きのうはけっこう重度の二日酔いの朝を迎えてしまった。

 これまで何度か正直にご報告申し上げているように、近年の私は前の晩に飲みすぎても起床時にはあまり二日酔いの症状がない。あまり食べないで飲むくせがあるので、むしろ飲んだ翌朝は食欲旺盛である。
 ところが体調不良は時差をもってそのあとにやってくる。
 二日酔いの症状は、まるでチリ沖で起きた大地震による津波が忘れたころに(あるいは能天気に知らないままに)日本に到達するかのように、ずっと経った午前10時あたりに現われるのである。つまり10時のおやつが食べられない。

 きのうもそうであった。
 起きて、シャワーを浴び、物悲しく小皿に2個のせられ無造作にラップがかけられている、前日の夕飯の残りのコロッケを、ソースたっぷりめで食べた。
 ところがきのうの場合、二日酔いの波は、すぐに来た。
 ブルドッグ中濃ソースのげっぷ(というよりも“うっぷ”という方がニュアンス的には近い)が、吐き気をもよおしたときに特有の反芻風味を伴って出てきた。
 歯を磨いきながら吐きそうになった。清と汚の拮抗状態だ。

 はやい、まずい、やばい……

 でも、私は出勤するためにいつもの時刻に家を出た。自慢することじゃないけど……

 駅に向って歩きながら、何度もツバを吐きたくなる。
 梅干を口に入れているわけじゃないのに、泉のようにツバがやけに出てくる。
 無味なのはずのツバが、なんとなく苦すっぱい(←造語)味がする。口の中はさわやかの対極の状態にある。

 電車に乗ると、車内の中途半端な温もりが優しく吐き気を誘う。
 よっぽどカバンに入っているエコバッグを取り出しておこうかと思ったくらいだ。もちろん、いざとなったらそのなかに粗相できるように、だ。
 エコバッグは単なる布製だから、その中に吐けば、含水量にもよるが染み出てくるのは間違いない。でも、そのあたりにぶちまけるよりは6億倍ぐらい良い行ないだろう。
 それが紳士のマナーというものだ。

 ときどきオェッっとくる。いわゆる「からオエッ」である。

 私の隣に座った女性は、数分後に立ち上がって別な車両に移っていった。
 そりゃそうだ。気づかれないようにいくらさりげなく振舞ったところで、「からオエッ」に気づかないはずがない。そのあとにごまかすためにわざとらしく咳払いをするが、自分でもわざとらしいと本当に思う。もし顔を覗きこまれたら、瞳が苦痛に耐える涙でウルウルしているのがわかるはずだ。朝から涙ぐむサラリーマン……
 それに、オエッとならなくても、全身が酒臭いのかもしれない。
 一応エチケットのためにガムを噛んでみたが、3回噛んだところで、かえって気持ち悪くなってしまった。たった3回。そのガムは、歯医者で噛み合わせを確かめるゴムの板みたいに歯型の跡が残っていた。

 ふう~~~

 ため息をつくしかない。

 女性が立ち去ったあと、むさ苦しい男子高校生が私の隣に座った。
 ふだんだったら、隣に座って欲しくない客層だ。
 こいつらは概して清潔感に欠け、インキンの症状軽減を図るためか股を広げ気味に座り、汗臭い。態度も体もでかくて窮屈になる。
 でも、彼で良かったとこのときほど思ったことはなかった。
 もし私が酒臭かったとしても、彼はそれに気づくほど世間に関心を寄せていないし、ゲームに夢中だったからオエッとなってもならなくてもまったく関係ないのだ。おそらく私が隣でいきなりエコバッグに顔を突っ込んでも、バッグの中にケロッグか何かが山盛りに入っていてそれに食いついていると思う程度だろう。

d785fd0e.jpg  若者ってすばらしい!
 君の無関心さが嬉しかったぜ!

 ナクソスから出ているCDに「スザートの音楽帳/フランドル地方の歌曲と舞曲集」というのがある。演奏はコンヴィヴィヌム・ムジクム・イェーテボリで1997年録音。
 スザート(Tielman Susato 1500頃-61頃)はケルン出身で、1543年に楽譜出版社を興し、自作のほか同時代の作品を出版した。
 このCDはその楽譜のなかから選曲したものが収められている(のだろう)。
 そのなかにソウリィアールト(Carolus Souliaert)という人が作曲した「ほどほどにお飲みなさい(Wilt doch mit maten drincken)」という曲がある。

 はい。
 すいません……
 おっしゃるとおりです……
 気をつけます………