8f712a51.jpg  さて、釧路滞在の出張報告をしなければならない。

 3日(日曜日)の夕方過ぎ(つまり夕方と夜の間のいかんともしがたく中途半端な時刻)の便で新千歳空港から釧路へ。

 釧路は雨。
 とっても雨。

 その日は釧路入りするだけ。
 山鳩親子舎の干潟しじみ部長、新婚さんなのに燦然とは輝いていない大山のぶ太君、その他数人の親子舎の人たちと、居酒屋に行く。

 何の変哲もない居酒屋だが、妙に混んでいたので人気店なのだろう。
 その証拠に、そうそう釧路に出張しない私なのに、この店は過去2回来たことがある。

 釧路はザンギ(鶏のから揚げのことを北海道ではザンギと呼ぶ。私は骨なしのから揚げの ことをザンギと呼ぶのかと思っていたが、“骨なしザンギ”って言葉もあるから骨があってもザンギなことはザンギさんだろう)の発祥の地だという。
 この日この発祥の地で食べたザンギは、何の変哲もなかった。

 翌日は、みんなで釧路市内のホテルから標茶へ。

eb553fd9.jpg  私のやっている仕事がいったい何かみんな知らないだろうから、よく状況が把握できないだろうが、とにかく今回の出張は現地での移動が多かったということがポイントである。参考書だったら、“ ⇒ 試験に出る! ”と書かれるくらい重要なポイントだ。

 私はタカをくくっていた。
 同じ釧路管内だから遠いといっても常識の範囲内だと思っていたら、さにあらず。

 目的地は標茶町のなかでもかなり東側。常識の範囲外、言い換えるなら、非常識の範囲内。
 だって、道路標識で“養老牛温泉16km”なんて書いてある。

 養老牛温泉って年老いた牛が保養に来る露天風呂ではなく、人間用の温泉地。
 中標津町の郊外にある。
 これなら中標津空港に降り立った方がはるかにはるかに近かった。
 とは言っても、釧路市内にも用事があるからそうは行かないんだけど、つまりは「でっかいどー、ほっかいどー」だ。

 それでこの日の天気はどしゃぶり。しかも信じられないくらい寒い。
 人間寒いと叫びたくなる、いや、寂しくなる。

 早々に引き揚げ、午後は釧路市内。
 夜は干潟しじみ部長がネットで探したという鶏肉料理店へ。

66cb4331.jpg  店名はA。釧路駅の裏側、若松町のビルにある(という)。

 干潟部長は、私が「そこでいい」と言ったことに不安を抱いていた。自分で探し出したくせに、失礼に当たるのではないかと心配になったのだ。

 「一応は地元の人には人気があるらしいです」。ここにきて言い訳がましい。
 「いいですよ、だから、そこで」

 「でも、かなりマニアックな店らしいです」
 「鶏愛好マニアでも集っていいるのですか?」
 「そんなことはないと思うんですけど……」
4e1a592a.jpg  「じゃあいいですよ。そこで」
 もし鶏愛好マニアが集まっている店だったら、子供の頃に飼っていたヒヨコを死なしてしまったことで責め立てられる恐れがある(言わなきゃいいんだけど)。

 われわれは泊まっていた釧路駅前のホテルを出て、釧路駅の裏側に続く地下歩道を歩き(こぎれいで立派な地下歩道だった。たいていの地下通路というのは節電のために薄暗くて、その場違いな節約意識のせいで変態がフリチンでルンバを踊っていそうな感じだが、ここは十分な照度があった)、地上に出た。

 その光景は……
 化学兵器によって一夜にして人がいなくなった集落にたどり着いたような気持になった。
 地下通路出口前の店という店はシャッターが下りたままで人けがない。猫けも犬けもない。

 「看板が出てるって言ってました」
 干潟部長が言うが、看板なんてどこにもない。いや、「レコード」という大きな看板がある。もちろん開いていない。きっとかつては記録業を営んでいたのだろう。

 とりあえずその先の大きな通りに出てみる。

 赤い看板が見える。
 「あれだ!」と喜びいさんで近づくと、全然別な名前の中華料理店だった。
 人間、不安の極限まで追い込まれると漢字を誤読するようだ。

 「全然ないぞ!」
 私は無人と化した集落に生命体が生き残っていないかどうか確認作業を行う、シロアリ駆除業者のように叫んだ。たいして探してもいないうちから。

 「でも、看板があるって言ってました」。しじみが口ごたえする。
 「ど、ど、どこだ?いったいどこだ?」。山鳩親子舎で干潟部長とは別なセクションのピカリング部長が苛立って叫ぶ(初登場のこの部長、禿げてるわけでもないし、天使の輪が輝いているわけでもない。ましてやリング型蛍光灯を頭に乗せているわけではない)。
 「地図を見せてぇん!」。私もつられて叫ぶ。なぜかオカマ言葉で……

 すると、そのとき仲小路に赤くぼんやりと光る看板をみつけた。
 仲本工事じゃなくてよかった。

 その小路の両側には2階建てのビル、というよりは1970年代前半に新築ラッシュを迎えたマンションという名のアパートに似た木造建築物が並んでいた。おそらく釧路市消防局にとっては厄介な一画だと思う。
 そして、どこもほとんど真っ暗だった。
 月曜日の18:30。一週間の始まり。飲み始めで活気づく日のはずなのに。
 そう、明らかに空き家だらけなのだ。

 Aという看板のしたのドアを開ける。
 ギィィィィィ~ッ!

 すると何ということだろう。
 それは店の入り口ではなく、店の入り口に続く階段の入り口だった。
 つまりAは2階にある。
 火災が起こったときにはまずい。しかし、1階は真っ暗だから放火でもされない限り火災は発生しないだろう。

 「予約者である干潟部長殿。先発隊として現地視察をお願いします」。私は彼女に栄誉ある任務を依頼した。

 1歩ずつ、恐る恐る階段を上がる干潟しじみ。
 その後ろ姿はヤミ貸金業者の事務所に元金支払いの猶予を懇願しに行くかのようであった。
 大山のぶた君がつばを飲み込む音が聞こえる。そんなに腹が減ったのか?

 曇りガラスがはめ込まれた店のドア(その1枚にはガムテープによってひび割れの補修がなされていた)を開け、干潟しじみ部長の姿が中に消えた。

 私は勇気を奮ってピカリング部長に小声で言った。
 「逃げようか?」
 ピカリング部長はさすがにうなづかなかった(目は明らかに逃走モードだったくせに)。

 再び干潟部長が姿を現し、嘆息のような声で「大丈夫ですよ~」と言った。

 しかたない。
 私たちは冬の八甲田山を登るかのように、1歩ずつ慎重に進んだ。
 そのとき、階段の横の壁の窓(そこは店内についている窓である)のガラスが、とうの昔に割れてしまいカラムーチョのダンボールでふさがれているのがわかった。火気厳禁だ。

d7edde24.jpg  地元の人に人気があるというだけあって、店内はカウンターに人が1人いた。
 たった1人、されど1人“も”いた。

 私たちはいろいろな料理を頼んだが、私としては“つくね”と“鶏の半身焼き”がとても美味しいと思った。他の料理もなかなか美味しかった。
 ただ、兄弟だと思うが、とても体格のよい男性が2名で切り盛りしていて、最初はちょっと怖い感じ。帰るころには、本当はそんなことないんだなと、わかったけど。

 この店があった仲小路の写真を撮ったが、いろんな意味でとても暗くてさびしくてボケボケ写真になってしまった(写真1枚目)。これは心霊現象による可能性も否定できない、かもしれない。

af3ffb92.jpg  翌日は再び標茶へ。
 このあたり、道路は延びるよどこまでもって感じで、本州から来た人は喜ぶんだろうな(写真2枚目)。

 近くの酪農家にかわいい牛舎があったので写真を撮らせてもらった。今は物置に使っているようだが、牛の絵がなんともおっしゃれだ(写真3~4枚目)。

 そのあとはまたまた釧路に戻る行程だったが、昼食は多和平(たわだいら)展望台という場所にあった“グリーンヒル多和”で食べた。
4bfe7f5a.jpg  ここは地平線が見えるというキャッチフレーズ。
 目が悪い私にはよくわかんなかったけど。
 食べたのは、ウィンナー2本がのったカレーライスで、ルーの感じが地平線のようだったが(意味不明でしょ。でもそうなの)なかなか美味しかった。

 ということで、本日はこのカレーライスをレビューっつうことで。

 そうそう、私の禁煙を前提にした減煙対策であるが、今のところ1日3~4本の喫煙本数で推移している。
 なかなかなものだ。
 ついでに減塩もできれば医者にダブルで褒められるところなんだが……