ロシア国民楽派の1人、A.ボロディン(1833-87)の音楽は、どちらかというと野蛮とも言える一面もあるが、私にはなぜか懐かしさを感じさせるものがある。私の先祖の原人魂が呼び起されるのかもしれない。
ボロディンがロシア五人組に加わったのは1862年のことで、5人中最後の1人であった。彼は科学者で、ペテルブルグ医大の薬学科を卒業後、ハイデルベルク大学に留学、「砒素と燐酸の相似点について」というタイトルの博士論文を書いた。生涯を科学者(化学者)として過ごし、音楽活動はその合間に行われた。
化学者の書いた音楽が、これほどまでに力強く、バーバリックなのはちょっと不思議な感じもするが、それは単なる私の偏見というか、思い込みか……
チャイコフスキーはスポンサーだったメック夫人に、1878年1月に五人組について書いた手紙を送っているが、そのなかでボロディンについては次のように書いている。
《ボロディンは医大の薬学教授で50歳。これまた有能で、目をみはるほど、と言ってもよいでしょう……。しかし風格の点ではキュイに劣り、またテクニックがお粗末なので、他の人の助けを借りなければ一行も書けません。》(H.C.ショーンバーグ「大作曲家の生涯」中巻:共同通信社)
その後、五人組は分裂したが(自分の思い通りにいかなくなったバラキレフは、自分が作った五人組というサークルを去った)、自らを「日曜作曲家」と呼んだボロディン教授は、それに悩みはしなかった。
《私が見る所では、これは当然の成り行きだ。われわれが雌鶏(バラキレフを指す)の腹の下の卵である限り、誰も似たようなものだ。しかし、雛が殻を破ると同時に、羽根が生え始める。羽根の色はどれも違う。そして翼が丈夫になるにつれ、雛は本能の赴くまま、勝手な方向に飛び立とうとする》(同書)
う~ん。さすが、理系人間的な冷静な分析である。
ボロディンの代表作は歌劇「イーゴリ公」(1869-70,1874-87)だが、20年ほどをかけたものの未完に終わったこのオペラについては別の機会に書くとして、今回は交響曲第2番ロ短調(1869-76,改訂1879)。この交響曲では、「イーゴリ公」の草稿で取り除かれた部分が無駄なく利用されているという。
この交響曲を初めて耳にしたとき、私はその出だしに、 大げさではなく「なんと型破りな感じなんだろう」と思ったものだ。同じ第1楽章の終り方もありきたりじゃないし、続く第2楽章の始まりだって「おぉっ?」ってもんだ。
それから終楽章の、こっちがノッていこうとしているのに変拍子ではぐらかすようなリズムのおもしろさと、木管による音のリレー(掲載譜。このスコアは全音楽譜出版社のもの)。こういったリレーは「イーゴリ公」の序曲でも聴かれるが、なんか楽しくなっちゃう。バトン落とすなよ!って言いたくなる。大太鼓にシンバルにタンバリン……。おぉっ、鳴り響けぇ~っ!
別にボロディンが奇をてらっているわけじゃないんだろうが、聴く側としては、なんだかガラパゴス島で生まれた既成概念を打ち破るシンフォニーのような印象を受けてしまう(第1交響曲も魅力に富んでいるが、この曲ほどユニークではない)。
ショーンバークは先の本で、この交響曲についてこう書いている。
《「交響曲第2番ロ短調」は傑作である。ボロディンはオーケストラの音に対する洗練された耳を有し、リムスキー=コルサコフと緊密な関係にあったためもあり、ヨーロッパのどの作曲家にも負けないぐらいに、オーケストラの各楽器の性能を詳しく知っていた。リムスキー=コルサコフはよく、3つ、4つの楽器をかかえてボロディン家を訪れた。2人は週末を利用してテューバ、イングリッシュ・ホルン、バスーンなど、手当たり次第に楽器を鳴らし、実験した。
2人はこうして、オーケストラの各楽器の使い方を身につけた。「交響曲ロ短調」には、華麗で、快活で、エキゾチックな趣きのメロディーのほかに、稀有の個性が作り上げた、一種の独特な輝かしいオーケストラの音がある。リムスキー=コルサコフはオーケストラの巨匠の一人と目されており、事実その通りなのだが、そのスコアは、ボロディンの「交響曲ロ短調」の見事なまでに明瞭な音に比べれば、いささか厚ぼったい。ドビュッシーとその音楽院の友人たちは、この作品を、チャイコフスキーの“三大交響曲”を含めたロシアの全交響曲中の最上位に置いている》 (注:「稀有」は「けう」と読むことを、ここで麻生さんにお断りしておきます)
そうなんです。べた褒めですが、まさにそうなんです。すごいんです。いっちゃいそうです。
また、ワインガルトナーも、「ロシアをまだ見たことのない人たちも、ロシア人の生活の完全な描写を提供するチャイコフスキーなどの悲観的なロシア音楽とは反対に、この作品はあふれでる気迫、生活への愛情と、自然の力をあらわしている。それは、ロシアの自然への讃歌であり、ロシアの大地を照らす太陽への讃歌だ」と書いている(という)。
なお、この曲はその力強さから、V.スターソフ(1824-1906)によって「勇者」の名前がつけられた。それ以外にも「獅子」とか「スラヴの英雄」という呼び名もある。しかし、いずれの名も、「余計なお世話」な、まったく必要のない(むしろ邪魔な)タイトルだと思う。
CDは、第1交響曲のときに紹介した、ゲルギエフ指揮ロッテルダム・フィルのものをここでも挙げておく。
今朝も除雪車の音で目ざめ、4:30起床、パジャマの上からスウェットを着こみ、現実的雪かき。
朝刊配達のおじさんと、笑顔で「おはようございます!」
吐く息が白く散っていく……
あぁ、忘れれかけていた局地的コミュニケーション!
でも、ゆっくり寝ていたい……
新館入口(2014.6.22~)
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