このところパーセルの名前をちょくちょく書いている。
 ヘンリー・パーセル(Henry Purcell 1659頃-95)。
 彼が亡き後、イギリスは200年にわたって優秀な作曲を生み出すことができなかったのである。じゃあ、パーセルってどれぐらいすごい作曲家だったのか?というと案外とその音楽は知られていない。

 パーセルの作品では最もよく知られていた「トランペット・ヴォランタリー(Trumpet volintary)」も、実はパーセルの作品ではなく、クラーク(Jeremiah Clarke 1674頃-1707)が作曲した、正式には「デンマーク王の行進」という名の曲であることがわかっている。
 この「トランペット・ヴォランタリー」は、私が子供の頃にはよくTVのCFに使われていた。CFといってもローカルの、画面の動きがまったくない、いかにも安く作りましたって感じのもの。この曲が流れて、ナレーションが「明日9時開店」と大声で叫んで、もちろん画面にはパチンコ店と、出て出てウハウハのおじさんなんかが映っているようなタイプのCFだ。
 でも、この有名曲、いまでは【伝パーセル】という但し書きがつくようになって久しい。

 パーセルはチャールズ2世の時代から名誉革命の時代にかけて、“国王の楽団”の作曲家及びウェストミンスター寺院のオルガニストとして活躍。36年間という短い生涯にもかかわらず400曲という膨大な数の作品を残したという。

 彼の音楽は、しかしながら、すっごく心に感じてくるというものには私には思えない。音楽史上では偉大なる作曲家なのだろうが、鑑賞していてぞくぞくするようなキャラはあまり持ち合わせていない。よく言えば上品過ぎる。
 だから、パーセルの偉業の重圧によってその後イギリスには長らく大作曲家が現われなかったという話は、私にはどうもピンとこない。もっとも、パーセル本人にしてみれば、そんなことオレには関係ない、って話である。私がぞくぞくしようがしまいが、この当時の音楽は“機会音楽”なわけだから、鑑賞がどうのこうのなんて余計なお世話である。

 そんなパーセルの作品で、私が知っている曲は数曲、人様にお薦めできる曲はほんのわずか。
 そのわずかな中から厳選して(何言ってるんだか……)本日ご紹介するのは「メアリ女王の葬送音楽(Funeral music for Queen Mary)」(1695)。

 ここでいうメアリ女王というのはメアリ2世(1662-1694)のことである。
 メアリ2世は、イングランド王であったチャールズ2世の弟のジェームズ(当時ヨーク公)の長女で、1677年にオランダのオラニエ=ナッサウ家のウィレム3世と結婚した。
 めんどくさい歴史の話は強烈に割愛するが、メアリ2世はのちにイングランドを治めることになる(在位は1689年2月13日~1694年12月28日)。彼女は1694年12月28日に天然痘で死去した。

 「メアリ女王の葬送音楽」はその名のとおり女王の葬儀の際に演奏されたが、この年(1695年)の11月21日にはパーセル本人もこの世を去ることとなった。
 この曲は、全編が沈痛な表情のまま進行していく。作曲者が女王の死を心から悼んでいるという感じである。

 CDはガーディナー指揮モンテヴェルディ管弦楽団、同合唱団、エクアーレ・ブラス・アンサンブルによる演奏を。独唱陣は、ロトのソプラノ、ブレットとウィリアムズのカウンターテナー、アレンのバス。
 apexの0927 48693 2(輸入盤)。1976年の録音。

 さっ!今日は名古屋に出張である……