〔これまでのあらすじ〕

 納豆そばを食べたベリンスキー候は家に帰り、バー“ビバ・トレード”の店員の3人娘はカラスのごとく恵方巻きに群がり、そろそろ帰る時間だなと私が思っているにもかかわらず、そのことに気づこうとしないアイゼンシュタイン氏は、「歌いたい」と言いはじめた。

 カラオケは、なぜかナタオーシャの歌で始まった。
 キャンディーズの「微笑がえし」である。

 これは真面目に思うのだが、ナタオーシャは音楽面においてある種の才能があると思う。耳が良いのだ。
 いや、中耳炎にかかったことがないなどという問題じゃなくて、1度聴いた曲は、だいたいすぐに自分で歌えるようになる。これはすごい。
 才能がさらに磨かれれば、聴いたことがない曲も歌えるようになることも夢ではないだろう(それは別な観点で病気とも言えるし、作曲家とも言える)。

 それはともかく、ナタオーシャの歌に応えるために、私は彼女を見て微笑んであげたが、返してくれなかった。
 どうも、選曲した歌の内容とやっていることに矛盾がある。
  
 そんなこんなで全員の歌の予約が入った。
 するとアイゼンシュタインが言った(ついでに言うと、いつの間にか、氏はネクタイをはずしていた。罰として首輪をはめてやりたいところだったが、残念ながら持ち合わせがなかった(っていうか、かばんの中に首輪が入っていたら、それこそ変態と思われるだろうな……))。

 「こ、これは、でしゅねぇ、マージャンで言えば、……知ってます?マージャン。ふふっ。マージャンだとですね、つまり、全員リーチなんですよ」

 一同、無言のまま彼の次の言葉を待つ。
 「ふふっ」
 すっかり主役になった気分のアイゼンシュタインは、店の女性3人を人差し指でなぞるように指し回し、力強く言い放った。

 「アンタたちが、マン」

 ワケわかんねぇ……

 そのうち、ナタオーシャの顔が真っ赤になってきた。
 こっそりとワインをガブガブ飲んでいたのだろうか?
 いや、彼女の名誉のために本当のことを書いてあげると、彼女は実は酒が弱い、のではなく、すぐに赤くなるだけらしい。
 その色は、まさにワインレッド。
 それほど明るくない店内では、顔一面を均一的に強打して、均一的に内出血しているようにも見えた。

 そこから話は、酔って気分が悪くなったときのことに飛んだ。

 再びアイゼンシュタイン。
 「アタシはね、マンションの階段とかでは吐かないんです。ふふっ。自分が住んでるマンションの前でも吐かないんです。一度ね、ウチのかみさんがね、朝、マンションの玄関の前にゲロが吐かれているのを発見して、アタシをですね、疑ったわけですよ。
 でもね、アタシじゃありません。
 ワタシはね、気持ち悪くなったらね、どっか途中の一軒家の庭先にちょいと入り込みましてね、そこで吐くんです。でもですよ、ウチのかみさんはね、アンタ、私の友だちの家には吐かないでねっていうんです。ですから、そりゃそうですよ、かみさんの友だちんちでは吐きません」

 ってそういう問題じゃないだろうに……

 「東京に住んでいたときはですよ、電車の中できもち悪くなったらですね、途中の電車と電車をつないであるところ。あれ、なんちゅうんですかね?じゃばらみたいなとこがあるじゃないですか。そこで吐いたんです」
 これは悪質。
 他人の家や連結器上の蛇腹(貫通幌という)で吐くぐらいなら、口の中でとどめてもう一度飲み込みなさい!

 私は気分転換に「Let's Ondo Again」で景気づけようとしたが、残念なことにここのカラオケには入っていなかった。おや?前はあったのに。

 カチャカポコナが言う。
 「安いコースに替えたの。だから曲数少ないのさぁっ」
 いきなり語尾が北海道弁。
 やれやれ。

2c4ee4f6.jpg  この曲を知っている人は少ないと思う。
 今から30年以上前にLPで出ていた。大瀧詠一や山下達郎なんかの曲が入ったアルバムで、ちょっとしたことからたまたま私はこれを聴く機会があった。その後、細川たかしが歌ったこともある。今から20年ほど前のことだったと思うが、私は秋葉原で懸命に探し、CDを手にすることができた(まだネットなんて一般には知られていなかった時代だ)。
 メロディーもそうだが、ユーモアに富んだ歌詞が魅力。それが私をそこまでするように駆り立てたのだ。

 まだ、わずかに在庫があるようだ。

 「Let's Ondo Again」がないということは、この曲の前駆体で、それまでカラオケで発見したことのない「ナイアガラ音頭」もあるはずがなく(これは[E:downwardleft]のCDに収録されている)、私は初めての挑戦でピンク・レディーの「渚のシンドバッド」を歌った。

d4ce7fb2.jpg  なぜ「渚のシンドバッド」なのか?
 実は、その大瀧詠一のアルバムには「渚のシンドバッド」の替え歌の「川原の石川五右衛門」という曲があったのを思い出し、代償的に歌ったのだ。

 結果は悲惨。
 それにしても、ピンク・レディーだなんて、私も馬鹿なことをしたもんだ。

 結局家に着いたのは午前1時半過ぎ。
 やれやれ……

 それにしても、アイゼンシュタイン(の妻)は、朝にゲロを発見。片や。エリザベートはかつて、早朝に自分の車のボンネットにウンコを発見。
 なんでこんな話ばかりなんだ?

 そして、アイゼンシュタインが白ワインを自分のグラスに注ぎきったとき、コーヒーかすのようなオリがドバーッと出てきた。
 やっぱりなぁ。味がちょいと特殊化しているような気がしたもの。
665f018f.jpg  だから私は、ちょっと口にしただけで、あとはウィスキーの水割りにしていた。

 アイゼンシュタインよ、天誅が下ったのだよ!
 また吐かなきゃいいけど……

 それにしても、たぶん冗談というか、妄想だとは思うけど、アイゼンシュタインよ、他人の家の庭に勝手に入り込んじゃだめだよ。
 もし、アイゼンシュタインがウチに庭に入り込んで来たとしたら、発見し次第、首輪をつけて、カーポートの柱に結びつけ、バラの枝を30本束ねて作った特製ムチで打ってあげるからね(写真はバラのムチを連想させるためのイメージ)。

59a5927f.jpg  アミーロフ(Fikret Amirow 1922-1984 アゼルバイジャン)の交響的ムガーム「バーヤティ・シラーズの花の庭」(1968)。
 タイトルだけでもすごくステキだ。
 庭というのは美しいもの。汚しちゃいけないのだよ。

 ムガームというのはアゼルバイジャンの吟遊歌手の旋律形のこと。実は、アミーロフの父親はムガーム歌手であり、さらに民族楽器タールの奏者であった。 
 ヘルムラート指揮ドレスデン響のCDが出ていたが、現在は廃盤のよう(アルテノヴァ・クラシックス。1999年録音。ライヴ。このCDはユスポスの「ノーラ」のときに取り上げている)。
 と思っていたら、なんと出ているではないか[E:sign01]
 何種類ものフルートを使い分ける、フルート協奏曲の「ノーラ」も、絶対聴くことをお薦めしたい。
 
 そういえば、汚物ネタ(下半身部門)が得意のエリザベートが、汚物ネタに走らないすばらしいギャグを思いついたと言っていた。

 「マーラーがマーライオン、なんちゃって……。どう?」

 どうもこうもない。こんな意味不明のアイゼンシュタイン風なオヤジ・ギャグは瞬間消滅もので却下だ。

 エリザベート、大丈夫か……?

 そして今日、私は高松から那覇へ向かう。