「私が育んだ石」 第1部「トロカツオ純情編」 その6

 火曜日。
 土曜日にのたうちまわって病院に着き、トロカツオ食当たり疑惑が晴らされ、真っ赤なオシッコが出て、イギリス人顔負けなくらいミルク・ティーを飲み、箸でカレーライスを食べ、夜中に看護婦さんを呼んだが何一つスキャンダラスなことはなく、そのお仕置きとして浣腸され、向かいの部屋の爺さんが亡くなり、入院患者の金品が盗まれる事件が多発しているという状況に置かれて、すでにものすごい年月が経ってしまったような気がする。
 考えてみればずっとシャワーも浴びていない。
 ミクロ・レベルで観察すれば、私のオチンチンの周りには血痕があるだろうし、肛門周辺には浣腸の成分が検出されるだろう。

 今日はエコー検査である。
 石はまだ出ない。
 石さえ出れば、私も病院から出られる。
 でも、金網には何も引っかからない。ニシンが去ってしまった日本海沿岸の漁師の苦悩が理解できる。

 エコー検査自体は簡単に終わる。
 人生の目的を失ったような、鎖に繋がれてただ寝転がっているしかない飼い犬のような気分で空虚な時をつぶす。

 暇だからオシッコに行く。
 向かいの部屋は空っぽのままだ。
 「向かいの個室が空きました。今なら入院料金そのままで個室へのグレードアップができます」と言われ、この部屋に移されたらいやだなぁ、と思う。そんなことは起こり得ないけど、起こり得るかも知れない。
 オシッコだけは勢いよく出る。
 金網にカチンと何かが当たる音は、しない。

 午後、副院長がやってくる。
 「いやぁ、まだ出ないんだって?でも、もう飽きたでしょ?」
 「ワンワン!ハァハァ!」
 私は散歩に連れて行ってもらえることになった犬のように尻尾を振った。よだれもたらしそうになった。でも、こういうときに反対のことを言ってしまうのが、私の致命的欠陥である。
 「はい。でも、感染症の恐れはなくなったのでしょうか?」
 「う~ん……」
 まずい、やばい、しくじった。
 彼は真剣に思考回路内で検討を始めてしまった。
 感染症には強いんです、と訂正すべきだろうか?
 「いや、抗生物質を出しますから、大丈夫でしょう。ただ、石が出たという確認がありませんから、また痛んだらすぐに来てください」
 来る来る、キャイィィィ~ン、ワンワン。

 ということで、私はこの隔離施設から奇跡の生還を果たすことができた。

 翌日、仕事に行くと上司が言った。
 「土曜の夕方に病院に電話したけど、おまえの名前は入院患者にはないって言われたぞ。どこ言ってたんだ?」
 土曜日だったので、病院事務のほうは終了していたのだ。事務手続きよりも入院行為が先行したってわけだ。それで氏名が確認できなかったらしい。
 でもさぁ、月曜日にもう一回電話してみるとか、月曜に仕事に来てなかったら自宅に電話するとか、ふつうならするんじゃない?

 結局、本当に入院していたということを分からせるために、必要以上の時間を要してしまった。

 今回、体内に残ったままの石は(あるいは別の石は)、5年後に再び勢力を増すことになる。

 以降、第2部「エッグサンド望郷編」に続く。