1f8737d6.jpg  大阪で単身赴任生活していたとき。
 土曜日の夕方。
 ちょっぴりHなビデオを観ていたら、ピンポォ~ンとチャイムの音。
 モニターには見知らぬおばさんが映っている。
 私はビデオデッキの再生を止め、警戒もせずにドアを開けてしまった。
 「こんにちはぁ。NHKですぅ」

 「NHKを観ることはないんです。本当に。そもそもテレビ自体観ないんです。いや、テレビはありますよ。でも、それはビデオとかDVDを観るためなんです。オペラとかバレエとか、そういうものです。NHKさんに敵意はないですけど、観ないものにお金を払うっていうのは、私の生活スタイルのオプションとしてはないんです」と、私は丁重に説明しようとした。そして、実際、NHKを観ることなどなかったのだ。

 しかし、おばさんと会話を始める前に、部屋の中から「ハッケヨォ~イ、ノコタ、ノコッタ」という声が。
 再生を止めたのでTVモードになり、運悪くデッキのチャンネルがNHKになっていたってこと……。女性のきれいな裸の映像が、太った男のTバック姿の映像に替わっていたってこと……

 何も言い訳できない。
 口座引き落としの書類を受け取りました。
 その日は意地で18時まで相撲を観てやりました。

 その後、私はインターホンの電源そのものを切っておくという生活を選択した。
 ずっと……
 だって単身赴任の私の所になんて誰も来ないもの。来るのはエネーチケーとか読売新聞とかだけ。

 さて、話は1979年7月15日にまでさかのぼる。
 この日の19:15からのNHK-FMの番組は、「NHKシンフォニーホール」。

 最後に放送された曲は、レスピーギの交響詩「ローマの祭り」だった。 曲が終り、解説者(局のアナウンサーではなかったはずだ)が言った。

 「ただいまのはレスピーギの交響詩『ローマのまつ』。指揮は岩城宏之さん。管弦楽はNHK交響楽団でした」

 このあと、「それでは今夜はこのへんで……」とか何とか言ったかどうかは覚えていないが、「り」はどこかに捨ててこられたまま。「り」はどーした?

 レスピーギはローマに寄せる深い愛着を表した作品として、「ローマ三部作」と呼ばれる交響詩を書いた。それは「ローマの噴水」(1914-16)、「ローマの松」(1924)、「ローマの祭り」(1928)である。
 つまり、「祭り」の「り」を忘れることで、「ローマの松」という、実際にある別な作品名になってしまうわけだ。

 リスナーでこの日初めてこの曲を耳にし、「あぁ、この曲は『ローマの松』っていうんだ」と、誤った情報を刷り込まれ、のちに公の場で赤っ恥をかくハメになった気の毒な人がいたかもしれない。そして、「祭りなんてだいっきらいさ!」と、心に傷を負うことになったかもしれない。

 そりゃ、「ローマの松」の方が、「ローマの祭り」よりも優れた作品だと言われるが(そして、それは間違いないのだが)、思い込みか口が滑った(のではなく、止まった)のかは知らないが、とってもいけない間違いだったと思う。

 解説も生放送じゃなかったと思うので、チェックできなかった“エネーチケー”がほとんどすべて悪いんだろうけど……

 村上春樹の「1Q84」のBook.3で、“エネーチケー”の集金人が執拗に青豆の部屋のドアを叩きわめくところを読んで、このことと大阪の話を思い出した次第。

 それにしても、タイトルのエッチなケって何だ?
 Book.3に「豊かな濃い陰毛」っていう記述が出てきたから、つい……
 すまん……

 レスピーギ(Ottorino Respighi 1879-1936 イタリア)の交響詩「ローマの祭り」(Poema sinfonico "Feste romane")は、「ローマの松」よりも大きな編成のオーケストラを必要とし、第3部ではマンドリンまで加わる。まあとにかく色彩的で派手で俗っぽいのだが、それゆえ深みには欠ける。そこが「松」との大きな違い。

 演奏頻度も「松」に比べるとかなり少ないが、それはオーケストラの編成上の事情もあるだろうが、作曲当時、ファシズムを讃える作品ととらえられた影響もあるという。
 
 曲は4つの部分から成り、各部は切れ目なく演奏される。

 第1部「チルチェンセス(Circenses)」
 チルチェンセスは古代ローマ帝国時代に円形競技場で行なわれた暴君ネロの祭りで、捕まえられたキリスト教徒たちが群集が見る中で猛獣に食い殺されるもの。いかにもそれらしい金管の叫びで始まる。

 第2部「五十年祭(Il Giubileo)」
 ロマネスク時代の祭り。巡礼者たちがモンテ・マリオの丘に集まってローマを讃える歌を歌う。

 第3部「十月祭(L'ottobrata)」
 ルネサンス時代、ローマの城で行われた祭り。やがて日が暮れ、セレナーデが流れてくる。
 第4部「主顕祭(La Befana)」
  主顕祭の前夜祭。その場のさまざまな情景が次々と繰り広げられる。狂乱の世界のまま曲は終わる。

 そして、「ただいまのは『ローマのまつ』でした」ってかぁ。

 その「ローマの祭り」だが、私はマゼールの演奏が気に入っている。また、「ローマの松」もマゼールの演奏が気に入っている。録音も良い。