当たり前である。
 毎年のことである。
 失礼した。
 気分を替えてくれ!お願いだ!

 ♪

 20年ほど前、1月の末に出張で1人で東京行ったときの話。
 それまでも東京には何回か出張したことがあったが、1人で東京に行くのはこのときが初めてだったの韃靼そば茶。
 うふっ、初体験!
 いまではANA一筋の私だが(言葉の音だけ聞くとすっごくHである)、このときは鶴のマークのニホンコウクウ=JALを使っていた。若造だった私は(わかづくり、ではない)、課で庶務を担当していた「大先輩」のお姉さまが手配する航空券に、「あのぅ、ボク、アナが好きなんです」なんて、好き嫌いを言える立場になかったのだ。好き嫌いを言うなんて十年早い、と睨まれるだけで終わらずに、意味を勘違いされて受け止められてもひどく困るし、場合によってはかなり厄介になる恐れもあっただろう。

 東京に着いてすぐに会議に出て、夕方はフリー。
 そこで、当時噂に聞いていた“六本木WAVE”に行ってみた。
 なんでも、すっごくCDがあるらしい。
 会議があったのは虎の門だったので、地図片手に六本木まで歩いた。
 けっこう歩きがいがあった。
 何度も挫折しそうになった。
 ときどき放送されていた「はじめてのおつかい」の番組を後年になって観たとき、このときの自分の心境とオーバーラップし、子供たちに深い共感を抱いてしまった。っていうのは、ウソでござる。今日は4月バカ。エープリール・フールだもん。まあ、年がら年中フールの私だけど……

 札幌ではあまり大きなCDショップがなかったので、WAVEに着いたときには、興奮で私の心電図はBig Waveを描いていたに違いない。
 あんなにCDが並んでいるのを見たの、初めてだったような気がするのは、私の記憶違いかしら……いえ、違うばってん、確かにたっくさん並んでいたでごわす……だって、何から見ていいか、私迷っちゃって、しばらくは近衛兵みたいに突っ立ってしまったもの……それは、濃霧のなかに置き去りにされて疑似浮遊しているような感じだったべ……

 興奮、衝撃から気を取り直して探したのは、ラフマニノフの交響曲第3番のCDだった。
 その1年半ほど前の札響の定期で秋山和慶がこの曲a49af583.jpg を指揮したのだが、それを思い出したのだ(チラシにも書いてあるように、秋山は知られざる名曲の紹介にトライした。ついでに言うと、この日は今では巨匠の前葉体に、いや、巨匠の栄養体になったとも言える、ルイサダが共演しに来てくれたのだ!)。
 当夜の演奏はFM北海道で放送され、それをエア・チェックしたものを聴いていたのだが、たくさんのCDを目の前にしてすっかり舞い上がってしまった私は、何のCDを探しに来たのかすっかり短絡スパークしてしまい、この曲しか頭に浮かばなかったのだ。

 でも、さすがWAVE。ちゃんとこういう曲のCDも平然と、しかも奥ゆかしくその他大勢の中の1枚として棚に並んでいるではないか。お兄さん、うれぴくなちゃった。

 ラフマニノフ(1873-1943)の交響曲第3番イ短調Op.44(1935-36/38改訂)は、楽章の数は3つだが、全曲の演奏時間は40分、となかなかの大作である。
 一言で言えば、多国籍というか、国籍不明という風に聴こえる音楽である(私には)。それまでのラフマニノフの特徴であった叙情性豊かな甘美な音楽は多少影を潜め、彼のマンネリズム(しかし、これは彼の音楽の魅力でもある)を感じさせない、リズミカルな音楽となっている。
 そのころ移り住んでいたスイスで作曲され、遠く離れた祖国を想いながら書かれたというが、この曲にはロシアへの望郷というよりは、もっと南国的な雰囲気も漂っているし、その展開はアクション映画の音楽のようでもある。
 ということは、彼の作品にありがちな、退屈、しつこい、ねちっこい、という要素がとても少ないのである。

c6df58ff.jpg  六本木WAVEで私が買ったCDはマッケラス指揮ロイヤル・リバプール・フィルハーモニー管弦楽団のもの(写真。1989年録音。EMI-EMX2154(輸入盤))。この演奏は、現在はEMIのセラフィム・レーベルで販売されている(ジャケット・デザインも異なる。TOCE74280↓)。カップリングは交響曲第3番と姉妹関係にあるとされている「交響的舞曲Op.45」(1941)。

 その後、札幌にもPALS21という大型CDショップができ(玉光堂の店舗。テナントとして入っていたビル側の事情により、いまはもうなくなってしまった)、またWAVEだってできた。
 WAVEってまだどこかの地にあるのだろうか?いつの間にか消え去ってしまったように思うのだが……
 札幌では今、クラシックのCDをまともに品揃えしているのはタワー・レコードぐらいしかない。でも、20年前に、こんなショップができるなんて夢にも思わなかった。もっといえば、インターネットで何でも探せる世の中になるなんて、逆立ちしても想像できなかった。
 私、逆立ちデキナイケド……

 ところで、この初めての東京単独出張だが、その日の夜関東は大雪。
 結局、翌日は空港閉鎖で札幌に帰ることができなかった。
 やれやれ。
 それから、宝の山のようなたくさんのCDを目にしたのに、私が買ったのはそのラフマニノフの1枚だけだった。このときの私のように、人間、予想以上のことに遭遇すると、あとから冷静に考えたら理解不可解な態度をとるようである。