今日は天皇誕生日ですね。
 でも、朝から私はとろろ飯。
 その昔、愚かな〇〇が定食屋で「トトロ」と言ってしまった、とろろである。

 ところで唐突ですが、コーカサスといえば長寿の人が多いという。

 それはともかく、イッポリトフ=イヴァノフ(Mikhail Mikhailovich Ippolitov-Ivanov 1859-1935)の組曲「コーカサスの風景(Caucasian Sketches)」Op.10(1894)と、話題は跳ぶ。

 実はイッポリトフ=イヴァノフにはOp.42の番号がついている組曲「コーカサスの風景」というものもある。したがって、厳密に言うならばOp.10の方は組曲「コーカサスの風景」第1番と、そしてOp.42の方は組曲第2番ということになるのだろうが、現在彼の作品で聴かれるものはOp.10の「コーカサスの風景」のみと言っても過言ではないので、あえて第1番とは呼ばないことにする(いきりたつほどの決意ではないが)。

 イッポリトフ=イヴァノフは国民主義の作曲家であり指揮者、音楽教師でもあった。
 ペテルブルク音楽院でリムスキー=コルサコフに作曲を学び、卒業後はグルジアのティフリス(現トビリシ)の音楽学校で教鞭をとった。

 組曲「コーカサスの風景」(「カフカスの風景」と表記されることもある。どちらが原語の発音に近いのか私にはわからないが、なんか「カフカス」って「てふてふ」みたいでなじめない)は、作曲者がティフリス音楽学校の校長として在任した期間に、この地方の民族音楽を素材に作曲したものである。

 曲は4つの小曲からなるが、第4曲の「酋長の行列」が有名なものの、その他の曲は滅多に演奏されない。つまり、帰納法だか演繹法だか喜望峰だか知らないが、イッポリトフ=イヴァノフの作品でふだん演奏される機会があるのは、この「酋長の行列」のみ、ということになる。

 以下は作曲者の自叙伝による(日本楽譜出版社のスコアの解説(溝部国光による)より引用)。

 第1曲 「峡谷にて」(Dans les Montagnes)
 私はダルヤル峠を生々しく胸に思い出した。テーレク河のざわめき、山のこだまは、郵便馬車のラッパの響きを反している。アラグヴアの峡谷、バサナウルやアナヌルの峡道、これらの風景の連続は、音楽的表現のためによい素材を提供した。「コーカサスの風景」では民謡を部分的に用いたが、しかし一つの主題に民謡を全部そっくり使うようなことはしなかった。おおよその感じを保存しつつ、バラバラに採り上げただけである。バサナウル峡谷を描いた広大な歌謡的主題(第7小節、クラリネット)は、平和な明るい一大花園のごとき自然美の印象を受けて、私が作曲したものである。
 ↑ 「生々しく」だって。なんか、やらしいっ!

 第2曲 「村にて」(Au Village)
 この曲ではまず、狭い峠に住む男の淋しさと悲しさが、イングリッシュ・ホルンのうら悲しい旋律で表現される。続いて、心を奪うような舞踏の主題がオーボエにより扱われ、小鳥の舞うような優雅さと軽快な気分があふれる。言うまでもなく、私の印象の大部分は詳しく語られている。静かな夕暮れ、絵のような山々の眺め、人々の衣裳、珍しい音楽や音楽家達。この舞踊曲の旋律は、当時グルジアの村々でよく聴かれた民謡を私が採譜しておいたもので、ペルシアの影響をいくぶんか受けた曲である。テンポの遅い部分には、普通のバヤタの主題と古い昔の歌を用いた。この楽章で、私は初めて表情のある東洋の太鼓をオーケストラに用いた。
 ↑ 「印象の大部分は詳しく語られてる」って、よくわかんない。

 第3曲 「モスクにて」(Dans la Mosquee)
 モスクの尖塔から祈りの時刻を合図する人は帰り、家畜の群は家路につき、あたりは次第に静かになってゆく。ここではバツウム地方で有名なある旋律と、規則正しいリズムを持つアラビア風の旋律を用いた。
 ↑ 家路につく家畜が何らかの原因で怪我した場合、労災になるんだろうか?

 第4曲「酋長(サルダール)の行列」(Cortege du Sardar)
 がやがやと騒がしい群衆が、サルダールの出発を見送っている。彼を取り巻いたり、守衛の鞭に脅かされて散ったり。ここではゼイトウン行進曲の旋律をもとにして私が作曲し、副主題にはゼイトウンの軍歌調のものを作曲して配した。
 ↑ どうも、酋長というとインディアンしか思い浮かばない、発想貧困な私。

76846ed4.jpg  CDはナクソス盤がお薦め。フェイゲン指揮ウクライナ国立響の演奏。1995年録音。
 このCDをお薦めするのは、珍しい組曲「コーカサスの風景」第2番も収録されているから。他に、「トルコ行進曲」Op.55と「トルコの断章」Op.62という、これまた無名の曲も収められている。

 イッポリトフ=イヴァノフの本来の名はイヴァノフだったという。
 しかし、年長で同姓同名の作曲家イヴァノフと自分を区別するために、自分の名に従兄弟であるイッポリトフの名を付け加えたのだという。

 なお、イッポリトフ=イヴァノフが教えた生徒としては、グリエール(Reingol'd Moritsevich Glier 1875-1956)がいる。

 今日はクリスマス・イヴの前の日ですね。
 でも、朝食はとろろ飯と子持ち昆布だった私。