バッハ・ファミリーの話。
 このシリーズ、ブチッ、ブチッと話が連続しないのは私の気まぐれのせい(一応、シリーズのつもり)。
 昔、全30巻の百科事典なんかでも、第1回配本は第6巻なんてことがあったではないか!だから細かいことは言わんといて欲しい。

 大バッハ(Johann Sebastian Bach 1685-1750)の次男C.P.E.バッハ(Carl Philipp Emanuel Bach 1714-88)。その次男坊の「6つのシンフォニア集」Wq.182の記事のときに書いたが、1700年ごろからオペラの序曲(イタリア式序曲)の人気が高まり、そのなかでも特に優れた序曲は、それ単独で演奏会で演奏されるようになっていった。
 コトはそれで収まらない。さらにはイタリア式序曲の形式(急-緩-急の3部分による構成)による独立した管弦楽曲としての“シンフォニア”が作られるようになったのであった。

 オペラの序曲から独立曲へ転用されたシンフォニアの有名な例として(といっても、誰もが知ってるってほど有名じゃないが)、J.S.バッハの末っ子(母親はアンナ・マグダレーナ)であるヨハン・クリスティアン・バッハ(Johann Christian Bach 1735-82)の「シンフォニア変ロ長調」Op.18-2がある(“シンフォニア”ではなく“交響曲”と表記する場合も多いが、個人的にはまだこの時代のシンフォニアを交響曲と呼ぶことに抵抗がある)。
 Op.18-2のシンフォニアはオペラ「ルチオ・シルラ(Lucio Silla)」(1774年初演)の序曲をそのまま転用、独立させたものである。

 オペラから独立したシンフォニアは音楽作品としてしっかりと自立していかなければならない。そこでソナタ形式の確立へ向けて発展していく。音楽はホモフォニックなものとなり、通奏低音は切り捨てられる方向へ進んだ。心地よいチェンバロのブンチャカブンチャカはお呼びでなくなっていった……

 こうして交響曲が誕生していったのだが、そう、ご存知のとおり、音楽の教科書では、交響曲のパパはハイドンとされているわけである。パパァ~ン(←ファンファーレじゃなく、パパに甘える悪女の猫なで声のつもり)。

 シンフォニア→交響曲という流れのほか、イタリア式序曲は室内楽曲などにも影響を与えた。
 3部分から成るイタリア式序曲の構成は、トリオ・ソナタやクラヴィーア・ソナタなどの作品に導入された。すなわち、急-緩-急という3楽章構成である。3つの部分に切れ目がなく続けて演奏されていたイタリア式序曲は、独立した3つの楽章をもつ作品へと変わっていったのだった。
 
 バッハの息子たちはこの過渡期にいたわけだが、彼らはバロックから古典派への橋渡しをした重要なメンバーである(バッハの息子たちの様式はスチール・ギャランと呼ばれる)。
 C.P.E.バッハの書いたシンフォニアは冒険的ではあるものの、父親のような厳格さの片鱗とやや暗い雰囲気を備えている。しかし、J.C.バッハのシンフォニアにいたっては、ほとんどモーツァルト的であり、耳に心地よすぎるようにに流れていく。
 ここには父J.S.バッハの強固な建造物のような印象はないし、兄のC.P.E.バッハとの音楽よりも流暢である。
 C.P.E.バッハとJ.C.バッハは兄弟とはいえ、異母兄弟である。母親の違いも作風の違いに反映されているのかもしれない。

 なお、ハイドン(Franz Joseph Haydn 1732-1809)はJ.C.バッハよりも3歳年長である。3歳の差はあってないようなものではあるが、あとに生まれたJ.C.バッハが過渡期の音楽のままで終わり、先に生まれていたハイドンの方が交響曲をほぼ完成させたことになる。
 J.C.バッハが“交響曲の父”になれなかったのは、ハイドンと異なり、人を楽しませる音楽を書くことに偏りすぎたせいかもしれない。あと、ハイドンが長生きしたおかげと……

3100b07a.jpg  モーツァルト(Wolfgang Amadeus Mozart 1756-91)はJ.C.バッハを生涯にわたり敬愛したというが、私がクラシック音楽を聴くきっかけになったのは、モーツァルトの作品によってであった。
 何度か書いているが、その曲は偶然FMラジオで耳にしたモーツァルトの「3つのピアノ(クラヴィーア)協奏曲」K.107(1765)の第1番の第1楽章であった(そのときの演奏は独奏がチェンバロで、初めて聴くチェンバロの響きが実に新鮮であった)。
 ただ、この曲はJ.C.バッハの「6つのピアノ・ソナタ(6 Sonate per fortepiano)」Op.5(1768刊)を、少年モーツァルトが協奏曲に編曲したものである。
 ということは、私にクラシック音楽の魅力を教えてくれたのは、実のところJ.C.バッハと言うことになるかもしれない。
fd59295b.jpg  J.C.バッハに小声で言ってみよう。……す、すてき…です……ね……

 J.C.バッハは全部で40曲のシンフォニアを書いたという。
 そのうち私が聴いたことがあるのは半分にもならないが、そのなかで特に気に入っているのは、「シンフォニア 二長調」Op.6-3(1770刊)と「シンフォニア変ホ長調」Op.9-2(1773刊)である(先に書いたOp.18-2はあまりグッとこない)。ほっとする音楽って感じである。
 なお、Op.9-2はオペラ「ツァナイダ(Zanaida)」(1763初演)の序曲である。

 私が聴いているCDはナクソスの全集盤(分売)。
 ハンスペーター・グミュールの指揮によるカメラータ・ブダペストによる演奏。録音は1994年。モダン演奏。

 考えてみれば私はJ.C.バッハのシンフォニアをピリオド演奏で聴いたことがない。どんなふうになるのだろう。隠れていた過激な顔が現われたりするのだろうか?

 そうそう、ちなみにモーツァルトが第1番の交響曲を書いたのは1764(もしくは'65年)のことである(変ホ長調K.16)。
 それから100余年で、交響曲はマーラーによってとてつもないものへと成長した。
 そしてさらに100年経った今では、“クラシック音楽”はいろんな方向に分派したのはご承知のとおりである。