8a00908a.jpg  昨日、会社で立て続けに2人に「どうした、そんな生気(せいき)のない疲れた顔して?」と言われた。
 村上春樹の小説に出てくる女性が、しばしば主人公の“僕”に対して「あなた、ひどい顔してるわよ」と言うのを思い出してしまった(私に言ってきたのは2人ともおじさんだったけど)。

 このように続けて2人に言われると、本当に私は生気がないんだ、疲れてるんだ、と思わざるを得ない。
 先日食べたハンバーグは生だったのに、私自身は焼けすぎのカサカサ、パサパサのようだ。
 どこかで読んだ話だが、すっごく顔の色艶が良い人でも、周りのものが結託してわざと「顔色が悪いよ」と言うことにすると、3人目に言われたときには実際にその人の顔色が悪くなるらしい。病は気からである。

 私だって、ダメ押しでこの時もう1人同じことを言う人がいたら、「もう自分は死んでいる」と認めるしかない心境になったろう。

 でも、2人目が私に言ったのは、「昔、別なセクションにいたときにはすごく若々しかったのに」だった。
 そりゃそうだ。昔は生物学的にも実際若かった。
 そして、今のところ私はアンチ・エイジング対策はしていないのだ。
 老人に対して「生まれたときには若かったのに……」と言うのと同じだ。そんなことは、私に言わないで欲しい。私にぴちぴちを求めてどーするの?

 ただ、慢性的な寝不足が私に疲労オーラを放出させていることは認めよう。
 だって、年とともに朝早く目が覚めるんだもの。
 眠いけど、起きちゃうんだもの。
 これじゃあ、早起きは三文の得、じゃなくて三途の川行きだな……
 なんとかしなきゃ。

§

 レストランでの生焼けハンバーグ事件については、世の中けっこう生焼け料理に遭遇するハメになった方がいるようで、多くの方に共感するコメントをいただいた。2人だけど……
 そこで、本日は生焼けではなく、私が遭遇した、火を通しすぎた“絶妙なダシのそば”事件。

 あれは私が就職した年かその2年後か3年後か、とにかく覚えていないが、その頃の私がまだぴちぴちだった、初夏のある日のことだった。
 隣の課の課長が前日に競馬で勝ったということで、昼にそばをごちそうしてくれることになった(勝ったというわりに、そばかよ……)。

 会社からやや離れた古い一軒家のそば屋に行った。そこのそばは味がなかなか良かったしボリュームもあったので、ときどき使っていた。この日もわざわざそこへ出向いた。隣の課長とその課の係長、そしてなぜか私の3人である。

 みんなで“だましそば”を注文した。
 “だまし”というのは、おそらくあまり一般的ではないと思うが、揚げ玉が入ったものである。ふつうはたぬきそばと言うのだろう。天麩羅かと思いきや、実は揚げ玉。だから“だまし”だ。

 そば1杯を持ってくるのも重労働のようなおばあさんが、ぷるぷる腕を震わせながら“だましそば”3つがのったお盆を持ってきた。
 おばあさんがそれぞれの前にそばを置く。
 ここで運命は決まったわけだ。

 私の前に出されたそばは、揚げ玉(天かす)の下にしいたけの切れ端が入っているではないか!
 おやっ?
 五目そばに入れるしいたけをサービスしてくれたのかな?
 そのしいたけを箸でつまみあげると……ぎょへぇ~っ、それは十分に煮込まれすっかりダシが溶け出し、ぺったんこ状態になったカマドウマであった。ご丁寧に、触覚の1本はまだその外皮だけになった虫体に残ったままだ。

 うわぁぁぁぁ~っである。

 私はそれでも悩んだ。
 せっかく隣の課の課長が御馳走してくれるのだ。
 へんに騒ぎ立てると心象を悪くする。
 いつか直属の上司になるかもしれない(実際、偶然にもその数年後に私の課長となった)。
 こっそりよけて、我慢して残りを満足した演技をしながら食べようか。
 でも、汁はすすることは絶対できない。
 何しろカマドウマは、ただでさえ虫嫌いの私にとっても、とりわけ嫌悪すべきグループに入っているからだ。

 そのときである。隣の課の係長がボソッと無感動に言った。
 「ねぇ、それ、ベンジョコオロギじゃない?」
 カマドウマの別名はベンジョコオロギである。
 汲取り式便所の時代、暗くて湿った場所、つまり便槽の周辺などに多く生息していたことからそう呼ばれたらしい。
 カマドウマだけでも十分すぎるダメージなのに(カマドウマというのは竈にいる馬という意味だ)、耳からもダメージを与えられたのだ。ベンジョコオロギという言葉で私は湿疹寸前。“だましそば”の“だまし”はしいたけのだましかぁ?

 さすがに私の号泣寸前を理解した課長が店のおばあさんを呼び、虫が入っていたことを告げてくれた。
 「あっ、あらら、すぐに取り替えますね」

 私は「そばはもういいですから、おにぎりを1個だけ下さい」と、蚊取りマットの効果試験に参加して息絶え絶えの蚊のような声でお願いした。
 だって、あれはかなりの時間じっくりとそばつゆの鍋で煮込まれたに違いないのだ。いま、この店内で温かいそばを食べているすべての人のつゆに、カマドウマのエキスが入っているのだ。どうして、再度そばなど注文できようか!

 そして、その課長。
 ほぼ自分のそばを食べ終えようとしたときに気づいた。
 「ということは、オレのそばのつゆにもベンジョコオロギのダシが入ってるってことかぁ~?」
 そのとおり。
 気づくの遅いって……

 あの店、調理場の床がいつも湿っていて薄暗くて、いかにもカマドウマがピョンピョンしていそうだもんな。その店、いまはもうなく、跡には近代的なホテルが建った。私はそれを“カマドウマホテル”と呼んでいる(ウソ)。

 なぜ私がカマドウマをこれほどまでに憎むのか。
 簡単に言えば、見た目が気持ち悪い上、ピョンピョン跳ねて恐ろしいから(ヤツには羽はない)。

 浦河に住んでいたとき、学校の裏手の山道を進むと使っていない小さなサイロが道端に建っていた。
 小学校の2年か3年のとき、友だちとそこを歩いていて、サイロの中を覗いたことがある。
 ちょうど顔の位置ぐらいに開口部があり、そこから中を覗いたのだ。

 サイロの中は、地面から1メートルくらい下まで掘られていた。
 そして、私がそのとき目にしたのは、開口部の周りの壁に何匹も張り付いていたカマドウマであった。それぞれがヘニョヘニョと触覚を動かしている。
 ぎょえぇぇぇぇぇ~っ、であった。
 これがトラウマの第1楽章。

 第2楽章は札幌に引っ越してから。
 中学生のとき。
 夏のある日、リビングでTVを観ていたら、視野の端、自分のひざのあたりで動くものがある。
 それはカマドウマであった。
 やはり触覚をヘリャヘリャ動かしながら、私の上半身に向かって歩いてくるではないか[E:sign01]いったいどこからやってきたのだ[E:sign02]

 ドヴァァァァァ~っ、と叫びながら高電圧電気刺激を受けたかのようにパピンと立ち上がったが、その衝撃でカマドウマはとりあえずは私の神聖な肉体からは離れた。
 背筋に寒気が走る。
 冷蔵庫なら***マークだ。

 許せない。
 私はキンチョールを取り出し(もしかするとフマキラーだったかもしれない)、そいつに噴霧した。

 するとである。
 あいつは恐ろしいほど高く跳びはねたのだ。
 しかも何度も、方向性もばらばらの無指向性で。
 苦しさの余り狂い跳びしたのだ。
 こっちにも跳びはねてきそうだ。
 あれは怖かった。
 すっごく怖かった。
 あいつ、すごい脚力だ。
 死に絶えるまでじっとしていなかった。
 あいつが人間ならオリンピックの跳馬で金メダルが取れただろう。

 ということで、この話は第2楽章で終わる。ボロディンの交響曲第3番のように。あるいは、シューベルトの未完成交響曲のように。
 第2楽章までで十分だ。

 ついでにいうと、だから私はふつうのコオロギも嫌いだ。
 スズムシも嫌いだ。
 鳴き声が美しいからといって、家で飼育することなど私には考えられない。
 これは、歌声が美しいからといって、スーザン・ボイルのブロマイドを収集する気にはならないのと、基本的には同じ精神である。

 ショスタコーヴィチ(Dmitry Shostakovich 1906-75 ソヴィエト)の「クルイロフによる2つの寓話(2 Fables after Ivan Krylov)」Op.4(1922)。

 2曲から成るこの声楽曲は、第1曲が「こおろぎとあり(The Dragonfly and the Ant)」、第2曲が「ろばとナイチンゲール(The Ass and the Nightingale)」。詞はクルイロフ。

 クルイロフ(Ivan Andreevich Krylov 1769-1844)はロシアの劇作家・文学者である。 

 CDはボリサヴァのソプラノ、モスクワ・コルサヴァトリー室内合唱団他によるメンバーでロジェストヴェンスキーが指揮したものが出ていたが、現在は廃盤(BMG-メロディア。1979年録音。ショスタコーヴィチのスケルツォOp.1のときに紹介したのと同じディスク)。

 また、「完訳 クルイロフ寓話集」は岩波文庫で読むことができる。

 注文した料理に虫……
 経験談をお待ちしております。