「私が育んだ石」 第3部「醤油ラーメン舌鼓編」 その2


 週があけた火曜日。
 私は不測の事態が起きてもよいように生命保険証書を家の分かりやすい場所に起き、契約印を分かりにくいところに隠し、子どもに「今年はサンタクロースは来ないかも知れない」と告げて病院に向った。

 まず最初にCTの再検査。
 あの石絵未季には似ていない検査技師は、同情の瞳で私を迎えてくれた。
 「手術することになったんですってね」
 「はい。手術することになりました」
 「自然には出なかったんですね」
 「ええ。自然には出ませんでした」
 「では検査をしましょう。もしかすると気づかないうちに流れ出てしまっているかもしれません」
 「あなたの優しさに神の祝福あれ!」

 検査結果の結果、石はちゃんと元の位置にとどまっていた。
 すぐ分かるようなウソをつきやがって。彼女は性の悪いうそつきか、驚くほど世間知らずなのだろう。でも、憎めないタイプだ。美人というものはちょっとしたことで鼻につくが、この水準の女性は実に中庸的で得をするタイプなのかもしれない。

 医者が言う。
 「う~ん。ちょっと腎臓の働きも弱っている感じがしますねぇ」
 以前、様子をみろと言ったくせに……
 「やはり明日、石をとりましょう!」
 実に健康的なノリだ。まるで金鉱探しに出かけましょう、と誘われているかのようだ。これで本当に金が出てくるのなら、私だって志願して手術を受けるところだが……

 入院着、つまりパジャマに着替える前に、近くのセブンイレブンに買い物に行くことにする。コンビニで立ち読みしているボーッとした学生や、おにぎりを突っつきながら品定めしている近隣住民らしきおばさん、暇そうにしている店員の兄ちゃんは、よもや私が明日手術を控えた病人だなんて想像もつかないだろう。そう考えると、自分がすごい苦悩を人知れず抱いているようで、ちょっぴりおセンチになってしまう。

 私はミネラルウォータを山ほど買ってきた。病院へ帰るわずかな距離に、買い物袋を持った手がもげてしまうのではないかというくらい。
 冷蔵庫の扉が開くとそこにはミネラルウォーターのボトルが整然と並んでいる。
 そんなコマーシャルのような光景が、病室で私に与えられた冷蔵庫にも繰り広げられた。あまりにも整然と並んでいるので、飲むのが惜しくなったくらいだ。

 さて、パジャマに着替えたあとは……することがない。
 明日チンチンの先に管状のものを突っ込み、石をつまんで取り出すだけだ。
 特に事前の準備は必要ないらしい。心の準備だけでいいのだ。
 最後に残されたかすかな望みは、このミネラルウォーターによって自然排泄されることだが、ほとんどその可能性はないだろう。

 病室は6人部屋。部屋に入ると左右に3床ずつベッドが並んでいる。私の側は私だけ。いちばんドア側のベッドが与えられた。オシッコに行きやすい配慮だろうか?
 向かいの側は入り口側と中央のベッドに年齢条件をそろえたような爺さんが入院していた。よくは分からないが、前立腺の手術をするらしい。つまりこの部屋の住人は、私を含めて3人である。
 2人は数日前から入院しているらしく話も弾んでいたが、こと病気に関する話題になると、聞いていても腹立たしくなるくらいトンチンカンなことを話していた(無知という意味で)。

 「お兄さんはどこが悪いの?」
 「結石です。明日手術します」
 私は会えて「で、そちらさまはどこが悪いのですか?」とは尋ねなかった。ひどいことに巻き込まれるに違いない。

 無意味な雑談を無視して、私はひたすら水を飲み続けた。