4ffe1776.jpg  村上春樹の「飛行機 ―あるいは彼はいかにして詩を読むようにひとりごとを言ったか」

 この小説は「TVピープル」(文春文庫)の中に収められている。

 この文庫も作品集で、表題の「TVピープル」やこの「飛行機 ―~」のほか、「我らの時代のフォークロア ―高度資本主義前史」、「加納クレタ」、「ゾンビ」、「眠り」の6編から成る。

 「TVピープル」に登場する“TVピープル”は、「1Q84」に出てくる“リトル・ピープル”の存在によく似ている。ネット上では“リトル・ピープル”と“TVピープル”の関連を指摘しているものもあるが、私にはよくわからない。
 ただ、「1Q84」で“リトル・ピープル”なるものの登場が唐突というか、いかに不思議な1Q84年の世界といえども妙に浮いた感じがするが、それ以上に「TVピープル」における“TVピープル”の登場は子供じみた感じさえする。何の象徴なのだろう?
 私、家庭にテレビがあるのが当たり前でなかった時代、街の電器屋のトラックが横付けされ(ナショナルとかビクターとか描かれた派手な軽トラックだ)、「ウチも買ったのよ」みたいに、これみよがしにテレビが搬入されていく、そのときうやうやしく箱を両側から抱えていた小柄なアンチャンたちを想像してしまう。
 
 そして、この作品でも主人公の“僕”の前から女性―ここでは妻―がいなくなる。

 《「奥さんは帰ってこないよ」と画面の外にいるTVピープルが僕に言った。
  僕は彼の顔を見た。彼が何を言っているのかうまくキャッチできなかった。僕は真っ白なブラウン管をのぞきこむみたいに彼の顔をじっと見た。
 「奥さんはもう帰ってこないよ」とTVピープルは同じ口調で言った。
 「何故?」と僕は訊いた。
 「何故って、もう駄目だからだよ」とTVピープルは言った。》

 これは「ねじまき鳥クロニクル」のクミコの失踪を思わせる。
 このあとTVピープルが「もうすぐここに電話がかかってくるよ」と言ったり、その言葉を聞いた“僕”が、電話機を見ながら『どこまでもどこまでも繋がっている電話機のコード。そのおそろしい回線迷路のどこかの端末に妻がいるのだ』と思うところも、「ねじまき鳥」と通じるところがある(電話の予言は「羊をめぐる冒険」をも思い出させる)。

 ついでに言うと「加納クレタ」というタイトルになっている加納クレタその人は、「ねじまき鳥」にも出てくる不思議な女である。「ねじまき鳥」の中で彼女は、クミコの兄にそれまで経験したことのない性の興奮を感じさせられ愉悦の絶叫をあげるが、それは彼女にとって辱めを受けたということになっている。
 この作品での加納クレタは「ねじめき鳥」ほど神がかり的な変人ではない。ただ、最後は殺される設定になっている。

 今から何年も前であるが、電車の中吊り広告で「いま、ヴェルディから目が離せない!」と大きく書かれたものがあった。
 それを見た私は、「へぇ、いったいなんで急にヴェルディの人気が上がっているのだろう」と真剣に不思議に思った。明日、会社の女の子に「ねえ、いまヴェルディが注目されているようだけど、どういうきっかけからなの?曲は何がいちばん人気なの?」と聞かなきゃと思った。
 しかし、その下の小さな文字の文を読むと、それが川崎ヴェルディのことだとわかった。
 あー、危なかった……
 大見出ししか見ないまま、翌日「ねえ、ヴェルディが人気らしいけど、どういうのが好き?僕は『運命の力』とか『アイーダ』かな」なんて言ったら、大恥っかき中年男に即認定されるところだった。
 あのころは川崎ヴェルディ、人気があったんだなぁ。

  さて、「飛行機 ―~」のなかには、ヴェルディ、プッチーニ、ドニゼッティなんかの名前が出てくる。
 主人公である20歳の“僕”が、結婚していて子供もいる27歳の彼女の家に行ったとき、それらのレコードを目にするのだ。彼女の夫はオペラが好きだという。

 で、一歩間違えたら世間から身をひくことになりかねなかったヴェルディ(Giuseppe Verdi 1813-1901)の話。
5e730fd5.jpg  ヴェルディはイタリア・ロマン派歌劇の最大の作曲家で、有名なオペラとしては「椿姫」や「オテロ」、「アイーダ」などがある。
 そんななか、ここでは「アイーダ(Aida)」をご紹介。

 このオペラは4幕7場からなり、スエズ運河開通を記念してエジプトのイスマーイール・パシャがカイロに建てたオペラ劇場のこけら落としのために依頼されて書かれたもの。初演は1871年。
 架空の古代エジプトが舞台。衛兵隊長ラダメスと囚われの身になったエチオピアの娘アイーダの恋物語で、最後には2人は神殿の地下牢で永遠の愛を誓いながら死んでいく。

 このオペラのなかで最も広く知られている曲が第2幕の「凱旋行進の場」の行進曲。Jリーグではこの旋律に歌詞をつけて応援歌にしている(もしかしてコンサドーレ札幌だけ?)。凱旋ということでこの曲を遣う意味合いは正しい。けど、このメロディーががなりたてられているのを耳にするのは、どーも居心地が悪い。私には。私だけの問題だけど。

 今日はCDではなく、DVDを。
 レヴァイン指揮メトロポリタン歌劇場管弦楽団、同合唱団、アプリーレ・ミッロ(S,アイーダ役)、プラシド・ドミンゴ(T,ラダメス役)ほかによる演奏。1989年10月にメトロポリタン歌劇場で行なわれた公演のライヴ。
 私はオペラには全然詳しくないので、演奏や演出がどうこう言えないが、豪華な舞台を楽しめる映像であるのは間違いない。
 私はスペシャル価格の限定販売盤を購入したのだったが、現在はレギュラー盤しか出ていないよう(お値段がレギュラーということです)。すいません。私が謝るべき問題じゃないけど。