〔昨日までのあらすじ〕
2月3日(水曜日。先勝)の夜。私はアイゼンシュタイン氏の上司であるベリンスキー候と結託し、アイゼンシュタイン氏を鬼が島に島流しにしようと蕎麦屋に誘い出した。
アイゼンシュタイン氏とベリンスキー候が店にやってきたとき、約束の時刻から6分23秒が過ぎていた。
しかし、私はそのことを責める気はない。
なぜなら、この日の道は管理不行き届きのスケート・リンクのようになっていて歩きにくかったし、何よりも私は寛大だからだ。さらに言うなら、前回アイゼンシュタインと飲んだときは、私が遅刻したのだ。これで負い目はなくなった。
冷え切った体に冷え切った生ビールを流し込み、ときおり岸本加世子似(とベリンスキー候が言った)の店の女の子を笑わせて気晴らしした。
ベリンスキー候は、その直後に「目が弱くなって」とメガネを取り出していたが、ということは、店の女の子が誰に似ているかなんて実は判断がついていなかったのだろうと、私はにらんでいる。
岸本加世子に似ているかどうかは別としても(しかも混乱を巻き起こす性格のアイゼンシュタインは、別なタレントの名前を口走っていた。それが誰かは思い出せないが、加世子ちゃんは不本意そうであった)、とても元気で愛想の良い子だった。アイゼンシュタインの妻も彼女を見習って欲しいと思う。
「今日は節分ですから」と、店主から炒った大豆の差し入れがあった。
「しめた!」と、私は内心ほくそえんだことを白状しよう。
これで私にとっての仮想鬼役であるアイゼンシュタインに豆を投げつけることができる。
最高の豆まきだ。
「歳の数だけ食べてくださいね!」。加世子ちゃんが言う。
ちぇっ、ぶつけるんじゃないんだ。
でも、3人がそれぞれ歳の数だけ食べるには明らかに足りない。
特に私を除く若干2名だけでも、歳を足すと超フルムーン状態だ。
だから私は、一応儀式として上品に1粒だけいただいて、あとはベリン&アイゼン(以降、2人をまとめて称する場合はベンゼンと記す。自然発火して燃えつきそうだ)に献上した。
ベリンスキー候は、本人が言うにはショスタコーヴィチの交響曲第5番の大ファンである。
話題もその曲のことに集中しがちだ。
私は第8番の話をしようとするが、「いやぁ、やっぱり5番が最高ですよ」と、匠が一枚板で手造りした芸術的な碁盤を賞賛するように、なんとか第5番の話に戻そうとする。
ときおりアイゼンシュタインがまったく意味のない奇声、いや、相槌を打つ。相槌じゃなくアイゼンを打って欲しいくらいだ。誰かが。
われわれがショスタコ、ショスタコと連発するものだから、加世子ちゃんは酢だこに塩を振って出そうかと悩んだらしい……しぉ酢タコ(←この一文はフィクション)。
さて、蕎麦屋だから蕎麦で〆る。
私とアイゼンはセイロのハーフサイズ。
しかし、ベリンスキーはさすが侯爵だけあってフルサイズを、しかも納豆のトッピングまでして完食。大豆を食べて、さらに納豆である。節分に特別な思い入れがあるのかも知れない。
ところで、ベリンスキー候がクラシック音楽を好きになったきっかけは、ドヴォルザークのユモレスクを聴いて感動したからだそうだ。
蕎麦屋の掘りごたつの席で、ヴァイオリンを弾くマネをしながらユモレスクを口で奏でる(歌い上げる)ベリンスキー。
その真剣で恍惚となった表情を目にすると、いま自分は銀座ライオンのローレライにいて、生歌ショーをみているような錯覚に陥った。それほど〇〇〇〇〇〇〇〇するほどのものだった(〇の中はご自由に!〇の数は足しても引いてもいいですし)。
私は「ドヴォルザークのユモレスクっていうのは、もともとは8曲からなるピアノ曲なんです。そのいちばん有名なのが今お歌いになった第7曲で、ヴァイオリン用などに編曲されています」と、ご報告申した。
「いやぁ、ユモレスクはすっごく感動的だ!ヴァイオリンであんなに素晴らしい曲を書くなんて!」
だから、もとはピアノだっていうのに……
侯爵様は明らかに、私の発言を聞いていないか聞き流したか聞く気がなかったらしい……
こらこら、アイゼンシュタイン、そこで泣いた赤鬼みたいな顔してんじゃないのっ!
ドヴォルザーク(Antonin Dvorak 1841-1904 チェコ)の「8つのユモレスク(8 Humoresky)」Op.101,B.187(1894)については過去にも書いたが、ベリンスキー候に敬意を表し、あらためて書くことにする(なお、B.はブルクハウザー(J.Burghauser)による作品目録(1967出版)の番号である)。
くどいようだが、いや、間違いなくくどいが、ドヴォルザークの「ユモレスク」はピアノ独奏のための作品で、8曲からなる(1.変ホ短調/2.ロ長調/3.変イ長調/4.ヘ長調/5.イ短調/6.ロ長調/7.変ト長調/8.変ロ短調)。
ユモレスクという名は、19世紀の気まぐれな、ユーモアのある器楽作品につけられたものだが、はっきり言って何がそうなのかというのは曖昧だ。よくわからない。
ドヴォルザークのユモレスクでは第7曲が突出して有名で(他の7曲はほとんど聴く機会がない)、世界的なヴァイオリニストのクライスラー(Fritz Kreisler 1875-1962 オーストリア→フランス→アメリカ)が第7曲をヴァイオリン用に編曲したことなどから、広く一般に知られるようになった。
現在では、この曲が8曲からなる曲集のうちの1曲であることはもちろんのこと、原曲がピアノ独奏曲であることを知っている人のほうが少ない。
したがって、ベリンスキー候がこの曲をヴァイオリン曲だと信じて疑わないのも無理はないと言える。 ただ他の7曲も、通俗性には劣るかも知れないが、とても味があるものばかりである。全曲のCDはほとんど発売されていないが、入手する機会があったらぜひ購入して聴くことをお勧めしたい。確かナクソスから出ていたと記憶しているが……
私が現在持っているCDはクヴァピルのピアノによるもの。1968年録音。スプラフォン。
このCDの詳細情報は以下↓のとおりだが、タワーレコードでは現在も「販売終了」とはなっていないものの、「廃盤」との注記がある。廃盤だが在庫はあるということだろうか?
ということで、オフィシャルな夕食会は終わった。
私はある店に行って、ある人に手渡さなければならない物があったので、お2人に別れを告げた。
ベリンスキー候に、足元が滑るのでくれぐれもお気をつけて、と私は言いたかったのだが、寒さで口がうまく動かず、足元が滑るので滑らない努力をしなさい、と言ってしまった、ような気がする。
私は厳寒のなか、ある店へ向って歩き出した。
すると、後ろから桃太郎についてくる犬のように、アイゼンシュタインがついてきた。さっきまで鬼の役だったのに、鬼退治の側に変わり身したのだ。誰も許可していないのに。
よし、あまり前途は明るくないが氏を一緒に連れて行くことにしよう。
こうして私たちはその店、“ビバ・トレード”に向かった。直訳すれば“商売・万歳”である。もちろん仮名だが、すごい意味をもった店名だ。
その“ビバ・トレード”では、恵方巻きにまつわる阿呆なことが起こる。
以下、続く。ただし、気が向けば……
新館入口(2014.6.22~)
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