巷では皆既日食がどうのこうのと話題になっているが、太陽の話ではなく惑星の話。
 ホルスト(Gustav (us Theodore von) Holst 1874-1934)の組曲「惑星」Op.32(Suite “The planets" 1914-16)。

 エルガーの交響曲第1番の記事のときに、イギリスではパーセルのあと200年間に及ぶ音楽不毛時代があったことを書いたが、ホルストはそのイギリス音楽復興において、エルガーと並ぶ作曲家である(エルガーは1857年生まれ)。なお、ホルストの父はスウェーデン人である。
 ただ、今になってもホルストについての評価というか研究はいまひとつの感がある。「あっ、『惑星』を書いた人ね……」って具合に片づけられてるというか……。

 ホルストはなぜ惑星を題材にした曲を書いたのだろうか?科学的興味からであろうか?
 そうではないだろう。
 だとしたら、各曲に惑星の名前のほかに副題なんて付けなかっただろうから。

 あらためてかくと、この組曲を構成する7曲は次のとおりである。

 1.火星   戦争の神(Mars―The bringer of war)
 2.金星   平和の神(Venus―The bringer of peace)
 3.水星   翼のある使いの神(Mercury―The winged messenger)
 4.木星   快楽の神(Jupiter―The bringer of jollity)
 5.土星   老年の神(Saturn―The bringer of old age)
 6.天王星  魔術の神(Uranus―The magician)
 7.海王星  神秘の神(Neptune―The mystic)

 ここには地球と、作曲当時にはまだ発見されていなかった冥王星(数年前に惑星から格オチされててしまったが)は含まれていない。
 また、実際の惑星の並び方は、学校で習ったことを真実とするならば、太陽に近い順から水星→金星→(地球)→火星→木星→土星→天王星→海王星→冥王星となるが、ホルストの組曲の順序はこのとおりにはなっていない。
 私には詳しいことはわからないが、この曲が科学的興味から書かれたのではなく、神秘主義的なアプローチで書かれたことは間違いないと思われる。
 脇田真佐夫は、「絶対!クラシックのキモ」(許光俊編著:青弓社)のなかで、この曲のキモを、《テーマ的には世紀末芸術にも顕著だった占星術などの神秘的なものへの傾倒が顕著であることと、それを表現するオーケストレーションの妙にある》と書いている。

 中学生の時、私は近くの小さな小さなレコード・ショップでこの曲の廉価盤LPを見つけて買ったが(セラフィム・レーベルのストコフスキー/ロスアンジェルス・フィルのもの)、このLPのジャケットは、いかにもって感じで土星の写真が印刷されていた。
 私がレジに行くと、これまたいかにも雇われ臨時店長(もしくは主任)って感じの若い男の人と、やっぱりいかにも学生アルバイトって感じの女の子が、運命的にいかにも暇そうにしていた。
 私が差し出したLPを見て、店長らしき男がバイトらしい女の子に「この星なんていうか知ってる?」と質問した。女の子は「う~ん、何て言ったっけ?」といかにも困惑した表情で答えている。明らかに中学生の前で恥かかせやがって、とちょっぴり怒っている。それ以上に明らかなのは「何て言ったっけ」と思い出せないのではなく、明らかに最初から何も知らないということだ。
 店長らしき男は、私の方を見てニヤリとしながら、「これも知らないなんて困ったもんだよね?土星だよね!」と言った。もし、ここで私が「いえ、これは海王星だと学校で習いましたが……」と答えたらどんな展開になっていたのだろう。今になって「ええ」とだけ答えた自分が悔やまれる。
 ストコフスキーの演奏はつまらなかった。というよりも、ほとんど記憶に残っていない。もっともその頃の私のレコードプレーヤーったら、ターンテーブルがEPレコードサイズで、LPをのせると皿だけが異常発育した河童の頭みたいになってしまうもの。ろくな音は出ていなかったのだ(それでも感銘したLPは多々あるから、やっぱりストコフスキーが悪いのだろう)。

300f60d0.jpg  いま私が最高と思っている「惑星」の演奏は、レヴァインがシカゴ響を振ったもの。
 もう、こんなに鳴り響くというか、鳴り響きすぎる「惑星」はそうそうないだろう。しかも乱れるところがちっともないところがさすが!1989年の録音。レーベルはグラモフォン。冥王星が落ちぶれた今、もはや1,000円で買えちゃう。全然関係ないけど……
 ジャケット・デザインも、よく考えられている感じだし、いいわぁ~。

 ところで、この曲の終楽章である「海王星」では、舞台裏から女声合唱が流れてくる(混声6部。歌詞はない)。「あぁ、神秘的な美しい歌声。どんな人たちが歌っているのかしら」と思ってしまうが、彼女たちは最後まで姿を現さない。拍手の時になっても現さない。
fe71e42d.jpg  ここでの指示は「コーラスは舞台裏に位置し、最後の小節まで開けられていた扉をゆっくりと静かに閉じよ。そして最後の小節の女声コーラスは遠くに消えるまで繰り返せ」という、秘技「フェード・アウト」(掲載したスコアはBOOSEY&HAWKES社のもの。現在は国内版スコアも出ている)

 小池ちとせは「オーケストラの秘密」(金子建志編:立風書房。現在入手不可)のなかで、《いずれにしても終演後の拍手の最中に着がえもなしに(ステージに出ないので衣裳を着ける必要がない)一早く帰途につくのも女声コーラスのメンバー達である》と書いているが、うん、確かに言われてみれば衣裳をつける必要はないわけだ。
 海王星を聴きながら、この美しい合唱は実はジャージ姿のばあさんたちだったらどうしようと、またまた余計なことを考えてしまう私である。

 ついでに一言。
 土星はサターンだが、悪魔もサターン。ただ、悪魔の方の綴りはSatan。
 土星は悪魔の星じゃなくってよ[E:sign01]年寄りかもしれないけど……