71d47d66.jpg  浦河に住んでいたとき、山の中にハチの巣を取りに行ったことがある。
 クラスメートでけっこうワイルドな趣味の奴がいて、そいつと一緒によく学校の裏山に登ったものだが、あるときちょっと林道をから入ると、地面に穴を掘ったような感じのところにハチの巣があるのを発見した。

 もちろんそのまま取ることはできない。
 そんなこと、すっぱだかで北朝鮮の国境に踏み込むようなものだ。

 翌日。
 私と彼、梅田君とでよくクジを引きに行っていた駄菓子屋によって、けっこうな量の“煙幕花火”を買い込み、いざ出陣した。

 まずは梅田君が虫捕り網で巣の入り口を覆い、中からハチたちが出てこないようにする。
 そして私が煙幕花火を焚いて、奴らを窒息死させる。

 ところが外から戻ってきたハチたちが私たちを容赦なく襲う。
 そこでひるんで虫捕り網がずれる。すると中からゼロ戦特攻隊のごとくハチたちが飛び出してくる。
 いやぁ、すごい攻防戦だった。

 ついぞ私たちが勝った。
 しかし土の中から取り出すときに失敗し、巣は完全な形とはならなかった。
 もちろん私も彼もあちこち刺された。
 特に私はまぶたの上を刺され、ディカプリオがお岩さんになったような顔になった。
 不幸中の幸いだったのは、2人ともハチ毒に対するアレルギーがなかったことだ。

 山を下り、さきほどの駄菓子屋による。
 おばさんに巣を見せる。
 おばさんは「あら、中にハチの子がいるわね」といって、1匹パクッと食べた。
 うぎゃあ。ウジを食った!
 いや、それよりも「あら、刺されてるわよ」と言っただけで、なんにも同情してくれなかったことの方が驚きだった。

 さらに翌日。
 学校に巣を持っていく。
 さすがにクラスメートたちは、「すげえ」とか「珍しい!」と驚く。私のお岩顔に。

 担任の先生がやって来た。
 梅田君がすごいでしょとばかり巣を見せる。

 すると先生は「懐かしいなぁ。昔良く食べた」とウジをパクッ!

 ということで、あんなに苦労した割に誰も羨望のまなざしで見てくれなかった。

 梅田君とはヘビを見つけて、彼がヘビをめった打ちしたこともある。
 ガラス瓶の破片をメス代わりにしてカエルを解剖したこともある。
 いずれも私は傍観者だったが。

 梅田君、どうしただろう?
 ニコルくんにでもなったのだろうか?

 その小学校の遠足で山に行ったときのこと。
 けっこう前方で先頭を歩いていたクラスの生徒が十数人、ウギャアともウゲェともヒョエェ~ともつかない悲鳴とともに、狂ったロボタンのように走って戻ってきたことがあった。

 誰かがスズメバチの巣に気づかずに触れたらしい。

 あれはすごい光景だった。
 私たちは無事だったが、いやぁ田舎の山道でのパニックっていうのは、静寂と喧騒が見事に空中分解していて、なかなか不思議なものであった。
 先生の1人が「アンモニアがあればなぁ」と言ったのを聞いて、チンチンを出そうとしたのも、もちろん梅田君だった。

 ヴォーン=ウィリアムズ(Ralph Vaughan Williams 1872-1958 イギリス)のアリストファネス組曲「すずめばち」(Aristophanic Suite "The Wasps")。
 この曲は「すずめばち」(または「むずかし屋」)というアリストファネスの劇の付随音楽(1909)を、5曲から成る組曲に改編したものである。

 曲の出だしはR-コルサコフの「熊蜂は飛ぶ」を思い起こさせたりして、やっぱハチとなるとこういうふうになるんだな、なんて思ってしまう。
 ヴォーン=ウィリアムズはイギリスの国民主義音楽を代表する作曲家だが、この作品もとてもすがすがしく親しみやすい音楽である。

 私が聴いているのは、ボールト指揮ロンドン・フィルによる演奏のCD。
 1968録音。EMI。
 ヴォーン=ウィリアムズの交響曲全集のなかの1枚である。

 遠足のときスズメバチに刺された被害者の1人に、私の担任の娘がいた。
 ほらね、父親がハチの子を食べたりするから仕返しされたんだよ、きっと。
 
 あっ、じゃあ私と梅田君は刺し殺されてなきゃならないか……

 今朝は早くからカラスの怒号で目が覚めた。
 あいつら、へたな暴走族よりうるさい。