もちろん名前だけは知っているが、私はフリオ・イグレシアスという人の音楽を知らない。
 でもひどいのかな、と思ってしまっている。
 なぜなら、村上春樹がひどく書いているから……

 その名もずばり、「フリオ・イグレシアス」という短編(「夜のくもざる」:新潮文庫)。
 経緯は知らないが、なぜか毎晩海亀の襲撃を受けている男女。それまで蚊取線香で追い払っていたが、蚊取線香は尽きてしまった。
 困ったあげく考えついたのが、フリオ・イグレシアスの「ビギン・ザ・ビギン」のレコードをかけること。真夜中に海亀が来たときにこれをかけると、海亀は苦しそうなうめき声をあげたのだ。

 「ファミリー・アフェア」(新潮社の「象の消滅―村上春樹短篇選集 1980‐1991」と、文春文庫の「パン屋再襲撃」に収められている)。

 《彼が軽いボーカルを聴きたいというので、妹はフリオ・イグレシアスのレコードをかけた。フリオ・イグレシアス!と僕は思った。やれやれ、どうしてそんなモグラの糞みたいなものがうちにあるんだ?》

 そんなにフリオ・イグレシアスってひどいんですか?
 モグラの糞みたいなんですか?

 いえいえ、別に聴きたくないですけど。

 ところで、「象の消滅」には「納屋を焼く」が収められているが、新潮文庫の「螢・納屋を焼く・その他の短編」に収められているものとは少し異なる箇所がある。まあ、偶然気づいただけで、他にもいろいろ手が入れられているところがあるんだろう。

 「納屋を焼く」の新潮文庫版では、チャイコフスキーの「弦楽セレナード」を聴く描写があるが、「象の消滅」収録版ではそこがカットされている。その部分で語られるガラードのオートチェンジャーについてもざっくりと削られている。

 いえ、ただそれだけです。
 そういえば、「ねじまき鳥クロニクル」にも、チャイコフスキーの弦楽セレナードが出てきた。これも前に書いたっけか

 ついでにもう1つ。
 「象の消滅」に「窓」という作品が収録されている。
 これは、講談社文庫の「カンガルー日和」に収められている、「バート・バカラックはお好き?」と同じものである。ハンバーグが登場するこの作品については前に触れているが、内容からすると「窓」の方がタイトルとして合っている気がする。

 彼女の部屋の電車の線路が見える窓は、同時に彼女の心の窓であるように思える。

 チャイコフスキー(Pytr Il'ich Tchaikovsky 1840-93 ロシア)の「弦楽セレナード」ハ長調Op.48(1880)は、あまり好きな曲ではない。

4a351114.jpg  中学3年生のとき、高校受験用の模試を受けに行き、家に帰って来てこの曲を聴きながら答え合わせをしていたら、国語のテストで漢字を書く問題で「しょうさい」を「詳細」ではなく、ごんべんをいとへんで書き間違えたことに気づいたのだ。
 だからどうってことはないが、この曲を聴くと悔しい気持ちになる。
 単に模試だったんだけどね……

 一時期、“オー・ジンジ。オー・ジンジ”という、派遣会社のCFでも使われていたこの曲だが、あの会社(なんて名前だったっけ?「派遣社員のご入り用はありませんか?」って、わが社にもセールスがひどくしつこくやって来てた)どうしたのかね?何か起こしたんだっけか?

 あっ、この曲、一般的にはすっごい名曲とされています。
 私ごときの粘着的思い出のことなど気にせんといてください。

 私が持っているCDは、ドヴォルザークの弦楽セレナードのときに紹介したマリナー盤。
 もっぱらドヴォルザークの方しか聴かないんだけど。
 ということは、この曲を紹介する資格はないのだな、私には。
 いま、廃盤のようですし……