私は昔、気分がムシャクシャしたときや何か不安なことがあるとき、よく音楽にあわせて小太鼓やタンバリンといった打楽器を叩いた。

 叩いたといっても、小太鼓を「これっ!」と叱って、ゲンコツをはるのではない。残念なことに演奏という領域まで到達しなかったので、謙虚に「叩いた」と言っているのである。
 つまり、小太鼓を叩くのは簡単だが、きちんと演奏するのは難しい。私が小太鼓を演奏しようとすると、バチの先はぶつかり、テンポはズレ、一緒に合奏しましょうねとかけているCDの演奏とずれた音は、あたかも右翼団体の街宣車と選挙カーが、トンネルの中ですれ違うのようなものになる。もしかしたら、この微妙なズレがミニマル・ミュージックのような効果を生むかと期待もしたが、ミニマル化されたことは一度もなかった。ずれが大きすぎたのだろう。

 そうなると余計に気分がムシャクシャし、懸命に合わせようむきになってしまう。
 すると、今度は腕の関節がズレるのではないかという不安にかられる。
 小太鼓は私と相性が悪いようだ。
 チンパンジーのオモチャでさえ規則正しく上手に叩いているのに、いや、それはシンバルだった。クマのおもちゃでさえ小太鼓を叩いているのに(札幌駅地下名店街の「ピーポッポ」前の通路で見てみるとよい。もうなくなったか?ピーポッポ)、おそらく人間の私にできないのはシャクに触る。
 しかし、私はおもちゃと本気で戦うほど心の狭い人間ではない。断腸の思いで小太鼓とは縁を切った。

 次に友にしようと思ったのはカスタネットだ。だが、お金をけちって小学生が使うような赤と青のツートン・タイプものを買ったので、まるでサマにならない。
 さらに不思議なことに、あのカスタネットを手にすると、小学生のように、水色のゴムはきちんと指に通さなければ気がすまないし、手のひらにカスタネットを乗せた左腕はまっすぐ前方に伸ばさなければすっきりしないし、叩く任務を与えられたの右手はきちんと美しい弧を描くようにオーバーに動かさなければ先生に怒られるような気になる。
 おまけに致命的なのは、カスタネットが用いられている曲の多くは、出番までの待ち時間がひどく長い。CDをかけ、赤と青のツートンカラーのカスタネットを持って、出番まで何十分もスピーカーの前でじっと待機し、やっと出番がきたら「カチ、カチ、カチ」と3回打って終わり、なんてことをする意味合いがあるのかどうか……。
 相当悩んだ末に、もしかすると意味合いがないような気がしてきた。いや、意味合いの問題以前に、ボーッと待機している姿は、全然美しくないことに気づいた。だから、カスタネットはやめた。

 トライアングルも買った。が、これも安物だったので、どう技巧を凝らして叩いても、きれいな音が出ない。安物だとすぐにわかる音だ。もし、これが靴下だったら1回履いて穴があくような感じだ。だから、三角形の極太針金遊びはやめた。

 最後に手にしたのがタンバリンだ。これも安物ではあったが、安物のなかでも高い方を買った。多分、いちばん安いやつよりは、税別で300円くらいは高かったと思う。
 自宅に帰って、ついていた3色のリボンをはさみで切り取った。誰にも見られていないとはいえ、リボンつきのタンバリンを叩くことは恥ずかしい。このリボン分で、だいたい300円分はしたと思う。
6e379b86.jpg  カスタネットのときの失敗をしないよう、私はなるべく全曲にわたってタンバリンを叩くことができるような曲を探したが、その結果選んだのがベルリオーズの「ローマの謝肉祭」であった。ffの場面では、時として手から血がにじみ出るほど叩いた。狂乱宗教の儀式のようだ。

 その情景を誰かが見たら、10人中12人がツルがはたを織っている姿を見る以上に、驚愕と恐怖を感じたことだろう。
 この経験で解ったことは、タンバリンの皮は意外と硬くて痛いということだった。だが、私はタンバリンに勝った。数年使って、最後はタンバリンの皮が裂けた。

871cfd71.jpg  もう昔の話である。はるか3年も前の……

 ベルリオーズ(Hector Berlioz 1803-69)の序曲「ローマの謝肉祭」Op.9(Ouverture "Le carnaval romain",1843)。
 本来は歌劇「ベンヴェヌート・チェッリーニ(Benvenuto Cellini)」Op.23(1838初演)の第2幕の前奏曲として書かれたが、のちに独立した曲として出版された。
 楽しさと喜びにあふれた名曲である。

 多くのCDが出ているが、私が最も好んでいる演奏は、序曲「宗教裁判官」のときにも紹介した、コリン・デイヴィス/ロンドン響の演奏(1965年録音。フィリップス)。
 しかし、現在この盤は売られていない。
 とすると、毛色が違ったところで、マルティノン/パリ音楽院管弦楽団のCDを。これも録音は1958年と古いが、デッカのパワフルな音は見事。低音だか歪みだかわからないところもあるけど……。このCDはかつて書いたイベールの「ディヴェルティメント」サン=サーンスの「死の舞踏」などが収められており、ひじょうに楽しい1枚だ。

 ところで、もう私は狂ったように血をにじませながらタンバリンを叩くようなストレス発散はしていませんので、念のため。