先日、バッハの抜きんでた性的能力の高さについて書いた。
 いや、バッハの息子たちについて書いた。もちろん、息子というのは、“男の子供”という意味であり、裏意味はない。

 それでちょっと思い出した。ある知り合いの人が、その昔、温泉地に行ったときの話。
 温泉に入っていたら、その人、立ちくらみで倒れてしまった。で、周囲にいた人たちが彼を脱衣所に運び、仰向けに寝せたらしいのだが、そのときでも息子は元気に立っていた、という。その噂を聞いて「すっげぇなぁ」と心から感心した人もいたようだが、何のことはない。一緒に行っていた小学生になる彼の息子が、裸のまま横になっている父の横に立っていた、というだけの話である。
 いずれにしろ、長湯はするな!

 間が開いたが、今日はバッハの息子ではなく、妻にまつわる作品を。

 アンナ・マグダレーナ・ヴィルケ(1701-60)は、J.S.バッハ(Johann Sebastian Bach 1685-1750)の2人目の妻である。1721年に結婚した。
 ということは、結婚したときアンナは20歳。バッハは36歳。やるねぇ~、バッハ!気難しそうな顔して、だてにカツラをかぶってるわけじゃないんだ。よくわかんないけど……

 バッハには、そのアンナ・マグダレーナのための作品集がある。
 「アンナ・マグダレーナ・バッハの音楽帳(Notenbuchlein fur Anna Magdalena Bach)」である。
 実はこの「音楽帳」は第1巻と第2巻がある。

 第1巻は1722年に書き始められている。
 第1巻には「フランス組曲(Franzosische Suiten)」BWV.812-817(1723頃)の第1曲から第5曲までが含まれている。しかし、不完全な形でしか残っていない。

31c71339.jpg  一方、第2巻は1725年に書かれ、パルティータBWV.827と830のほか、多くの小品が含まれており、コラール編曲や歌曲もある。ただし、他人の作品と推測されるものが多く、歌曲以外はバッハ作品目録番号(つまりBWV番号)では“追加(Anhang)”として扱われる。

 この第2巻について、磯山雅著の「J.S.バッハ」(講談社現代新書)には次のように書かれている。

 《開いてみると、まずバッハ自身の筆で、パルティータの第3番と第6番の記入がある。それが41ページで終わると、あとは妻の筆写したやさしいクラヴィーア作品となり、やがて、エマーヌエルを初めとする息子たちの筆もまじってくる。息子の稚拙な写しを母と父が移調・低音付けした、ほほえましい合作も存在する。
 後半は、歌の曲や理論の学習も書き込まれて、変化に富んでいる。フリーデマンの筆跡があらわれないのは、彼がすでに『ヴィルヘルム・フリーデマン・バッハのためのクラヴィーア小曲集』をもらっていたためであると推測される。
 この曲集の小品には作曲者不詳のものが少なくないが、最近の研究によって、うち2曲の作曲者が割り出された。その一つ、やさしいピアノの曲集に収められて有名になっているト長調のメヌエット(BWV.Anh.114)は、ドレスデンの宮廷オルガニスト、クリスティアン・ペツォールトの作であるという。またト長調のポロネーズ(BWV.Anh.130)は。同じドレスデンの人気オペラ作曲家、ヨーハン・アードルフ・ハッセの作とみられる。
 これらの作品は、おそらく彼らがバッハ家にやってきたときに筆写されたのだろう


 ちなみに、BWV.Anh.122~125と129は、次男のC.P.Eバッハの作曲である。

 アンナ・マグダレーナは宮廷歌手であった。
 きっとバッハ家ではこの音楽帳でホームコンサートを開き、アンナ・マグダレーナも歌ったのだろう。

05367177.jpg  それにしても、あの誰もが(ただし乳児を除く)知っている、「メヌエット ト長調」(写真。掲載譜は全音楽譜出版社のもの)がJ.S.バッハの作ではないなんて、なんだか「今さらなんだよぉっ」って気分になる人も、中にはいるだろう(乳幼児は除く)。

 この音楽帳からの抜粋盤だが、私はアメリングのソプラノ、レオンハルトのチェンバロなどによる演奏のCDを持っている。
 全部で18曲が収められている。1966年の録音。ドイツ・ハルモニア・ムンディ。

 昨日は、札幌ドームで行なわれた、日本ハムファイターズのファン・フェスティバルに行ってきた。私は特に、というよりも、ほとんど野球に興味がないが、いろいろな事情から行くことになったのだ(すごく単純で浅い理由であるが)。
 でも、思ったより退屈しなかった。
 それにしても、ファイターズのファンの方々の思い入れと熱気には感心してしまう。