「私が育んだ石」 第3部「醤油ラーメン舌鼓編」 その4(最終回)

 尿には血液らしい混濁は観察されなかった。
 ひとまずほっとする。
 しかし、今までとどこかが違う。
 何が違うのだろう?
 眼をこらす。

 す、すると、底に何やらあるではないか!

 私は今度は上から見た。
 泡の切れ目から米粒のようなものが底に沈んでいるのが確かに見える。ナメゴンの卵のようにも、溺死したウジムシのようにも見える。

 数秒間経ち、私は脳内で16ビットの演算速度で結果を導き出した。
 「い、石だ……間違いない、これが石なのだ!」

 思わずピッチャーに手を突っ込んで取り出したい気分になったほどだ。どうしてここに菜箸がないのだろう?気が利く泌尿器科分野の妖精が現れて、柄の長いピンセットをどうして差し出してくれないのだろう?「私が出したのは金の石です」なんてウソはつかないのに……

 このことをいち早く看護婦に知らせなくてはならない。誰だって朗報は1秒でも早く知りたいに違いない。あるいは、急がないと「もう、手術の準備が整いました。整ったからには止めるわけにはいきません」と言われるかもしれない。

 私はピッチャーを手に、ナースステーションまで早歩きで向った。
 ピッチャーのなかの黄金の液体が振動でローリングを起こす。いけない!ここが船長の腕の見せどころ!飛び散らないよう気を遣いつつも、もはや私の足はいうことをきかない。そのために重度の切れ痔患者のような歩き方になってしまった。

 今思うと、このときよく転ばなかったものだと、ぞっとする。
 もしここで転んでいたら、廊下はションベンでビチャビチャ、ピッチャーはカラカラと階段のほうまで転がっていき、苦労して産んだ石は行方知れずになるという大惨事になるところだった。
 なるほど。こういうときのために、ピッチャーは大きいに越したことはないのだ。大は小を兼ねる。ローリングのうねりは想像以上に大きくなるのだ。

 ナースステーションにたどり着くと、そこにはこれから始まる一日の憂鬱を顔一面に浮かべている看護婦がいた。
 彼女は興奮した面持ちでピッチャーを手にしている私を見て、ちょっぴりと憂鬱から解放されたようだった。かけられるかも、と勘違いしたのかもしれない。
 私は「ど、どうやら石が出たみたいなんです。ポコって感じで、いや、キュンって感じだったかな。あら、いや、いやだっ!アタシったら、どうしちゃったんだろう?何言ってるのかしら……」と、コンパで悪酔いしたモテない女みたいな口ぶりでその看護婦に報告した。
 

 彼女は私の果実を見て、「あら、よかったですね」と無感動に言った。
 私が傷つきやすい十代だったら、彼女の頭からピッチャーの中身をかけたあげく、そのあとは人生レベルでグレて悪い仲間と付き合うようになっただろう。

 意味深げな固形物を含む貴重な液体を彼女に没収され、私はいったん病室で待っているように指示された。
 しかし、なかなか手術中止の知らせが来ない。
 考えてみれば、このときはまだ8時過ぎ。病院はまだ業務を開始していない時間だったのだ。おそらくは医者だってまだ来ていないのだろう。
 でも、そのときの私にはそこまで頭が回らない。とにかく出たのだ。ここも早く出たい。
 「石は1個だけとは限りません。管を突っ込んでとことん調べましょう」と言われたらどうしようか?
 不安がよぎる。

 ようやく1階の外来に行くように指示される。何世紀も待ったような気がした。
 外来の待合室をパジャマ姿で横切るのは、自分がストーリー・キングになったような恥ずかしさを覚える。外来患者たちは私の姿を見て、どこか憐れんでいるように見える。「今は入院患者の姿をしているけど、オレは出したんだよぅっ!」と待合室集団に教えてやりたい衝動にかられた。

 医者が「ちぇっ、出されちゃったか」といった感じで言う。
 「いやぁ、出たね。すごいね。じゃあ、帰っていいよ。はい、これ記念品」
 そうやって、プラスティックのシャーレに入った“私の尿管結石”を渡された。
 つい数時間前に見て記憶していたよりもずっと302a50bf.jpg 小さいものだった。先ほどは液体の中にあったので、少し大きく見えたのだろう。それにしても、こんなに小さいくせにあれだけの痛みをもたらすとは、この石こそが“パワー・ストーン”と呼ばれるにふさわしい。

 病室に戻るとおじさんたちは給餌を待つ牛のように私を見た。私は「急遽、手術中止になりました」と極力表情を固くしながら、いやむしろ悲しい出来事があったかのようなふりをして、服を着替え始めた。
 こういうときは着替えるスピードが実に難しい。心理学、哲学、倫理学、道徳の知識を結集してアクションを起こさなくてはならない。風俗店で野獣と化した男のようにそそくさと着替えると、残された入院患者の反感を必要以上に買ってしまう。かといって、あまりにものんびりしていると幸福な人間が不幸な人間をいたぶっているように思われるし、場合によっては「そんなに名残惜しいならもう一泊していきなさい」と看護婦に引きとめられる恐れがあるからだ。

 「いったいどうしたんですか?」。おじさんたちは、かぐや姫を月に帰したくないといった顔つきで私に尋ねる。
 「実は、今朝がた、出たんです」
 「……」
 他人の幸福を素直に喜べない、ねたみ深い者たちよ!でも、気持ちは分かる!
 でも、おじさんの片方は「昨日、あれだけがんばって水を飲んでいたもんなぁ」と言ってくれた。密かに観察されていたのだ。

 ミネラル・ウォーターの大量摂取によって石が流されたのは間違いない。しかも、昨夜のうちに膀胱まで落ち、さらに尿管の終わり付近まで来ていたのだ。あの寝る前に陰部に走った痛みは、そこまで石がたどり着き、居座ったことによる違和感だったのだろう。

 そんなとき妻が病院に来た。
 「どうしたの?」
 あたかも最初から私が何か良くないことをしたかのような言いっぷりだ。
 「出た。出した」
 「ふ~ん。よく出たわね」
 パチンコじゃないんだ。もうちょっと人間味のある日本語を話せないものか?百歩譲って、もうちょっと私を人間らしく扱えないのか?
 「これからはもっと食生活を考えなさい」
 スターリンじゃあるまいし、なんと指導者然とした言い方であろうか!
 「はいはい、これからは日々、肌からにじみ出るくらい水を飲みますよぉーだ」と私は心の中でつぶやいた。

 こうして私は体を傷つけることなく退院した。結果だけをみれば、これは私の自助努力の賜物である。
 一泊という短いが食料を持ち合わせていない遭難者のような生活で、私はラーメンが食べたくてしかたなかった。退院したその足で、近所のショッピングセンターに行き、そのなかにあるラーメン屋で醤油ラーメンを食べた。妻にも迷惑料としてご馳走してやった。彼女は広東メンを食べた。
 「ここの広東メン、あまりおいしくない」
 どこまでも根性の曲がったやつだ。広東に行ったこともないくせに、いったい広東メンの何がわかるというのだ!
 そんなことよりも、私は自由の身になった喜びをかみしめながら、ラーメンをすすった。でも実は、醤油ラーメンもおいしくなかった。

 でも、いょ~っ、ポンッ!(←鼓)

 あれからもう8年経つ。
 しかし、いまのところ結石が再発する兆候はない。

 最初は白く輝いていた(ような気がする)シャーレの中の私の石は、経年変化のせいか、さびれた海水浴場にある公衆便所のなかに3つくらい並んでいる、小人用かと思わせる異様に高さのない小便器の、その端々にこびりついている固化した汚れのような茶色を呈してきた。
 そりゃそうか……尿路結石は、腎結石であれ、尿管結石であれ、膀胱結石であれ、尿石そのものなんだから。 (終わり)