昨日の続きの話。
法事があった晩。いや、曜日は日曜に変わった真夜中の2時。
私は胸の辺りに重苦しさを感じて目が覚めた。
明らかに吐き気がある。
夜はほとんど飲まなかった。
いや、飲めなかった。
それが今になって、お外に出たがっている。
私は起き上がり、不慣れな階段を降り、トイレに入った。
便器の中の水に話しかけるように顔を近づけた瞬間……吐いた。
固形物はない。
ほとんど無色透明な水だ。
これがビールというのなら納得性があるが、なぜか無色透明の無発砲の液体なのだ。
納得いかないが、こんなところでブーたれたところでどうにもならない。
ブビョォ~ッと吐いたあと、静寂が戻る。
静寂はつかの間。
来た来た来た。
第2波だ。
ボベヒョォ~と吐く。
ふぅ……
ため息をつきながら、村上春樹の小説のことが頭をよぎる。
「嘔吐1987」ってどんなストーリーだったかな。
あるいは、嘔吐物の中でたくさんの白い虫がうごめいていた、「蟹」を思い出す。
おや?
これは?
うぉぉぉぉ、第3波だ。
グビャキョォ~と吐く。
幸いこれで収まった。
まいった。
朝になり、相変わらず気分は悪かったが朝食は食べた。
義母がしつこく「昨日の折の残りのチャーシューを食べろ」と勧める。
しつこさのあまりちゃぶ台をひっくり返したくなる。
ちゃぶ台がなくてよかった。
午前のうちに出発し、午後1時には帰宅。
幸い車のエンジン・トラブルもなく(でも、どうも音がノーマルじゃない気がする)、不幸にも私は嘔吐トラブルに襲われたが回復が早く、無事に帰って来れた。 家に帰ってきて気晴らしに聴いたのは、大バッハ(直訳すれば大・小川)の次男C.P.E.バッハ(Carl Philipp Emanuel Bach 1714-88 ドイツ)のフルート協奏曲(Concerto a flauto traverso)イ短調Wq.166,H.431(1750)。
この曲はすさまじい。
モーツァルトのフルート協奏曲が誕生する30年近く前に、モーツァルトの協奏曲よりも実に感情的で激しい協奏曲が書かれていたのだ!
C.P.E.バッハはフルート(フラウト・トラヴェルソ)のための協奏曲を4曲残しているが、そのなかでもWq.166(Wq.はヴォトカン(Alfred Wotquenne)による作品目録(1905出版/1955改訂)の番号。また、H.はヘルム(E.Helm)による作品目録(1989出版)の番号)は大胆な音楽だ。激情のコンチェルトだ。
編成は独奏フルート、弦楽、通奏低音。
それにしても、このような当時としては前衛的な音楽を、C.P.E.バッハのパトロンだったフリードリヒ大王が、果たしてがんこ寿司のように「喜んでぇ~」と吹いたのだろうか?
いや、それ以前に、このかなり細かな動きで跳躍も多い独奏パートを大王が吹けたのだろうか?でも、たぶん吹いたんだろうな……
冒頭から激しく打ち寄せる波のように荒れ狂う弦楽の響き。そのあとに「そんなの関係ないよ」とばかり、騒ぎをよそにマイペースで登場する独奏フルート。その対比がまたおもしろい。
とはいえ、フルートもその狂乱に同調していくかのように動きを活発化する。
第2楽章は優しく穏やかな“歌”。そして、第3楽章は第1楽章ほどではないにせよ、フルートが細かく跳びはねる。
一度聴いたら忘れられない曲。
繰り返すが、このような協奏曲が古典派の前の時代に書かれていたということが驚きである。そしてまた、薬味のように散りばめられているチェンバロの響きがこれまた美しい。 そうそう。
宮部みゆきの「誰か―Somebody」(文春文庫)。
この小説は、私がこれまで読んだ宮部作品――模倣犯、楽園、理由、魔術はささやく、スナーク狩り、火車――とは、ほんの少しトーンが違った。
それは、主人公である杉浦三郎が、ちょっぴりユーモラスなキャラクターとして描かれているからだろう。
それは、村上春樹の「世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド」(新潮文庫)の“ハードボイルド・ワンダーランド”側の主人公の“私”が切羽詰った状況下であるのに、何を考えているのと問われ「近藤正臣と中野良子と山崎努」と答える(下巻167p)のに通じるところがある。杉浦三郎は“私”ほどではないが……(なお、杉浦三郎は(私は未読だが)「名もなき毒」で再登場するという)
で、「誰か」のなかに、こんなくだりがある。
《人生の成功も幸せも、山っ気でつかめるものじゃない。……山っ気とか野心とかは、薬味みたいなものだから、あった方が人生が美味しくなる。だけど薬味だけじゃ一品の料理にならない》
なかなか、良い例えだと思いません?
もう1つ、本書のなかで私のお気に入りの記述を。
《その後は、私たちは、子供が早寝した後の若い両親にふさわしい時間の使い方をすることにした》
まさか、2人でババ抜きをするわけではあるまい。
ふふふっ。
薬味から脱線してしまった。
C.P.E.バッハの斬新なフルート協奏曲イ短調で私がお勧めしたいCDは、ニコレのフルート独奏、ジンマン指揮オランダ室内管弦楽団による演奏のもの。1977年録音。フィリップス。
このCDは2枚組みでフルート協奏曲全4曲のほか、オーボエ協奏曲などが収められている。ただし、現在は廃盤状態。
なお、フルート協奏曲イ短調は、チェンバロ協奏曲イ短調Wq.26(1750)と同一楽想である。
いま思いついたが、フルート協奏曲イ短調の弦楽合奏部が荒れ狂う波だとしたら、独奏フルートはこのCDジャケットにすまして写っている鳥のようである。
新館入口(2014.6.22~)
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