「私が育んだ石」 第2部「エッグサンド望郷編」 その4

 朝、早めに診療所に来ていただけるようにお願いしていたので(妻に対して)、彼女は子どもたちも乗せて8時すぎに診療所にやって来た。おまけにテントやらコンロやら寝袋やら、無計画に積み込んでいて、車の中は戦時中の旅客列車みたいだった。つまり、いくら痛みが消失したとはいえ、病気上がりの人間とはこれ以上キャンプなんてできないということで、引き上げてきたわけだ。

 Y家は昼過ぎまでキャンプ場で過ごすという。
 ウチは「私のせいで」早々に札幌帰るのだ。「せっかくのキャンプが台無しだわ」という無言の抗議が車内に充満していた。

 車は私が運転した。
 荷物でぎゅうぎゅうの車内では、運転席がいちばんゆったりしていたからだ。

 下腹部に痛みの「残渣」みたいなものがあったが、もう大丈夫だった。
 つくずく旭川に送られなくてよかったと思う。

 「そういえば昨日、イカ売りの人が来てたでしょ?」
 「ああ、あれ?近くのテントにいた人が酔っ払って叫んでたの」
 チクショウ!酔っ払いのたわごとか!
 イカで往復ビンタしてやりたい気分だ。

 そんなことより、私はとにかくシャワーを浴びて、着替えをしたかった。

 自宅に戻る。
 シャワーを浴び、着替える。
 やっといつもの素敵な私に戻った。
 日曜日である。無理だろうとは思ったが、電話帳で急患応需という広告を載せている泌尿器科何軒かに電話をかける。いずれも「当院に今までかかったことがあるのでしたら診れますけれど、初診の方は……。いま痛みが治まっているようでしたら、明日いらして下さい」というものだった。世の中には応需してもらえる初診の急患はいないことがわかった。
 最後に、近所でも悪評高き救急病院に電話をかけた。ウェルカム・モードで診てくれるという。そこでCTを撮った。
 確かに石が写っていた。
 だが、それだけだった。
 だからどうしろという診断はなかった。
 結局、無駄に検査料と休日診療代を支払っただけに終わった。

 翌日、泌尿器科に行く。
 尿検査では、少しだけ血液が混じっているという。
 でもその医者は、こう言った。
 「石はね、痛いでしょ、すっごく。でも、ガマン、ガマン。何時間かすると痛みが消えるから。そして、流れちゃうから。石で尿管が詰まるとその手前の腎臓がたまった尿で腫れてすっごく痛むの。でも、人間の体ってうまくできたもんで、やがてもう1つの腎臓ですべてをやろうとして、詰まった側の腎臓の尿も吸収されて腫れが引くわけ。そうすると痛みはすぅーっと消える。あなたの今の状態がそうだね。だからまだ石が尿管を塞いでいるとしても、もう腎臓が腫れることはない。石が自然に膀胱まで下りて、さらに外に出るのを待つだけ。ただ、ずっと尿管が詰まったままだと、その腎臓の機能が低下してしまって腎不全になる。昨日、検査したっていうから今日はしないけど、1ヶ月後くらいにもう一度来て。そこでまだ詰まっていたら、治療するから」

 果たして、石はまだ尿管にとどまっているのだろうか?
 としたら、私は片側一方の腎臓だけで尿を生産していることになる。
 子どものころ、腎臓は1つだけでも十分、と聞いたことがある。
 それで、たとえば自分の子が重度の腎臓病のときは、親が子どもに自分の腎臓を一個移植してあげても大丈夫だと。腎臓を売るということも、貧しい国では行なわれていると聞いたことがある。
 でも、こういう目に遭うと、自分の腎臓が2つあって良かったとつくずく思う。

 1ヵ月後。
 私は、再びE泌尿器科医院を訪れた。