e7d43441.jpg  ポーランドの作曲家、H.M.グレツキ(1933- )の交響曲第3番Op.36「悲歌」(1976)。

 グレツキはカトヴィツェ高等音楽院で学んだあと、パリでO.メシアンに師事した。音列技法を中心とした新しい音響空間を模索したが、1970年代からは、中世的・神秘主義的素材に着目して、前衛から脱却する傾向を示したという。

 彼の交響曲は3曲ある。
 第1番Op.14は1959年の作曲で、「1959年」というタイトルを持っている。弦楽、ピアノ、チェンバロ、打楽器による編成。
 第2番Op.31は1972年の作曲。「コペルニクス党」というタイトル。ソプラノとバリトンの独唱、合唱とオーケストラという編成。
 そして第3番は1976年の作曲。ソプラノ独唱とオーケストラという編成。タイトルは「悲歌」であるが、「嘆きの歌の交響曲」とか「悲歌の交響曲」とも呼ばれる。

 交響曲第3番は3楽章構成。それぞれの歌詞は、以下による。

 第1楽章~15世紀後半のポーランドの「聖十字架修道院の哀歌」から、「祈りの言葉」。
 第2楽章~ザコパネの「パレス」第3独房の壁に刻まれていた、ヘレナ・ワンダ・ブワジュシャヴナというサインがある祈りの言葉。「18歳。1944年9月25日から投獄」とも記されていた。ザコパネは第2次世界大戦中にナチス・ドイツの秘密警察本部があった場所である。
 第3楽章~カトヴィツェの北西、オポーレ地方の民謡。

 さて、その音楽そのものであるが、ロバート・P・モーガン編(長木誠司監訳)の「世界音楽の時代」(「西洋の音楽と社会」~第11巻「現代Ⅱ」。音楽之友社)には、この作品について次のように書かれている。

 《……そしておそらく最も驚くべきなのは、ポーランドの作曲家ヘンリク・グレツキの、ソプラノとオーケストラによる交響曲第3番の新録音が1993年初頭のイギリスにおいてポップ・ヒットチャートに入り、突然注目を浴びたことである。〈神聖なミニマリズム〉と呼ばれる彼の音楽は単なる流行にすぎず、常套句だらけであるとする人もいるが、その第1楽章(15世紀のポーランドの祈祷文「聖なる十字架の嘆き」による)は、続く2つの楽章の誠実な口調にまさるとも劣らない直接的な感情と真の必然性をもっている》

 ここに書かれていることは、ミュージカル音楽の作曲で有名なアンドリュー・ロイド=ウェッバー(1948- )が1984年に書いた「レクイエム」が、やはりイギリスでヒット・チャート入りした話を思い起こさせる。
 いずれにしろ、こういった現象の背景には、広い範囲での「クラシック音楽」というジャンルにおいて「前衛音楽」が崩れ去り、聴衆に受け入れられやすい音楽が生まれる時代になったということがあるのだろう。

 事実、グレツキの交響曲第3番は、一言で言えば「美しい」。耳に心地よい。用いられたテキスト(の邦訳)は、心を打つ。
 全曲の半分の30分を占める第1楽章は、巨大なカノンである。徐々に声部を増してゆき10声部にまでなるが、そこで歌が入る。歌い終わると、前半とは逆に、徐々にカノンは静まっていく。つまり歌を中心に対称的な形となっている。
 第2楽章は、まさに敬虔な祈りの曲。歌詞が2回繰り返し歌われる。
 そして、第3楽章は戦争で息子を失った母の悲しみの歌である。

 どこをとっても、とても切ないが甘い美しさに満ちた曲である。
 が、先の引用にあるように、それが表面上の効果を狙った流行性のものに陥ってしまう危険性もはらんでいる。
 この曲の美しさや旋律の受け入れ易さは、しかし、飽きられやすいという弱点も持っている。
 永遠に残る名曲となるかどうかは、今後の歴史が証明していくのだろう。

 私が聴いているCDは、カジミエシュ・コルド指揮ワルシャワ・フィル、ヨアンナ・コショウスカの独唱による演奏。フィリップスのPHCP9239(1993年録音)。現在は廃盤。
 とてもていねいなアンサンブルの演奏である。