミット事件」である。
ドイツの誇りともいえる存在のフルトヴェングラーがヒンデミットを擁護する動きをしたことは、ナチスにとって計算外だっただろうし、ことを複雑にした。
ナチスはフルトヴェングラーをも攻撃し始め、フルトヴェングラーはすべての公職を辞めることを申し出る。
結局、翌年になって、フルトヴェングラー側からナチスに「自由な人間としてもっぱら芸術に奉仕する」との申し出があり、指揮活動が再開されたのだったが、これがナチスへの屈伏とみなされ、のちにフルトヴェングラー自身も戦争責任を問われる要因となったのである。
ヒンデミットはこの交響曲について、単なる標題音楽ではなく(標題音楽と呼ばれることを嫌った)、「絵画を観ているときと同じような心の状態を与えようと試みたものだ」と、ちょっと訳がわからないような、煙に巻くようなことを言っている。
各楽章の題は、第1楽章が「天使の合奏」、第2楽章が「埋葬」、第3楽章が「聖アントニウスの誘惑」となっているが、これらは、絵画から題名を得ている。
この曲ではオーケストラはとても色彩的に響く。とても美
しい独特の音響世界である。それが「絵画を観ているときと同じような心の状態」かどうかは分からないけど……
こういう言い方をしてはドイツのプライドを傷つけるのだろうが、フランス音楽のようである。しかし、どこかドイツ的な無骨さ、重心の低さをも兼ね備えている。
私がふだん聴くことが多いCDはヘルベルト・ケーゲル指揮ドレスデン・フィルのもの。
旧東ドイツが崩壊し、ピストル自殺したケーゲル。
どこか謎めいた指揮者だ。
そして、彼の演奏には、良い悪いはともかく、何か強烈なメッセージが込められているように思われる。マティスのような作品だとなおさらそう感じる。
※ 参考図書:諸井誠「音楽の現代史」(岩波新書)
新館入口(2014.6.22~)
御多分にもれず参加中・・・
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