9c30a64f.jpg  ここ数日歯がかすかに痛い。

 左上の犬歯である。犬歯というとそこそこの歯に聞こえるが、糸切り歯というとなんだか足踏みミシンのオプション機能のようである。

 この歯は、私にとってはまだ天然歯である。
 さし歯ではない。
 だから痛むのは不思議ではない。
 でもやっぱり不思議なのは、この歯も過去の治療によって神経が抜かれているはずなのに、ということだ。

 それにしても、よく歯の神経を抜くと言うが、どうもどういうことなのかわからない。神経を抜くって考えてみれば恐ろしいことだ。無神経な性格の人には平気なのかもしれないが、どっちにしろ神経細胞が歯科医院の椅子で口を開けているだけでいとも簡単に抜き取られるという概念が理解できない。

 そんな小理屈を言っている場合じゃない。
 かすかな痛みだが、これがまた夜中に寄ってくる蚊のように気にかかる。

 子供の頃は虫歯でひどく苦しんだ経験が何回もある。歯の数ほどあると言ってもいいくらいだ。
 そんななかでも、明治のKISSチョコを食べていて、虫歯の穴にそれが入り込んだときには地獄を見た。あれは超ど級の痛みだった。

b65db97e.jpg  というわけで、今度は歯痛だ。

 高尿酸血症    治療中
 高血圧症      治療中
 高脂血症      治療中
 十二指腸潰瘍   治療中
 膵管拡張      検査中
 肝血管腫      経過観察中
 歯周炎        治療中

 これに、
 歯痛が加わるのだ。

 デリケートな中年男性(=私)を打ちのめすには、これだけで十分過ぎるではないか?
 マーラーの交響曲第6番の終楽章で振り下ろされる2度のハンマーに匹敵する打撃だ。
 あぁ、悲劇的だ……

 マーラー(Gustav Mahler 1860-1911 オーストリア)の交響曲第6番イ短調「悲劇的(Tragische)」(1903-05/改訂'06)。「悲劇的」というのは通称である。

 「もしマーラーの交響曲が1曲しか聴けなくなるとしたら何番を選ぶか?」と問われたら(誰もそんなこと聞いちゃくれないだろうけど)、おそらく私はこの曲を選ぶだろう。
 「おそらく」というのは、揺れ動く中年心のせいで、しばしば3番や9番などに心変わりしてしまい、「やっぱ、おまえがいちばんだよ、6番じゃなくておまえだけさ」と“迷える雄羊”状態になるためだ。でも、自分のこれまでの経験からすれば、最終的にはやっぱりこの曲を選ぶだろう。

 この交響曲第6番は、いわゆる伝統的な交響曲の形をとっている(やっぱり長いことは長いけど)。
 交響曲第1番は4楽章構成だったが(ただし初稿は5楽章)、第2番で5楽章、第3番で6楽章と拡大、第4番では4楽章になったが次の第5番では5楽章と、一般的な交響曲の形から逸脱してきたマーラーが、第6番では声楽も用いず(第2~4番は声楽を用いている)、楽章構成も4楽章という“フツーの”交響曲を書いたのだった。

 調性のことは私にはわからないが、イ短調で始まりイ短調で終わるという一貫性も古典交響曲への回帰を印象づけているという。
 また、第1交響曲同様、この6番でも古典的な交響曲の形である第1楽章提示部の反復がある。

1afac7d1.jpg  形としてはこのような伝統的な交響曲であるが、オーケストラの編成は巨大であり、特に打楽器群の拡充が図られている。当時のカリカチュアにその様子が描かれている(「しまった!警笛ラッパを使うのを忘れてた!」らしきことが書かれている)。

 しかしながら、音楽の響きは実に精緻であり、かつ、ドラマティックである。旋律面で彼の歌曲と直接結びついていないのも特徴である。
 イ長調からイ短調へ移行する和音が全曲を通じてモットーとして現われ、統一が図られている。

 打楽器群の拡充ということだが、珍しいのはヘルデングロッケン(牛の首につける鐘)の使用である。ヘルデングロッケンは第2楽章以外で使われているが牧歌的な雰囲気と同時に現実から逃れるような雰囲気を醸し出す。また、前述のハンマーは第4楽章で使われる。
 ハンマーは初稿では3回振り下ろされることになっていたが、第2稿で2回に変更された。

 オイレンブルク社から出ているスコアは初稿(第1稿)であり、3度目のハンマーが記されている。
 オイレンブルク版スコアは、現在全音楽譜出版社から国内譜として発行されているが、私が持っているのはかなり前に買った輸入譜。全音からのスコアが初稿のままなのかどうかは、私は確認していない。

ffa63a83.jpg  一方、音楽之友社から出ているスコアは改訂版。
 3度目のハンマーによる打撃はなく、その部分にはチェレスタが書きこまれている。
 また、弦楽器が、“符点四分音符”から“四分音符+八分休符”へと変更されている。
 なお、現在でも3回打たせている演奏(録音)もある。

 交響曲第6番の演奏としては、私の場合、前に書いたようにショルティ/シカゴ響のものが“刷り込み”的に好きな演奏だが、レヴァインもいい。
 ショルティの演奏はかなり鋭角的というかドライだが、レヴァインの演奏は良い意味でオーソドックスだと思う。
 このCD、先日書いたマーラーの1番とのカップリングで出ているが、在庫僅少とのことだ。