D.ショスタコーヴィチ(1906-75)の交響曲第13番変ロ短調Op.113「バビ・ヤール」(1962/1963改訂)。
1917年の革命を描いた第12番の交響曲の翌年に作曲・初演されたもので、E.A.エフトゥシェンコの詩を用いた、バスの独唱とバスの合唱を伴う作品。初演の後、歌詞の一部訂正を要求されたため、改訂がなされた。「バビ・ヤール」というのは、戦時中にドイツ軍がユダヤ人大虐殺を行なったウクライナの地名である。
なお、本作品については、今年の1月にも本稿で取り上げている。
エフトゥシェンコの詩「バビ・ヤール」は、1961年9月の「文学新聞」に掲載され、これを読んだショスタコーヴィチは深く共感した。翌年3月にショスタコーヴィチはバスの独唱とバスの合唱、そして管弦楽による交響詩を完成したが、さらに楽章を加えて交響曲とした。同年7月には残り4つの楽章を完成させ、全5楽章からなる交響曲となった。
エフトゥシェンコは、フルシチョフ時代の「雪解け派」の詩人であるが、やがてソヴィエトで雪解けが後退し保守化が進むにつれ、微妙にスタンスを変えたため「ご用詩人」と非難されるようになった。
ソヴィエトの「雪解け」は、1956年の党大会でフルシチョフがスターリン批判の暴露演説を行ったことで決定的になる。ショスタコーヴィチもこれを受けて、プラウダ紙に寄稿し、若手音楽家に革新を呼びかけた。
ところがショスタコーヴィチがこの時期に書いた交響曲(第11、12番)は、標題交響曲であり、革新的とは言えないものであった。
しかし、ソヴィエトの恥部とも言うべきユダヤ人問題を扱った第13番が発表されたとき、もう「雪解け」に対してギヤはバックに入っていた。そんな状況だったため、フルシチョフによって歌詞改訂が要求されたのである。
最初に書かれた交響詩は「バビ・ヤール」という詩によるが、これが現在の第1楽章である。さらにショスタコーヴィチはエフトゥシェンコの詩集から詩を選び、第2楽章は「ユーモア」、第3楽章は「商店にて」、第5楽章は「立身出世」とした。また、第4楽章「恐怖」は新たに書きおろされた詩を用いた。
先に書いたように、この交響曲では声楽としてバスの独唱とバスの合唱が用いられているが、さらにコントラバスは5弦のものが指定されている。それ だけ低音が強調された作品となっている。
第1楽章「バビ・ヤール」
キエフ近郊の渓谷の名。歌は『バビ・ヤールに記念碑はない』という歌詞で始まる。虐殺の恐怖がショスタコーヴィチの音楽とともに聴き手に迫る。
第2楽章「ユーモア」
スケルツォ楽章。どんな権力者もユーモアを支配することはできない、と歌われる。
第3楽章「商店にて」
ソヴィエト女性が食料を買うために店で長い列に並んで待っているたくましくも忍耐強い様子を描く。なお、第3楽章から第5楽章は続けて演奏される。
第4楽章「恐怖」
かつての恐怖政治を思い起こしながら、いま、ロシアでは恐怖というものが死にかかっていると歌われる。
第5楽章「立身出世」
とても不思議なフルートの二重奏によるメロディーで始まる。 安らぎがあるが、どこか不安な旋律(実際第4楽章からこの楽章に入るとほっとした気分になる)。それは言葉では言い表せない(掲載譜。KALMUS版)。出世とは何かということを皮肉たっぷりに歌う。そして最後の歌詞は「つまり私の立身出世の方法は立身出世をしないこと!」。まさに、エフトゥシェンコがとった道と言える。
1月の投稿時にはコンドラシン/モスクワ・フィル盤を紹介したので、今回はそれに比べると整然としたハイティンク/アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団(独唱:マリウス・リンツラー、合唱:アムステルダム・コンセルトヘボウ男声合唱団)を取り上げておく。整然とといっても「つまらない」演奏ではない。むしろ音楽としてはこちらのほうが交響曲らしく聴こえるとも言える。ただし、破綻がないのがいいのかどうか、というのが難しいところだ。Deccaの425 073-2である↓。
第13番の次は“形状不明”な第14番である。
参考文献:「ショスタコーヴィチ大研究」 春秋社
新館入口(2014.6.22~)
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