ちょっと前のことだが、取引先の会長(といっても、肩書とは関係なくとても気さくな人だ)の舟山さんと食事をする機会があった。
何かの話から何かの話になり、それがさらに何かの話となったとき、舟山さんが言った。
「あなたは、えぇっとなんて言ったかなぁ……そうそう、混合比って知ってますかね?」
「混合比、ですか?」
私はガソリンの混合比率ぐらいしか思い浮かばなかった。
「知らないかね?昔から言われている、もっとも美しく見えるという比率だよ」
はふぅぅぅ~っ……
「あのぅ、それは黄金比では……」
「えっ?あっ!そうそう、黄金比、黄金比!」
そう恥らいながら舟山さんは笑った。
次の瞬間、口の中から何かの食物の破片が飛び出てきた。
それはマッハのスピードで、目の前に雑然と並んでいる取り皿の方向へヒュィ~ンとばかり飛行。
その破片、その後行方不明……
私の料理に入ったかもしれない。
こういうのって、すっごく不安。
黄金比。
1.618:1の比率をいう。
といってもこれは近似値である。
ダン・ブラウンの「ダ・ヴィンチ・コード〈上〉」(角川文庫)には、《五線星型を描くと、できあがる線分同士の比が黄金比と一致する》(上巻177p)と書かれている。
そうですか、としか言いようのない私……
黄金比はパルテノン神殿やピラミッドのなかで使われているという。また、植物の葉の並び方や巻き貝にも見つけることができるという説がある。こないだ食べたつぶやきもそうだったのだろうか? いや、呟きじゃなくて、螺焼き(ツブヤキ)。その貝殻……。間違いなく言えるのは、螺焼きそのものはあんまり美味しくなかった(写真は単なるイメージ。昨年室蘭水族館にて。写真を見ているだけでいたたまれない寂しさを感じる)。
それはともかく、オウムガイの殻を横割りで切ると、そこには美しい模様が。それは黄金比によってできているらしい。
よくわからないけど、こういうことから、黄金比は目にしていて最も安定し美しい比率と言われ、黄金比を意識して作品を創る芸術家もいる。
身近なものでは名刺も黄金比でできているという。
そそう、「こーゆう者です」って差し出す名刺のことである。
長辺と短辺の比率が黄金比の長方形はどのような長方形よりも美しく見えるんだそうで、名刺もそうなんだという。
美しいって、誰がそんなこと決めた[E:sign02]
バルトークの(Bartok Bela 1881-1945 ハンガリー)の作品にも黄金比による細工が見いだせるという。
彼の最高傑作とされる「弦楽器、打楽器、チェレスタのための音楽(Musik fur Saiteninstrumente,Schlagzeuge und Celesta)」Sz.106(1936)。
細かなことは私にはわからないが、この曲の第1楽章の冒頭主題は38の8分音符からできており、最も高い音が23個目に現れるのは黄金比なのだそうだ。言ってる意味がよくわからないけど……
このほかにも黄金比が作品中に忍ばされているいう。
ただし、バルトークは自分の作品についての理論的なことはほとんど明らかにしていない。だから、バルトークが黄金比を用いることをどのように考えていたかは謎である。
ところでバルトークという人物についてここでおさらいしておくと、彼は民族的語法による現代的手法を開拓し、20世紀音楽に大きな影響を残した作曲家である。
コダーイ(Kodaly Zoltan 1882-1967 ハンガリー)と協力してハンガリーの農村で民謡を収集し、さらにバルカン、中近東まで取材した結果、それまでハンガリー民謡と考えられていたジプシー音楽に代わり、マジャール人の音楽を発掘。自分の作曲の基礎とした。
第2次大戦のとき、1940年にアメリカに渡ったが、健康が悪化したため43年にはピアノの演奏活動を中止した。白血病だった。
黄金比になんにも結びつかない説明でごめん。
1937年、バルトークの円熟期に書かれた「弦楽器、打楽器、チェレスタのための音楽」は、指揮者をはさんで左右に2つに分かれた弦楽器群と、その間に打楽器、チェレスタ、ピアノ、ハープが配置されるよう指定されている。
4つの楽章から成り、第1楽章は非常に高い緊張感を持つ緩やかな楽章。
第2楽章は第1楽章とは対照的な明るい気分の動きのある楽章で、左右に分かれた弦楽器群の掛け合いがおもしろい。
第3楽章は再び遅いテンポ。第1楽章と密接な関係をもつ。夜中に無人の学校で肝試ししているような雰囲気。ティンパニのグリッサンドが印象に残る。
第4楽章は テンポの速い激しい音楽。聴いていてゾクゾクする。
まっ、間違いなく言えるのは、黄金比だのなんだのなんか関係なく、この曲はすばらしいってことだ。
H.C.ショーンバーグの「大作曲家の生涯」(共同通信社)によると、作曲家であり指揮者であるブーレーズ(Pierre Boulez 1925- フランス)は、《バルトークを「後期のベートーヴェンと円熟期のドビュッシーの一種の合成物」として一蹴し、「ベルクやシェーンベルクとかけ離れていない、特別な半音階的実験の段階に達した」バルトークの音楽だけを称賛した。それ以外のバルトークの音楽は「内部の結合力に欠ける」とブーレーズは言い、「ピアノ協奏曲第3番」「オーケストラのための協奏曲」といった聴衆に最も人気のある作品に関しては、「疑わしき趣味を露呈している」と述べた。バルトークの民族主義は「19世紀の民族主義的高まりの残りカスにすぎない」と、彼は冷笑的に指摘している》、という。 でもでも、ブーレーズにどういう変化があったのかわからないが、疑わしき趣味を露呈しているという「管弦楽のための協奏曲」も、彼はレコーディングしている。
私はブーレーズという指揮者が好きか嫌いか自分でもよくわからないのだが(多少嫌い目)、彼の振るバルトークは私の知っている限りでは良い(彼が振る「オケ・コン」は聴いたことがない)。
この「弦楽器、打楽器、チェレスタのための音楽」の演奏は、全編が精緻な表現で貫かれており、悔しいけど好きだ。
1996年録音。グラモフォン。
ところで黄金比を混合比と間違え、恥じらいながら口の中の食べ物の断片を放出したあの会長氏だが、その後入院したらしい。病名は不明だが、きっと「あの看護婦は黄金比だ」とかなんとか、ワケのわかんないことを言ってるに違いない。
新館入口(2014.6.22~)
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