4826c1d7.jpg  村上春樹の「ノルウェイの森」(講談社文庫)。

 この小説が出版社が言うように「究極の恋愛小説!」かどうか、私にはよくわからない。
 ただ、すごく売れた本であることは事実。
 私にとっては、村上春樹の作品中、好きな部類には入っていないのも事実。
 この小説は女性向け、というのは危険な言い方かもしれないが、ちょいと感傷に走りすぎている気がするのだ。

 主人公はワタナベ君で、彼が想う女性は直子。
 その直子は施設に入っている。
 つまり、精神的にやられてしまっている。

 施設に入っている直子からワタナベ君のところに来た長文の手紙。
 そこには施設での生活のことが書かれている。

 《その他の時間、私たちは本を読んだり、レコードを聴いたり、編みものをしたりしています。TVとかラジオとかはありませんが、そのかわりけっこうしっかりとした図書室もありますし、レコード・ライブラリイもあります。レコード・ライブラリイにはマーラーのシンフォニーの全集からビートルズまで揃っていて、私はいつもここでレコードを借りて、部屋で聴いています》(上巻183p)

 村上春樹はここでマーラーの名前を出している。
 ふつうなら「バッハからビートルズまで」のように書くか、あるいは比較的目新しいLPもあることを言いたいなら「プロコフィエフからビートルズまで」などと書くはずだ(村上春樹は「スプートニクの恋人」の中でプロコフィエフを取り上げている。だから村上ワールドにおいては、プロコフィエフとて唐突ではない)。

 しかし、マーラーである。

 これは明らかに、精神的に病んでいたマーラーと直子とを引っ掛けているわけだ。

 ところで、直子が施設に入ったのは1969年のことである。
 このとき、マーラーの交響曲全集なるものがこの世にあったのか?

 ご承知のとおり、マーラー(Gustav Mahler 1860-1911)の交響曲のレコード制作は録音技術が発達したことによって本格化した。
 1960年代にはまだまだマーラーのLPは少数で、全集となると、当時すでに発売されていたかどうか微妙である。

 私の手元にある、古い本、1974年に書かれた「最新レコード名鑑・交響曲編」(「レコード芸術」誌の付録)に紹介されているマーラーの交響曲全集は、クーベリック/バイエルン放送響盤と、バーンスタイン/ニューヨーク・フィル、ロンドン響盤の2種類だけである。
 これらの全集LPの実際のリリース年月は調べていないが、1969年の時点においてリリースされていた可能性は低いと思われる。

 また、この両者の全集には「大地の歌」(1908-09)が収められていない。

 で、あえて「大地の歌」を取り上げる。私は。

 最近はこの曲を、“交響曲「大地の歌」”ではなく、単に“大地の歌”と称することが多いようだ。それは、6つの楽章から成るこの作品を連作歌曲とみなすか交響曲と見なすかで変わってくる。

 ただ、マーラー協会版のスコア(ユニヴァーサル出版社)には、
 Das Lied von der Erde
 Eine Symohonie fur eine Tenor- und eine Alt- (oder Bariton-) Stimme und Orchester
 (Nach Hans Bethges "Die chinesische Flote")
 とタイトルが書かれている。

90a9e26c.jpg  このようにマーラー自身が交響曲と書いているのだし、マーラーはこの曲のあとに書いた交響曲第9番について、「実際には10番目なんだ。『大地の歌』が本当は9番目なのだから」と妻に語っているのだから、この作品は交響曲と位置付けるべきだろう。
 まったく、マーラーが“交響曲における9”に対する強迫ノイローゼ患者だったせいで番号をつけなかったから、こういう余計な混乱を招いてしまう。

 「大地の歌」については、以前ショルティ盤を紹介した。
 今日は、ジュリーニがベルリン・フィルを振ったグラモフォン盤(1984年録音)を。
 独唱はファスベンダー(A)とアライサ(T)。
 ジュリーニという指揮者はどの曲のディスクを聴いても安定している。
 まるでトヨタの車のようだ。
 ということは、最大公約数的で、面白みに欠けるという面もある。
 この「大地の歌」はとても美しく、整った演奏。危なっかしいところやアクがない。
 それを良いとするかどうかは好き好きである。

 マーラーの交響曲全集に絡み、村上春樹のあげあしをとるような生意気なことを書いたことを、ここにちょっぴり反省します。
 でも、気になったんだもん。


§


 おととい、近所の病院でインフルエンザの予防接種を打ってきた。
 もちろん新型のではなくて、旧型のである。
 いまは腕が腫れている。しかも、ちょっぴりかゆい。
 接種のせいでちょっと体もだるい。
 あぁ、仕事休みたい。←これは単になまけ病。