ということで、日曜日、高松滞在2日目の夜。
さて、今宵は何を食べようかと検討した結果、高松名物でも何でもないが、イタリアンにしようということになった。
ホテルのロビーに置いてあったグルメマップに載っていたのだ。
私は同行していた部下に予約するよう指示を出した。
数十分後、彼は深刻な顔で報告に来た。
「たいへんなことが起きました」
いったい何だ?
「今日は貸し切りだそうです」
ヴッ……。
たかが電話をかけた店の予約が取れなかったからって、そんなことで「たいへんなこと」扱いするなっ!
「じゃあ、骨付鶏にしよう」
他の2人(私と私の部下を除く2人)が言った。
そこで、やはりホテルのグルメマップに載っていた、骨付鶏の店を予約した。
骨付鶏というのは高松や丸亀で、うどんに続く名物にしようとしている料理で、味付けされた骨付きのもも肉を焼くというか、揚げるというか、その中間的処理で調理されたもの。
行ったのはR(仮名)という名の店。
元祖らしい。
店に入ると、親切そうだが全幅の信頼を置きたいとまでは言いがたいおやじさんが、「お客さん、おまかせにしませんか?飲み放題つきで。もちろん骨付鶏もメニューに入ってますよ。絶対こっちの方がお得です」と言う。
でも、私は、そして私の上司も、お造りなんて全然食べたくないし、生の鶏肉もまったく食べたくない。いや、生の鶏肉は、私は食べられない。
他のメンバーとアイ・コンタクトで同意をとり、「いや、単品で頼みます」と答えたが、それでも「おまかせ」がいいと思う、とブツブツ言っていた。
おやじが去ると、1人が「せっかく親切に言ってくれているのに悪いことしたね。でも、刺身は要らないもんなぁ」と呟いたが、私には純粋なる親切とも思えなかった。勘だけど、例えば魚を仕入れすぎたとか……。あるいは、在庫してる食材を均等に減らすためとか……
というわけで、骨付鶏の専門店だと思っていたが、何のことはないメニューの品数が少ない居酒屋のような店だった。
なぜか、うみぶどう(私はこれも苦手)なんかもあった。
まずは骨付鶏の“ひな”を4つ頼む。
学校給食を思い出させる金属の皿にひなの骨付鶏1本がのっている。つまりそれが4皿。
けっこう皿には油がたまっている。
おそらく、たっぷりの油で焼いたのだろう。食べた感じは揚げたようには思えなかったから。
それをはさみを使って切りながら食べるのだが、なかなかの美味。
ここでしか食べられないというほどのものではないが、鶏肉料理としては美味しかった。
「あぁ、季節はずれのクリスマス」って感じだった。
試しに「親」も1本頼んでみる。
これは好き好きが分かれた。
私は「ひな」の方が断然好きだったが、人によっては肉質が硬くて噛め噛むほど味が出てくる「親」の方が好きだという人もいた。
値段は「ひな」が780円、「親」が880円。
ところで、私たちが店に入ったあとも、2人組み、3人組の客がぼちぼちと入ってきた。そのたびに、あのおやじさんは「おまかせにしてもらえるとお得ですよ」と言ってる。
ほらね……
女性グループにも言っている。
女性グループって、飲み放題をつけて得になるのだろうか?まぁ、人によるんだろうけど。
翌朝。
朝食は高松空港で。
前回ここで朝食をとったときには、「エリエール」というティシューみたいな名前の店で朝定食を食べた。あのときは「朝カレー・フェア」というのをやっていた。この日は「カレーもいいかな」と私は思っていたが(フェアが続いている可能性は低いが)、やっぱりうどんにした。
2階のレストランは「エリエール」のほかにあるのが、うどん屋2軒である。そのうちの1件に入った。
美味しかったが、「黒田屋」と「夢う」に比べると、ここの味は劣るように感じた。
こうして、私たちのうどん・ツアーは終わった。
違う違う、出張は終わった。
この出張中、ずっとマーラー(Gustav Mahler 1860-1911 オーストリア)の交響曲第1番ニ長調(1883-88/改訂'93-96)を聴いていた。
スコアを眺めながら。演奏はレヴァインのもの。
マーラーの交響曲第1番は今から30年以上前に知り、私をマーラーのとりこにした曲だ。
最近は、第1番を聴く頻度は減っていたが、カッコウが鳴く季節になって、ちょいとあらためてきちんと聴いてみようと思ったのだ。
いやぁ、正直言って(こういう聴き方が良いかどうかは別として)感心した。新しい発見もあった。
ただ聴いているだけだとすーっと流れていくメロディが、曲の記憶に基づいてスコアを追っていくと、おっ?、えっ?、あっ?、ぎゃぽー!の連続だった。
この曲も、いくつかの短い曲の断片が、結びついたり、変形したりして、あの巨大なシンフォニーになっていることが、初めてわかった。
いちばん驚き、また、今の今まで気づかなかったのが恥ずかしいくらいに思ったのが、第4楽章の、あの雲間から陽が差してくるように現われる、柔らかなファンファーレの部分である(296小節目)。
このファンファーレ、ラインスドルフ盤が他とは違う音を強調していることを以前書いた箇所である。
譜例.2に示したメロディーがそれだが(掲載譜は音楽之友社(フィルハーモニア版)のスコア)、ほとんどの演奏では、ファンファーレの第4音は青矢印の音を強調している。しかし、ラインスドルフは赤矢印の、下降するトロンボーンの音を前面に聴こえるように演奏している。
そして私が「目からうろこ、耳からサメ肌」状態になったのは、このメロディーが第4楽章第1主題(54小節目。譜例.1)が変形したものにほかならないと気づいたからだ。
どの本を読んでも、譜例.2の旋律については特に触れていない。
それが不思議だった。
でも、そっか、新しく現われた主題ではなく、単に(という言い方は失礼だが)主題が変形したものだったのだ。
それにしても、これに気づかなかったなんて……
ラインスドルフの下降強調に惑わされていたのかしらん……
昨日はドック受診のために家を早く出たわけだが、駅までの道、ウォークマンでこの交響曲第1番を聴きながら歩いた。
すると、本物の、生のカッコウの鳴き声が聞こえて来た。
マーラーの音楽のカッコウの模倣と生カッコウの声が重なる。
なんて贅沢なのだろう!
刑事ドラマを観ていたら、家の前を本物のパトカーが通って行ったくらい、非日常的な現象だ。
さわやかな気分になった。
でも、ドックの結果は全然さわやかでなかった。
