9ef3e2d3.jpg  初めて「田園」を聴いたのは、1973年の10月だった。
 ベートーヴェン(Ludwig van Beethoven 1770-1827)の交響曲第6番へ長調Op.68「田園(Pastorale)」(1807-08)である。

 このとき、日本の音楽界はちょっとした騒動になっていた。
 というのも、カラヤンとベルリン・フィルが来日公演を行なっていたからだ。連日、NHK-FMでは19時開演の演奏会を生放送していた。その演目のなかに「田園」も含まれていて、私はそれを聴いたのである。確か初日の公演だったと思う。

 そのときの演奏がすばらしかったのかどうかは、私には全然わからない。しかし、曲そのもの(特に冒頭)には感動した。それまでもどこかで聴いたことのある旋律だったが、それがベートーヴェンの作品だということに大きな喜びを感じた。なぜベートーヴェンでもドイツ人でもない私が喜びを感じるのか、と疑問に思うかもしれないが、理由は単純。その頃からベートーヴェンに凝りだしていたから嬉しかったのである。あの愛らしい旋律を書いたのも、お気に入りのベートーヴェンのものだったという満足感である。

 2ヵ月後……。
 私は12月から、札幌交響楽団の定期演奏会に毎回通うようになった。
 その12月のメイン・プログラムが「田園」だった。事実上、初めて「きちんとした」演奏会で音楽を聴いた私は、しかもそれが「田園」で相当興奮した。ぱぴゅーっ!

 帰宅して、私は「日記」に、当夜の演奏会がいかにすばらしかったかを書いた。「日記」といっても「交換日記」(死語なのだろうか?)で、そのころは私にも交換日記をしてくれる女の子(男の子ではないということが極めて重要)がいたのであった。
 中学の同じクラスの子だった。
 とても勉強ができる子で、学年で常に1位か2位に位置していた。そんな彼女が、美男なことは認めざるを得ないものの地味な存在である私と、なぜ日記を交換するようになったのか、今もって不思議である。
 郷ひろみに似ていたからだろうか?(眉の形が)。野口五郎にそっくりだったからだろうか?(田舎臭さが)。西城秀樹っぽかったからだろうか?(おじさんくささが)。もしかすると、彼女はクラス全員の男子と慈善事業で交換日記していた可能性もある。

 私がこの日書いた熱い文に対して、翌々日、彼女は「よっぽど札響、上手かったんだね」と書いてきた。
 あれほど成績が良く、特に国語は大得意の彼女が、何で「じょうずかったんだね」とアホなことを書いているのか理解できなかった。私の知らない古語の言い回しなのかも知れないと悩んだ。それとも「うわてかったんだね」なんだろうか?私は力士にならなければいけないのか?マワシを買わなければならないのか?

 でもこの間違いを指摘すると、彼女のプライドを傷つけることは間違いない。気づかないふりをしよう。私の次の日記では、そのことについて一切触れなかった。このように若いころから気遣いができるタイプなのだ。

 黙っていてよかった。
 後日、偶然にも「うまかったんだね」と読むことがわかったからだ。

 オーッ、危ねえ危ねえ。大々的に恥をかくところだった(しかし別な日の日記で、私が音楽について書いた内容に対し、「もっと音楽のこと勉強したほうがいいね」と恥をかかされたことがある。バッサリと!結局は恥をかくことは避けられなかったのだ…)。


 この「交換日記」帳は手帳サイズのものだったが、信じられないことに私は一度これを紛失してしまったことがある。いや、紛失したことに気づかなかった。

 同じクラスの九官鳥みたいな女子(この比喩に深い意味はない。その子の唇がとがっていて鮮やかな黄色だとか、眼が頭の両横についているとか、物まねが上手だとか、電線にとまれるということでは一切ない)が、学校の廊下に落ちているその日記帳を拾ったのだった。

 それは、私にではなく日記相手の国語娘に届けられたが、ということは中身も一部見られたということだ。当然のことながら、ここでも大恥。被害が九官鳥とその周囲の数羽の尾長鶏に伝わるだけにとどまったことが不幸中の幸いだった。

 「青春時代のぉ~、真ん中はぁ~、胸にトゲさすことばぁかりぃ~っ」である。

 さて、交響曲第6番「田園」であるが、モントゥーが指揮した演奏のCDについて'08年7月23日のブログで書いた。
 今日は、かつて「新解釈」で話題になったD.ジンマンのCD(1997年録音)。ベーレンライター版で彼が指揮したベートーヴェン交響曲全集では、第3番について'08年7月24日のブログで書いた。
 そのジンマンの「田園」だが、彼の他のベートーヴェン演奏と同じく、われわれが「ドイツ的」と思っているものとはけっこう異なるものだ(“ドイツ的”なることについては、今年6月19日の記事で触れてある)。
 でも、何度か聴いているうちに、不思議なことだが、ベートーヴェン時代はこういう演奏だったんだろうな、と納得させられていく感じがする。私は。
 でも、でも、やっぱりズッシ~ンッとした重めのベートーヴェンが、私は好きだ……

 今日からドイツに出張。
 ドイツの田園風景がどんなものなのか見られるかな……コシヒカリがたわわに実っていたりして……